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印刷だけ売れる時代の終焉(ドイツの印刷会社)

強力なITと倉庫配送のワンストップサービスで生き残るドイツの印刷会社

ドイツの経営環境も厳しい
2006年10月にドイツの印刷会社、7社を訪問する機会を得た。どの経営者も日本に比べて非常な危機感をもって会社を経営していることが第一印象である。1989年にはベルリンの壁の崩壊、1990年代の初めから現在まで銀行業界の混乱、株価の低迷、国際競争力の低下と、ほぼゼロに落ち込んだ経済成長率に加えて、個人主義的な性格が強く、全体のために我慢しないという傾向などもあり、経済が行き詰まってきたと言われる。

ミュンヘンの印刷経営者は、「印刷会社数は3年前の4分の3に減少しており、数年後には半減するのではないか」と語る。また、「この地域の技術者は時給20〜30ユーロであるが、車で2時間半のチェコに行くとその10分1、3ユーロで工場が動いている」と言う。 ドイツでは16%であった付加価値税は、2007年から19%に上がってしまうという状況がある。


訪問した経営者からは、「経済は少し良くなったが、印刷価格は下がったままなので得意先にはソリューションをいかに提供するかが大事」「今後は、普通の印刷会社はなくなっていくだろう」「印刷だけでは会社が続かなくなる」「毎日新しいことを考えないとドイツで印刷会社は成り立っていかない」「印刷市場は拡大しないので小さなパイの奪い合いである」という厳しい声が聞かれた。
そして、このような環境を勝ち抜いた、元気ある印刷会社への訪問であった。

印刷会社の活路はワンストップサービス
得意先の要望をまとめて一括受注するワンストップサービス型の受注に力を入れており、「最後まで責任をもって、フルサービスにより顧客を逃げさせない」(Color Offset社)と言う。同社では、500店舗をもつガソリンスタンドチェーン向けに、得意先の本部担当者がWeb入力すると倉庫に管理されている400種類の印刷物から足ふきマットまでを、手作業でフルフィルメントしてチェーン各店舗に配送する仕組みの一括受注を獲得した。これは代理店を跳び越してトップセールスによって受注獲得したものであるが、『おいしい仕事』になっている。

製版出身のAWS社ではビジネスのコアが、「フルサービス」で、広告宣伝レベルではあらゆることにこたえている。展示会などは運営や配送もすべてを受ける。「顧客にとっては、そのサービスが良いか悪いかの2つに1つしかない」(AWS社長)と言う。 フルサービス・プロバイダを自称しているMSP社でも、得意先の要望するすべてを提供するが、大企業のまねはしないという方針である。大量生産によるビジネススタイルが難しい中で、「わが社は、より複雑な仕事の受注」を選択した。紙という媒体に強くなって、企画デザインから納品までをしっかり管理する「スマートサービス」を提供している。例えば、「データベース+Webサービス+メール発送+印刷+倉庫(3000m2 2000パレット)」のようなフルフィルメントサービスまで行って、最後まで責任をもつようなビジネスを展開している。

「ドイツには『お客様は王様』という言葉があって、発注者から自社にまでのサプライチェーン全体に自動化を目指してデータベース・印刷・フルフィルメント」の3つをフルサービスとして提供することで、発注者を逃がさないことが重要であるという。3つの仕事の中でどの分野がもうかるというよりも、どんなサービスが提供できるかである。「周辺の印刷会社を見ると刷り専業者は3.5%程度の純利益で、長続きしないだろうが、当社は幅広いサービス提供や特殊な製品や機能の提供ができるので30%程度ある」と、経営に自信をもっている。「製造工程の理想化や合理化は、製造業(印刷側)の勝手な言い分」であり、得意先にはサービスを提供しているのであって、そのためには得意先の望むものを提供するのだという方針で、ヨーロッパ全体(25カ国)に750社の顧客をもっている。このように、訪問した各社ではさまざまな差別化・独自性を発揮したワンストップサービスを展開している。

得意先にこれらの強みをどのようにアピールして受注に結び付けていくのかについて、Sommer社のゾマー社長は「旧態依然の営業には『仕組み』は売れない」「新しい考え方の営業(プロジェクトマネージャー)が必要である」と指摘する。さらに社長自身も「自分を売り込む、スピーチもする、原稿も書く、社内はショールーム化していく」と、自社のアピール、プロモーションの重要性を強調していた。また、ColorOffset社のフーバー社長は「仕組みの売り込みでは、先方の担当宛では提案をブロックされるので、得意先の上層部に働き掛けなければならない」と語る。

