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動き出したeBook

ここ2,3年で,eBookが非常に注目されるようになった。アドビvsマイクロソフトのリーダーの問題もさることながら,2000年秋には出版社が共同電子書籍サイトを開設する動きなど,今後の動向が注目される。PAGE2001コンファレンスA1セッションでは,モデレータにイースト株式会社の下川和男氏,スピーカに株式会社新潮社の村瀬拓男氏,株式会社イーブックイニシアティブジャパンの鈴木雄介氏,アドビシステムズ株式会社の石原信義氏をお迎えし,それぞれの立場から,eBook,出版について討論していただいた。

eBookの動向
モデレータの下川氏からは,コンピュータ会社で印刷,出版の動きを見てきた視点から,国内外のeBookの動向についてオリエンテーションがあった。

新たなデジタル化の動きの走りが,1998年11月のComdexFallでのビル・ゲイツの「OnPaperからOnScreenへ」というキーノートである。それを受けて,99年9月のSeyboldSeminarsでMicrosoftのDickBrassが発表したのがMicrosoftReaderと,未来予測である。2010年には折り曲げ可能なPCが出て,24時間稼働するだろうと予測しているが,24時間稼動はすでに実現している。1つの図書館分の本がすべて1台のパソコンに入ってしまうくらい記憶装置も大容量化し,2020年には本の90%がeBookになるだろうと大胆な予測をしている。

MicrosoftReaderは,2000年8月8日にUS版ダウンロードが開始され,初日に10万ダウンロードされた。Barns&Noblesのサイトからダウンロードできる。今はamazonとも提携し,amazon.comに行くと,その中にeBookのサイトがある。著作権管理もしっかりしたものが入っている。 一方,AdobeではAcrobat eBook Readerが,実際に出荷されており,2001年の1月無料のダウンロードが開始されている。今現在,MicrosoftとAdobeを比べると,eBookReaderの方が完全に進んだものになっていると下川氏は語る。

2000年話題になったのが,スティーブン・キングの実験だ。Riding a Bulletというもので,2ドル50セントでオリジナルの電子書籍を販売して,50万突破の売れ行きを示した。このとき使われたパソコン上のReaderソフトも,AdobeAcrobatReaderの古いバージョンGBReader(GlassbookReader)である。その後ThePlantという実験も行った。1章1ドルで販売を開始し,ダウンロードに対してお金を払ってくれる人が75%以上なら連載するという試みだったが,お金を払う人の割合が50%を切ったということで6章で終了した。噂ではあまり面白くなかったからでは,とも言われている。

eBookになくてはならないものが読書端末用のデバイスだ。新しいベンチャー系の企業もこの市場に進出してきている。タブレットPCもいくつか世に出てきている。2000年のComdexでも,ビル・ゲイツがWhistlerというWindows2000の後継のOSを搭載した新しいデバイスを発表している。その読書用のデバイスの走りとなったのが,RocketeBookで,それを買収したのがビデオのGコード予約で有名なGemStarという会社だ。もう1つアメリカで話題になっているのが2001年春発売予定のFranklinのeBookManという商品だ。安くてかつウォークマンのような形で音楽を聴くことにも使える。

コンテンツのデジタル化で日本の出版社がやるべきことは,XML保管することだと下川氏は強調し,XMLをベースにデータを作ることを,印刷会社にも勧めたいと述べた。
そういった状況の中で,10年後の読書環境がどうなるか。テレビ,パソコン,インターネットは一体化してしまうだろう。今,紙の上で実現しているすべて,辞書は辞書サーバに,本が電子書籍に,実用書,教科書はWBT,eLearningに変わっていくのではないかと予測している。「On PaperからOn Internet」への時代になるだろうと締めくくった。

