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論述問題で感じるコミュニケーション能力の不足

クロスメディアエキスパート認証委員会 委員長 田村明史
  クロスメディアエキスパート認証委員 佐々木雅志

提案の経験が少ない?

―試験の採点を行っての第一印象はいかがですか?

佐々木 DTPエキスパート試験とは違い、(クロスメディアエキスパートの試験は)ツールを使いこなすための技術的な知識、あるいはクリエイティブなセンスを問うものとは違う分野である。あらかじめ顧客からの仕様がきちんと定まっていて、それに対して答えを出していくというものではなくて、本来のビジネスの現場で顧客の現状を調べて、情報を集めて何が求められているのか、何が必要なのかを自分の頭で考えて、それに対して提案を行う能力を見ている。そのような作業自体に慣れていない人が多いと感じた。 従って、それらに慣れている人の答案を見ると、飛び抜けてよく見える。4〜5社のコンペをやったと仮定したら1社だけ飛び抜けた提案ができている会社があり、それ以外はぜんぜん分かっていないというような印象である。
例えば、ホームページの仕事を何度も経験したことがあるように感じられる人が、ホームページはこうすればよいのですとSEO対策については、大変詳しく書いているけど、顧客がなぜ、それをやりたいのか、今はどのような状況に置かれているのかについては考えていないように感じる。経験がない、少ないということで、顧客との必要なコミュニケーションが取れなくなっているという印象を受ける。

田村 論述については受験者の多くは慣れていないという感じだ。与件を読み込むという基本的なところが足りなくて、飛ばし読みをしたような感じで、問題が十分に理解できていない。この場合、与件を読むということはヒアリングして相手を理解するということであるから、そのヒアリングが足りずに提案を書くということになっているので、提案内容が弱い感じがする。
また、設問に対しても、問われていることと違うことを解答している人がいる。通常のプレゼンできちんとヒアリングすることと同じように、(この試験の場合は)問題文との対話と言えるのだから、よく問題文を読み込んで相手の言いたいことをきちんと自分の中でかみくだいて書くことが必要になるが、それができていない。

佐々木 試験の前にJAGATで演習を行った時にも感じたが、基本的なコミュニケーション能力が不足していると感じる。それが試験の解答でもうかがえる。これらについては慣れということも必要なので、もっと聞く、話す、考えるという当たり前のことを磨いていく必要がある。

田村 試験であろうが、実際の仕事であろうが、相手が求めていることがあり、それを理解しない限り何も解決できない。
試験には意図があって問題が作られ、与件があるのだから、それを理解して解答していかないと、解決策は出てこない。その基本的なところが慣れていないようである。

佐々木 相手の意図を理解するということは、重要なポイントである。試験慣れしていないということは、受験勉強の仕方などでは賛否両論があるけれど、問題の出題者が何を意図しているかということを考えることは、試験対策だけではなくて、顧客はなぜ、このようなことを言っているのだろうかと考えることに通じる役立つ思考方法である。
そういったことに慣れていないから問題を読んで、これまで似たようなケースを経験していると、全部きちんと問題を読まずに、その場合はこうであると自分の頭の中で勝手に答えを出してしまう。人の話を聞かないのと同じで、それではきちんと対話できていないから、顧客はそんなことは言っていない、求めていないということになる。そのような印象の解答は少なくなかった。

田村 佐々木さんが指摘したことが一貫性ということにつながる。問5の提案書と、問1から問4までの話に食い違いがある解答があった。最初の設問をうのみにして問5を解答して、本当に相手が求めている与件からの問題を抽出しないままに解答してしまうから、一貫性のないものになってしまう。
例えば設問には、ロジックが埋め込まれており、問題を抽出して、それに対して課題を考えて、それから解決策を考えていくというような流れができている。これは普段の仕事でも同じことだ。それが自然にできているかどうかと、この問題の解答はイコールということが言えるだろう。

