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難関を経てクロスメディアエキスパート誕生

JAGATは、2006年3月26日、第1回クロスメディアエキスパート認証試験を桐杏学園(東京、池袋)で開催した。クロスメディアエキスパート認証制度は、メディア制作のディレクターが必要な知識や提案力を問う資格試験である。今回の試験の申し込み者数は223名、実際に受験した人の数は204名。合格者数は35名で合格率は17.2%であった。

第1期試験を終えて

日本印刷技術協会常務理事 小笠原治

JAGATは、21世紀の最初の年である2001年度に、「2050年の印刷を考える」というプロジェクトを起こし、「2050年に紙はどうなる?」「2050年に印刷はどうなる?」というシンポジウムを通じて、長期的なメディア環境の変化を考えた。その結果を踏まえて2002年度には「印刷新世紀宣言」をまとめた。そこでは今後、印刷業界側から切り開いて、価値を生むことができるものは、クロスメディアと、e-ビジネスと、デジタルプリンティングに集約できると考えた。印刷産業はこれらの技術で生まれ変わることで、従来の印刷も生き延びることができる。
JAGATでは、クロスメディアの専門家の方々と意見交換を続ける中で、制作の現場の担当者はいても、デジタルメディアの制作ディレクターが足りないという声が多かった。DTPエキスパート認証制度では、印刷物の制作を統合的にディレクションできる人の育成を目指したように、クロスメディアにおいても、効果的にメディアを組み合わせ、効率的な作業フローで制作進行が可能なメディア制作ディレクターの育成が必要であることが分かってきた。
2003年度からは、まず通信教育で「クロスメディアパブリッシング」コースを設け、通信&メディア研究会(現クロスメディア研究会)の活動と合わせて、クロスメディアの啓蒙活動を重ね、併せて2004年度からは人材育成のための資格制度の準備委員会を行ってきた。2005年には試験方法を検討し、問題作成委員会を設置し、2005年9月に第1期試験について報道発表を行った。それから半年、まとまって書かれた書籍もなく、クロスメディアという講座がそれほど開催されているわけでもなく、まだ曖昧模糊(あいまいもこ)とした状況と言える。勉強のよりどころとしては、JAGAT発表のクロスメディアエキスパート認証試験の出題範囲があるだけにもかかわらず、実際にデジタルメディアの制作に関わる中心的な方々が受験した。

第1部の学科問題と第2部の論述問題を、各2時間で解く。学科は、メディア概論、IT概論、経営概論、クロスメディア、ネットワークとデータベース、デジタルコンテンツの6分野の知識を問う問題がマークシート形式で出題された。論述では、多様なメディアを活用した提案書を筆記する問題が出題された。
学科の問題数は120分間で、49問(その中の設問は213個)を解答する。分からない問題にじっくり取り組むのではなく、解ける問題から進めていかなければならない。
問題の文章が長いのは、解説する文章が多く、知識だけでなく判断力も問う問題となっているためである。一般の資格試験では、数行の問題を読み、反射的に回答群から答えを選ぶケースが多い。クロスメディアエキスパート認証試験の問題は、テーマごとに動向や解説を盛り込んでおり、知識や記憶力を問うだけではなく、試験を受けること自体が勉強になるような内容を目指している。
出題範囲は事前に公表されていたが、範囲が広くかなり膨大なキーワード数のため、十分に対策ができなかったと思える受験者が多く見られた。既にIT関連資格は多くあり、それらの教材も身近にあるのだが、全体としては「ネットワークとデータベース」の知識で正解率の低さが目立った。システムアドミニストレーターなどを既に取得している方が合格された例も多くあり、これらの知識が本資格受験には有効であると言える。
IT関連資格は技術系が多いのと対照的に、メディア制作のようなビジネス応用に関しては教材があまりないために、この分野の出題に戸惑いが出るかと思われた。しかし、実際に現場を知っている方も多かったようで、デジタルコンテンツ制作関連やクロスメディアマーケティングに関する出題の正解率は相対的に高かった。
しかし、「メディア概論」は「ネットワークとデータベース」と並び難関だったようで、日々の仕事よりは抽象度の高い、メディアやコミュニケーションの役割、広告市場動向など正解率は低かった。流動的なクロスメディアの世界では、あまり近視眼的な思考ではクライアントの意図が読み取れないので、何のためにメディアが使われるのかを考えながら日々情報に接していく必要がある。
論述問題と言っても、ある出題の設定の下に提案書を作るというもので、論文や書状を作るものではない。状況設定は、受験者は印刷会社の立場で、取引のある顧客に対して自主提案をするもので、解答用紙には顧客の課題の分析から、ソリューションのアイデア、提案の方向性・メリットなど提案に至るまでのプロセスの考察をして、最後に提案書の骨子を2時間で作る。

問1 顧客が抱える問題は何か。
問2 顧客の問題に対して、改善点を3つ以上挙げなさい。
問3 顧客の改善のために、メディアを使ってできそうなことを3つ以上挙げなさい。
問4 問3の改善案から、提案すべきことと、わが社は何のためにそうするのかを記入しなさい。
問5 わが社が提供できることを提案書としてまとめなさい。

一般に企画書や提案書には類型があり、簡潔にして起承転結の明快なものでないと短時間に理解してもらえない。そういった常識を踏まえていない解答が多くあり、あまり企画書や提案書の作成の経験のない方が多く受験されたと感じた。
提案は自由な発想で書いてよいが、内容の妥当性は採点される。実現でき、効果の期待できる根拠が乏しいアイデアだけの提案では顧客の信頼を失うので、採点でもマイナスになる。そういった非現実さも経験の少ない方は陥りやすい。
また自社のビジネスとして、どのような意味があるのかをきちんと書けている解答が少なかった。結果的に今実現できることはWebのリニューアルだけだとしても、得意先にとっては狙い目や効果がはっきりして、自社にとってはこれからビジネスを伸ばしていく展開のどのような段階を突破するものかが書かれていれば、十分に点が取れるはずの課題であった。
試験の出題範囲は徐々に見直されるが、2年間は改訂されない。一方論述問題の状況設定や立場、問題形式、求める解答様式は変わる要素である。しかし、問題点を把握してメディアを使った解決策を考えるという点は変わらない。

『プリンターズサークル7月号』より

2006/06/30 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会