出版社におけるeBookへの取り組み―新潮社のケース
村瀬氏は,下川氏の話を受けて,既存の紙ベースで,ある程度の歴史,経験を積んできた出版社として,一体何をどうしたらよいのかが悩ましい問題だと述べ,新潮社で10年くらい広い意味での電子書籍について行ってきた試みについてお話しいただいた。新潮社がメインとしている文芸書の分野に特化した話として聞いてほしいと前置きがあった。

文芸書の特徴は,1つの版を作ると何十年も同じものを売っていきたいし,読む方も同じものをずっと読んでいられる,ということだ。1度出版したものは誰もが継続的に読める状況にあることが望ましい。しかし,残念ながら,現在の紙ベースでは流通上,そのようなことが非常に難しくなっている。
新潮文庫でも,年間1000冊,2000冊以上売れない限り,リストから消えていく運命だという。紙という物理的に重いものをベースにしている限り,商売ベースとして成立し得ない。文芸書籍を発行している出版社はすべて同じ問題を抱えている。それが,電子出版に取り組む最も大きな動機であると述べた。

電子出版への取り組みは,既に紙であるものをどのように電子メディアに移し替えていくのかということが,大きな開発のポイントになった。
1995年,新潮文庫の100冊というCD-ROMを作った。紙ベースの出版で積み上げてきた情報,例えばルビ情報やJIS外の文字をどうやって保持していくのかという問題が発生したが,ボイジャー社の開発したエキスパンドブックというフォーマットと専用のフォントを導入することにより,画面上で,何とか読めるレベルのレイアウトができた。

電子文庫パブリは,新潮社も含む,文芸書の出版の占める割合の多い出版社8社が共同して作ったサイトだ。この8社は,紙の本で維持できなくなったものも,読者の要望がある限り提供していきたい,紙の本を補完する形で電子メディアを使っていきたいという発想が共通している。新潮社でも,紙の本で維持できなくなったものを集中的にこのサイトでダウンロードできるデータとして用意している。新潮社では,ボイジャー社のT-Timeを使用するドットブック形式を採用している。

仕事のこれまでのメインは,過去のものをどのように持ってくるのかと言うことに尽きるという。下川氏の話にもあったように,日本の出版社がやるべきことは,XMLデータで持っておくことではないかというのは,1番大きな課題だ。なぜ,テキストベースの形で保存しているというと,文字をコード化することによって,レイアウト情報と切り離すことができるので,さまざまなレイアウトに流し込んで表現することができるからだという。

当然のことながら,電子メディアオリジナルをまったく否定しているわけではなく,Web新潮社では,井上夢人氏の「99人の最終列車」などオリジナルコンテンツが発表されている。従来の紙では表現できない構造を持ったものなので,著者自身が「ハイパーテキスト小説」と言い,本の形にするつもりはなく,Web上,ないしはCD-ROMなどのパッケージメディアで世に出していくことになるだろうという。

新潮社では,電子書籍と同時にオンデマンド印刷の本も展開している。電子文庫パブリで売っている電子書籍については,同じタイトルをオンデマンドプリント本でも用意して売っている。オンデマンドプリント本と電子書籍を同じ工程上で作り,最終的アウトプットを両方に吐き出すという制作スタイルを取っている。近い将来できれば,雑誌連載,単行本,文庫本,それから電子書籍,オンデマンドプリント本という一連の流れになるような制作工程を考えていきたいと締めくくった。

イーブックイニシアティブジャパン
鈴木氏は,昨年まで小学館で30年近く編集者をやってきた。電子書籍コンソーシアムの成果を生かし,ブロードバンド専用サービスとして,2000年5月,イーブックイニシアティブジャパンを設立した。現在はまだブロードバンドを自由に使っている人は少ないので,時期尚早ではないかという声もあったが,だからこそビジネスチャンスがあると考えて,そこへ踏み込んだという。