基本ができていた合格者

―今回は合格者は少なかったようですが、合格者の印象はどのように見ていますか。

佐々木 不合格者の多くが、このような仕事にあまり慣れていないという印象を受けたのとは反対に、合格者の多くは慣れていると感じた。

田村 同じですね。合格者はとにかく基本がよく理解できている。相手が求めていることをきちんと理解しようとして、それに対して忠実に答えを見いだしている。あるいは書式にしても書き方にしても、相手に対して分かりやすく書こうと努力している。相手に対して、自分はどう対応、接していくべきかの能力をもっていると言えるような人が今回の合格者だと感じた。
また、合格者で印象に残るのはいくつか非常に読みやすい原稿があった。字がうまい、下手ということではなくて、やはり読む人のことが考慮された解答になっている。

佐々木 自分が体験してきたことの積み重ねで、バリエーションをたくさんもっており、例えば100の経験をしていたら、この問題、この場合は33番目と同じように考えて取り組めばよいという人もいる。また、2〜3しか経験がなくても、その経験を元になぜこれでよかったのか、なぜダメだったかということを振り返って考えることができる人なら、同じ与件でなくても、あのケースの場合はこういう理由だったから、今回はどうだろうかということを考えて、新しい顧客の前でもその経験を生かして、変化させて提案できる。その類似性と相違を自分の中で消化しながら提案できる能力があるかどうかだ。合格者上位の人には、それが感じられる解答があった。
情報を分析して考えるということは、いくつか段階があるが、これをやりなさいと命令されているレベルだと、例えばホームページを作るとすれば、どういう作り方をするか、どうしたらきれいなページができて、どうしたら使いやすかというようなHowばかりになってしまう。その段階を突き抜けると、どうしたらうまくいくのかではなくて、顧客のある目的のために何をすべきか、Whatを考えることができるようになる。試験問題はそこを問うていることが大きい。この論述問題の会社は、ある目的のために何をしたらよいか、問題解決のために何を行うべきかを考えることがポイントである。もっと突き詰めるとなぜ、それをやるのか。
例えば、皆ホームページをもっているから当社もやりましょうというのも理由になるが、販路を広げるために、これまでとは違う客層にリーチするために、あることをするということが明示されなければならない。
どうやったらいいのか考える時にゴールが見えなくなると、何をすればよいかを考えるし、それが分からない場合には、なぜやるかを考えなければならない。高得点を取った人の何人かはこれがきちんとできていた。
このようなケーススタディの試験を行うと、テストだし、架空の話なので一所懸命にやらない人が出てくるが、その一方でもし本当にテストのようなビジネスがあれば、そのまま採用されるかもしれないレベルの解答もあった。

一貫性に乏しい読みにくい解答

―不合格者は何が不足しているのでしょうか。

田村 やはり基本的な考え方が身に着いているかどうかが問われる。このような考え方には必ずプロセスがあり、そのプロセスを理解していれば、だいたいの問題は解けるはずだ。不合格者は、点での見方になっており、全体がつながっていない。だから解答も読んでいて、理解しにくい。

佐々木 読みやすい原稿は、単にきれいに書かれているだけではなくて、論理構造のようなものが示されている。前提が示されて、それに対する評価があって、結論が述べられているというような構造になっている。それはコミュニケーション能力の現れなので、きちんと問題を読んでくれて、自分がどのように分かったかを教えてくれている。実は、今回は提案に至るまでのヒアリングのプロセスと同じ問題構成になっている。なぜ、このような設問の流れになっているのかを読み取って、解答されているものは、分かりやすくて読みやすい解答になっている。

田村 良い解答の人は、設問の流れを考えて、前のことを受けて解答している。すべてがつながっていることを理解しており、一貫性が重要だということを分かっているので、ポイントがきちんと述べてある。読むほうはそのポイントを押さえながら読むことができるので、この人はわれわれの意図を理解しているなということが分かるので、大変に読みやすい。

佐々木 逆につながっていない解答を見ると、設問ごとに違うことを言っているので、読むほうは思考の流れが分断してしまう。確か前は○○ということを言っていたはずなのに、なぜここでは××なんだと、前に戻りながら採点することは時間が掛かるし、提案に一貫性がないので評価も低くなる。
実際のビジネスなら顧客は提案書を読んでびっくりすると思いますよ。これは顧客の現状理解と提案する側の現状理解にギャップがあるということです。現状理解と、それに対する問題認識と解決策にギャップがあるために、ぜんぜん解決策になっていない。そういうギャップが解答の中にあって一貫性がなくなっている。

