本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

フリマガ時代の雑誌の行方

テレビには大河ドラマや銀河小説、紅白歌合戦など国民的番組というのがあった。雑誌にも総合雑誌や週刊誌、コミックなどいろんな分野で何百万人もの日本人が同じ情報を見ていた黄金時代があった。日本の雑誌も何百万部を誇る大ジャーナリズムに翳りが見え始め、広告のページ数も激減し、雑高書低とはいえなくなってしまった。部数が減ったといっても雑誌は大きな力を持つメディアだが、雑誌とは必ずしもそうであるべきものとはいえない。人口が何百万人のヨーロッパの国でも多くの雑誌が発行されているように、小さなメディアとしての雑誌の意味もあるからだ。

かつて、アメリカは薄い雑誌が多いのに、日本ではぶ厚い背を固めた雑誌が多かったことを不思議に思っていた。まだそういう傾向はあるが、薄くなった雑誌は読みやすいともいえる。また後で読もうと思ったままになってしまう「読み残し」も減ってきた。以前はぶ厚いほうが価値が高いかに思われたが、うまく編集されてちょうどよい頃合のページ数にたどり着こうとしているようにも思える。

一方、商業印刷で伸びつづけていた新聞折込みチラシもパチンコなどの娯楽関係がアタマ打ちになった。それと対照的に広告で増えつづけているものにフリーマガジンがある。フリーペーパーというのはサンケイリビングのように昔から戸別配達を行っている無料新聞のようなものとしておなじみだが、1980年代末からの案内情報誌「ぱど」、1990年代末からのクーポン誌「ホットペッパー」、2004年からの「R25」など、マガジンタイプのものが増えている。多くのフリーマガジンのページ数はそれほど厚くなく、次第にアメリカの雑誌作りに似てきているように思える。

アメリカではDTPの初期からフリーペーパーの分野で使われていて、今では何の不思議もないのだが、パソコンのスキャナーなどを使ってパソコンで「製版」するものは「グッドイナフカラー」と呼ばれて、フリーペーパー・フリーマガジンの分野から使われだしたが、既存の印刷出版業界は受け入れようとしなかった。アメリカのDTPが最後に攻略しなければならなかったのは、大新聞であった。日本においてもDTPの初期には、東京で暮らす欧米人を対象に、生活情報を自主的に発行するフリーマガジンが多く登場した。日本人を対象にするものは数年遅れてミニコミとして現れた。

フリーペーパーの統計に関しては、日本生活情報誌協会が行っている調査が公表されていて、2001年2002年に続き、大規模な調査が2005年に行われた。その結果によると、日本では約1500社がフリーペーパー類を発行し、総数は1200誌紙、3億部と推計される。1998年からマガジンタイプが主流になり、今創刊されるものはA系列で40ページまでくらいのものが多い。この4年ほどの変化を見ると、マガジンタイプになるに従って、配布方法は新聞折込みが減って、店頭設置が倍、駅設置が4倍になっている。

フリーペーパーの読まれ方は、ビデオリサーチによると、過去3ヶ月の間に読んだことのある人の割合が65.7%と、ほぼ3人に2人の到達率になっていて、最新号を読んだという人が56.0%、なんらかのフリーペーパーを毎号読んでいる人が28.7%に上り、短期間にいかに生活の中に定着しているかがわかる。一見するとインターネットの時代なのに紙媒体が読まれるようになっていることは不思議でもあるが、フリーペーパーはテレビ・ラジオ・新聞・雑誌という4大マスメディアと同等の位置になり、伸び盛りのインターネットと拮抗するようなメディアとなった。

インターネットが普及してコンテンツが充実するに従いインターネット広告が立ち上がったが、それは民放TVがコマーシャルを柱に経営して無料であるのと同じモデルである。それが雑誌の形で現れだしたのがフリーマガジンだといえる。もうどのメディアでも、一般的な情報はタダという風潮が強くなった。広告主にすると、人をひきつける媒体であるならば、有料無料は問わないように変わっている。WebでもWikipediaのように紙の百科事典を凌駕するほどに成長したインターネット上の巨大百科事典サイトが登場した。「旧来型の百科事典は書籍版、CD-ROM版も含めて壊滅だろう」といわしめるほど、無料でありながら高い評価を受けているものである。

今のフリーマガジンを支える制作のデジタル化の一般化、コミュニケーションのネットワーク化、原稿の書き手の増加は、印刷の世界に限らず、Webでも共通の土台である。Webで先に現れた現象が、旧来メディアにも現れだしたと考えればよい。フリー化を別の角度から見ると、あらゆるメディアにおいてマスメディアの隙間を埋める細分化が起こっている。出版物を全国的な流通に載せるとすると、たくさん印刷せねばならず、諸費用がかかり、しかもどこで誰が読んでいるのか把握できず、メディアとしての価値が測りにくいものとなる。しかし配布対象を限定すると無駄は減り、読者との対話も行いやすくなる。

フリーマガジンなどが、このように読者にとっても情報発信者と向き合うな方向に進んでいくならば、次第に人々の支持を強く受けるようになり、一方で有料の雑誌はもっと読者と向き合わなければ生き残れないようになるのだろう。

2006/07/30 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会