出版界が抱える巨大な流通在庫,品切れ,絶版という問題が解決されるので,ある意味では電子化に多少のお金を投資しても回収できる方向があるのではないか。また,日本の出版市場の特徴として,新刊の発行部数の約40%がマンガだ。なおかつ日本の印刷技術は世界一の技術を持っているので,美術全集,写真集,料理,絵本といった,美しいものが多数出ている。これらの本もすべて配信できる仕組みを用意すべきだと述べる。

イーブックイニシアティブジャパンでは,マンガだけでなく,既刊の本は完璧な商品として出版されているという前提のもとに,小説も含めてすべて画像で取ってしまっている。だから太い回線がないとほとんど利用できない。しかしブロードバンドの時代がやってくれば,そのまま生きてくるだろうと睨んでいる。

2000年12月には,「10daysbook」というサイトを開設した。1ヶ月に約200点ずつリリースされていく。今年の後半からはほぼ倍の数にする予定だ。本屋に行った感覚でサイトにきてほしいと,わざと本の表紙しか並べていない。立ち読みする無料のボタンがあるので,本屋で立ち読みできる気分で20ページまで見えるようになっている。これ以上読みたい方は買ってください,という作りだ。

高圧縮のきれいなビューワを開発し,印刷に大変近い高精細なデータになっている。素のままだと1冊200〜300ページの本だと1ギガから2ギガの大容量だが,15〜16メガまで圧縮している。文字も画像でとりこんでいるので,挿し絵もそのまま生きている。品質のポイントは,文庫のふりがなも読めるということだ。例えば中高年の方で見づらい場合は,もう少し拡大することができる。ノートパソコンを縦にして読んでもらうと,文庫が2倍の大きさになって表示される。「わざわざテキストに落とす必要はないのではないか,日本の印刷技術がそのまま再現されることの方が,違和感がないのではないか」と言う。

ビジネスの方向としては,本を読みたいがブロードバンドは利用してないという人々に向けて超流通という方法を取っている。実際にパソコンの新機種にコンテンツをCD-ROMやDVDに納めて各社にバンドルして撒いてもらう。新しいパソコンの使い方を提案したいということだ。書籍データは既にDVDやCD-ROMの中にすべて格納されている。DVDを年間60万枚くらい配布していく。4月からは書店や大学の研究室へのCD-ROMを年間100万枚無料配布する。

また,10daysbookという書店の看板をフランチャイズしていく予定についても触れた。既に,CATVの連合体の会社,大手プロバイダ,通信キャリア,ADSL業者のポータルサイトに,10daysbookという看板がいくつかスタートしている。漫画家や作家のファンサイト,さらに個人へのフランチャイズもやっていこうと考えている。バックヤードでは,10daysbookのサイトで全部決済し,データベースからデータがダウンロードされる。お金とデータの一元管理ができるというeBookならではのビジネスだと考えている。メーカーとの日本におけるeBookの専用機の開発も考えている。

2月末か3月はじめからは,韓国のマンガをハングルのまま日本で発売し,65万人いる在日韓国人の方にも展開する。中国でも,やはり画像圧縮技術に強い関心を持っている。アジアにおける新しいフォーマットの提案もやっていきたい。現在,10daysbookの特徴としては,リピーターが多いことだという。できればブロードバンドの時代がやってくることと,専用の端末が生まれてくることが,eBookのブレイクポイントではないかと今後の可能性を語り締めくくった。

アドビのeBookソリューション
eBookの普及のため1番重要なのは,コンテンツの中身だろう。どんなに環境が整備されても,魅力あるコンテンツがここに投入されなければ誰も読まない。その次に重要なのが読書環境だ。いかに紙の本のごとく読んでもらえるかということが重要だ。3つ目にデジタルゆえに重要なのが,著作権をいかに守るかということだ。
石原氏からは,ソフトウエアメーカーとして,Adobeが取り組んでいる読書環境すなわちビューワをいかに快適にするかということと,著作権をいかに守るかの2点についてお話しいただいた。

