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印刷の周辺には大きな進歩がある

昔は印刷の仕事は職人仕事で、10年ほどは見習いのようなものであった。つまり15歳から25歳くらいまでは小僧で、その後一本立ちして渡り職人になる人も多くいた。今の成果主義どころではなく、才能のある人はすごい儲かったとか、豪勢に遊び歩いたという昔話もよく聞いた。今はそういった職人仕事の大多数は機械化されて、「脱技能」となった。観光地にいくとホテルのロビーにはさまざまなツアー案内があるが、最近はデジタルカメラで撮ってパソコンで作成してインクジェットプリンタで出力したようなものもあり、その方が昔の印刷物よりきれいであったりする。

ではプロがすべきことはなくなったのか? 今日どこにでも身近に豊富にある印刷物の多様さは、昔以上に多くのプロによって開発されたものであり、デジタルカメラでもインクジェットプリンタでも日本の技術が世界で活躍するほど、プロのレベルは上がった。ただこういったカメラとかプリンタといったデバイスの開発はメーカー側で科学的に行われるもので、現場の職人によるものではない。

つまりアナログの時代は、印刷物制作のための技術とサービスが職人の中に一体としてあったのが、今日では技術とサービスが分離したのだといえる。今の印刷産業が一貫処理化や短納期化の方向に進んでいるのは、より大量な処理が求められているからではなくてサービスの向上のためである。だから印刷産業は紙メディアに関しては設備投資を武器にした製造業というよりはサービス業の色合いが高まっている。印刷産業はサービス産業だ、という点に立脚して考えると、ビジネスの可能性は広がって見えるだろう。

ビジネスとしての印刷は、英語ではプリントよりもグラフィックアーツの方が似つかわしいのだが、グラフィックアーツとは、グラフィックデザインから、プリプレス、印刷、製本までを含んだ言葉であって、視覚再現の技法といってもよい。 今日印刷産業が価格低下の中でも生き延びていられるのは、DTPに象徴的なように安い道具でも十分サービスができるようになったからである。今後も絶え間なく開発され続けるデジタルの道具のターゲットは、グラフィックアーツに比重を置くようになっているので、このことは印刷産業に新たなサービスの機会を与えることになる。

例えばCADというのは元々は図面処理であったが、今ではCGとの境界はなくなりつつある。デジタルの映画ではCGと実写を違和感なく合成するようなことは当たり前になり、商品写真においてもCGで作成したり撮影した画像と合成することが多くなった。SIGGRAPHの論文でも今までの図形と画像の分野の境界を越えたようなテーマが賑わっている。複数の写真から立体のモデルを作るようなソフトもある。日本で医療用の画像処理の専門の月刊誌が2誌あるような状態である。

言わんとすることは、フィルムやカメラ撮影だけを原稿に考えると仕事は少なくなるが、増え続ける電子画像を対象に考えれば、新たな仕事の機会は増えるだろうということである。印刷業に技術力があれば画像処理の開発もできるであろうが、必ずしもそうでなくても、役に立つソフトは普及して安くなるので、行おうとしているサービスにふさわしい道具を選ぶ能力があればよい。問題は顧客の側で画像処理がどのように進んでいるかを知ることである。印刷よりも広いカラースペースや、立体視、カラーマネジメントの不在など、壁になる要素に取り組むのがサービスの鍵になるだろう。デジタルの道具によって差別化をするのは困難だろう。

文字に関してもUnicodeなどによりパソコンでマルチリンガル化が可能になっているので、それに関連したサービスが求められる分野もある。またWebのブラウザというのは、htmlのタグの入ったデータを画面用に組版しているのだが、今は制御できるレベルが低く、ワードプロセッサ以下であるが、こういった技術も今後は進展して、画面でも高度な組版ができるようになるだろう。そうすると紙出力と画面表示が別世界ではなくなり、印刷のサービスの延長として考えられるところも増える。

レイアウトの処理は自動組版をする上でもっとも厄介なところで、従来の印刷では「先割」でレイアウトに文章や写真を合わせていく方法か、あるいはワードプロセッサのように中身に合わせてレイアウトができていく方式のどちらかしかなかった。Web・htmlのように見る人がブラウザでウィンドウの大きさや文字の大きさを変えられるシステムでは、レイアウトと中身との関係をフレキシブルに考えるので、BlogやWebの制作システムでは印刷にはないレイアウトのアプローチが生まれた。こういった技術は今後印刷物作りにも影響を与えるであろう。

アナログの時代にはグラフィックスの再現をするいろいろな分野、例えば写真分野/印刷分野/放送分野などが、それぞれが自分の枠の中での品質改善を行ってきた。しかしデジタルの世界では、いろんな分野に汎用に使える技術が支配的なものとなり、特定分野でしか使えない技術は投資もされなくなって、いずれ他の研究開発が進んだ分野に飲み込まれてしまうことをDTPは明らかにした。それは今後もそうであろう。汎用の技術と付き合いながらサービスを広げていくのが、印刷業の道の一つになるだろう。

2006/08/18 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会