―今後試験を受ける人は、どんな点に注意して勉強していけばよいでしょうか。

田村 まず問題を解いていくためのプロセスを理解しなければならない。その上で、与件をきちんと読む込む癖を付ける。読み方にもポイントがあって、相手は必ず何か訴えているわけでそのキーワードを見つけることが重要になる。
試験で言えば、必ずいくつかのキーワードは埋め込まれているのです。そのキーワードが問題であったり、解決策の一つであったりするので、それを抽出することが重要になる。それはリアルビジネスでも同じです。
だからプロセスが大変重要になって、本来ならA案、B案、C案といくつか考えられるようになれば、素晴らしい論理構成になっていく。そういうことができる思考が求められるし、その訓練を続けることが必要でしょう。

佐々木 カタログやチラシなど印刷物の制作では、そのための情報は印刷会社側にたくさんあったわけです。例えばインキの種類や紙の種類、どんな印刷をすればきれいに仕上がるかは、顧客側は分からなかった。しかし、Web制作や携帯電話などに配信すると、顧客側がより情報をもっていることも珍しくない。そういう中では、情報がクローズドだった時代から、情報があちこちにあり、顧客もシステムや技術などいろいろな情報をもっている時代に、それをどのように聞いて、どうまとめて提案していくかが問われる。
情報があふれている時代には、顧客から出てくる情報にはノイズもけっこう混じっている。今はXMLだからとXMLを使いたいと顧客が言っても、何が何でもXMLを使わなければならないかというと、別に必要がない場合もあるわけで、それをきちんと取捨選択して提案していけることが求められる。
試験は限られた時間で提案を考えて、解答するから難しいかもしれないが、本来は2〜3の代替案があって、こういう考え方もあるが、今回はこちらのほうが良いですというような解答できれば、内容を膨らませることもできて、より素晴らしい解答になる。

さまざまな知識が解決策を導く

―特に印象に残ったようなことはありますか。

田村 解答を具体的に見ると、今回はシステム提案が多過ぎた。実は、与件の中でシステム提案を求めているように受け取れる部分があって、それに引きずられてしまってシステムの話ばかりしている解答が目立った。でも、今回、相手はそれを求めているわけではないので、それがちょっと残念に感じた。
また、今回は合格者と不合格者との間のレベルの差はけっこうあって、まだ初めてということもあるもしれないが、ボーダーラインギリギリでというよりも、はっきり分かれていると感じた。
前述したように何度か経験している人と慣れていない人では、その経験の差が論述問題でははっきりと差になっている。

佐々木 会社で複数の人が受験したところがあったが、きちんと会社として提案におけるスタイルを決めて仕事をしていると感じたところもあった。その中でも、会社が決めたプロセスを守っているだけの若い人と、経験を積んだ人の違いは出ていた。

田村 学科は試験的にまだこなれていないという部分もあるかもしれないが、範囲が広いということもあり、全般的に知識が足りないという印象だ。今回のカリキュラムは、6つの分野の知識をもっていてると、論述問題に生かせる。つまり、学科の知識を論述に応用していくとも言えるので、もっとバランスをもった知識レベルを上げていく必要があると言える。
クロスメディアには2つの軸があって、パブリッシングとマーケティングで、これまではわれわれはパブリッシングをしてきた。いわゆる作るということで、そこでは目的意識というよりもプロセス、つまりいかに効率的に作るかということに目がいっていた。しかしマーケティング的な部分では、いかに事業を作るか、いかに物を売るかというような明確な目的がある。そこを理解して展開していくというもう一つの切り口があるが、そこがまだ慣れていないという印象がある。それには学科試験の部分はおろそかにできなくて、マーケティングはいろいろな角度から知識をもってこないと、解決策が見いだせない。だからそこにはある程度の知識が必要になってくる。

佐々木 これからメディアビジネスを行っていこうという人は、田村さんが述べたような理由で、もっと知識を身に着けていかなければならない。この制度の存在意義もそこにあるわけで、これからこの分野でビジネスを行うためには、この資格のような知識が必要で、そういった人がいないとやっていけないから、クロスメディアエキパート資格があるということだ。
(文責:編集部)

『プリンターズサークル7月号』より

2006/07/03 00:00:00


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