同社の製品はアメリカでは,Barns&Noblesで採用されている。また,ComicsOneというサイトで,アメリカでも一足先に日本のコンテンツを買い付けて,中身を英語に変えて売っているサイトがある。「ポケモン」や「ドラゴンボール」など,日本のアニメはアメリカでも人気がある。ここでAdobeの技術が使われている。

Adobeは,ちょうど1年ほど前にPDF Merchantという製品名でソリューションを提供したが,その後Glassbookという会社を買収し,2つの会社が融合していろいろ検討した結果,昨年末方向性を出した。今後はAdobeContentServer,AdobeAcrobat eBook Readerを,日本では2001年の上半期,春からサービスを始める予定だ。

Adobeの電子書籍のソリューションは,データのフォーマットにPDF。販売する書店や出版社に使ってもらうサーバのソフトとしてAdobeContentServer。一般の読者に読んでもらうビューワソフトとしてAdobeAcrobat eBook Readerがある。この3つが大きなコンポーネントになっている。

ContentServerは,出版社,書店など,本を売ったり作ったりする方々に使ってもらうもので,Webベースになっている。PDFを暗号化し,暗号化したPDFファイルを解除し,読むためのカギを発行する。出版社や取り次ぎが採用すると,その時暗号化したコンテンツだけを卸すことができる。その先の書店にもContentServerを採用すればそのコンテンツを卸す。既存の流通と同じような感覚で流通させることができる。ContentServerはダウンロードしたパソコンでしか見えなくすることで違法コピーを防止している。なるべく,紙の経験を電子に近づけたい。
方向性としてはContentServerは製品として売るのではなく,契約という形を取る予定だ。年間数十万円くらいのライセンス料を取って,出版社やオンライン書店と契約を結び,それプラス,ロイヤリティとしてコンテンツあたり数%をいただく。

一方,読む側に採用してもらう製品がPDFを読むためのビューワAdobeAcrobat eBook Readerだ。AcrobatReaderと違うところは,ユーザインターフェイスを本を読むためのものに特化させたこと。また,ContentServerで暗号をかけられたコンテンツをこのeBookReaderで解除する,という役割がある。USでは既に今年1月29日からダウンロードができるようになっている。価格はAcrobatReaderと同様,無償で配布する。
いかに読書環境を快適にするかというのが大きなテーマである。マーカーも付けられ,直接文字を打ち込むこともでき,栞を登録することもできる。特に,アメリカの学生は大きな教科書を5冊も6冊も抱えているのでeBookは大きな市場があるだろう。積極的にこのeBookというマーケットを拡大させていきたいと抱負を語った。

ディスカッション
MicrosoftのDickBrassが2020年には,90%がeBookになってしまい,本の定義が変わってしまうという話があったが,紙ではなくて液晶で本当に皆が読むようになるのか,紙の本はなくなるのか,ということについて討論した。下川氏以外は,紙はなくならないだろう,という意見で一致した。
鈴木氏は,「既存の本という概念の中では紙が親で,eBookは子である」と言う。出版市場の中でeBookが5%も占めたら,なかなかすごいことではないか。紙の本はとても素敵なので,それは十分やっていけると思う。外部の直接的な,ある意味では暴力的な影響がない限り,紙の本はまったく今と変わらないと述べた。
村瀬氏も同じく,「紙ほど便利なものはない」と言う。特に,紙の本は,利便性などを超えた価値があり,「紙の匂いや手触りをなぜ捨てなければいけないのか」と強調した。ただ,紙の本であるがゆえのマイナス点をこの電子メディアで補うということが基本的スタンスであると述べた。
石原氏も紙とeBookは両立されるものだ,用途や読者によって選ばれていくだろうと言う。売れない作家が,自費出版するにもそれほどお金が掛からないからeBookで出して,それで反応が良ければ後から紙で出すという方法もあると思うと述べた。

PAGE2001報告記事

(岡千奈美)

2001/02/20 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会