ワンストップを支える高度なデジタル化
DTP部門で収益が上がっているのは、製版会社で創業したAWS社だけであった。多くは「フルサービス」(印刷、マルチメディア、フルフィルメント)という経営方針(Sommer社)で、臨んでいる。

「今後、DTP制作の仕事は印刷会社に来なくなる」という声に代表されるような状況に対して、ABT社でも、得意先にはWeb入稿やコンテンツ管理、印刷やWeb制作といった「クロスメディア的な提案を行うようにしないと仕事はなくなる」と読んでおり、IT開発のAktivComm社、デジタル印刷のDDZ社という2つの子会社と連携している。得意先へは、例えば、「お得意様ではコンテンツ情報(印刷原稿の元になるようなドキュメントや画像などの材料)は混乱しているでしょうから、この現状を解消しましょう」と提案を行う。ここではIT抜きには解決提案できない。しかし先方からは優秀な担当者が出てくるので、当方のITスタッフも高い能力が非常に重要になる。


顧客へのプレゼン画面:「お客様の混乱状態のコンテンツ素材管理(左)をABTにおまかせ頂けると整然とします(右)」

MSP社では、常に得意先に近い視点から、販売促進(マーケティングや販売)のどこが困っているかをよく見て、コンサルティングすることから仕事が始まると言う。そして、先方の頭の中に描かれていた販売促進のコンセプト(顧客のウオンツ)を一緒に検討し実際のイメージにしていくための仕組みを提供していく。現在、顧客は100社程度であるが、巨大企業とは付き合っていない。

MSP社では、車のディーラーの営業が顧客情報をWeb入力してマウスクリックするだけで、礼状からキャンペーン案内、レギュラーカタログなどが封緘されDM発送されるワンストップサービスの仕組みを提供している。

得意先に対するIT化の提案は、「先方の手間を削減する手段でもあり」、外部から見ると得意先と印刷会社の境界線を押し上げて、差別化・独自性を発揮しようとしていることが伺える。

各社のシステム開発
このように各社ともITによる顧客連携を行っているが、AWS社ではスポーツカーのフェラーリが年1回制作するカタログ画像1万7000点をデータベース化して、本社や関連部門で内容の検討ができるようなWebベースのワークスペースを提供している。

Sommer社では郵便大手のPostBank向けにワンtoワン用の1万7000種類のカタログコンテンツデータベースを構築し、オフセット印刷機と5台のデジタル印刷機を駆使して印刷受注に結び付けている。「収益源は印刷であっても、オフセット+IT+デジタル=三位一体のどれが欠けてもダメだ」(ゾマー社長)と語る。

このようにITを駆使ししながらも、各社「積極的に提案しないと何も生まれないし、印刷だけの仕事はいずれなくなる」という危機感を非常に強くもっている。 MSP社では、「印刷ではなくプロセスを売ることが重要」で、得意先にとって「手間が削減できてコストカットできることを提案」して、安い買い物であると思ってもらうことが大事である。しかし、「IT化や自動化の仕組みまで」を提供することになるので、受注までの期間は6〜10カ月ほどを要するという悩みがある。

フルサービスの一環として倉庫配送への投資
1998年にオフ輪に投資するか、倉庫配送に進出するか検討して、倉庫事業に投資したのがKutal社である。
同社には、同じ敷地内に関連会社として倉庫とロジスティクス専門で規模50人のRMD社がある。ここにある3つの倉庫は計2万5千パレット、5万個の品物を在庫管理できる。倉庫には18℃に温度管理されている部分もあり、チョコレートや飲料水なども保管できるなど、本格的な倉庫ビジネスを展開している。ビジネスは印刷に絡んだ分野であるが、いろいろなパッキングやキッティングなどのフルフィルメント作業もここで行っている。


RMD社(左・中)、Kuthal社(右)

例えば、ホンダの販売店からは預かっている印刷の在庫が一定量になると、発注元にメール確認して増刷する発注点管理が行われており、この営業窓口はRMD社である。倉庫管理とKuthalの印刷は連動しているが、得意先から見るとRMDのほうが知名度が高くなってしまったので、現在はKuthal社では印刷の直請けが20%、RMD社経由が80%に上っている。売り上げはKuthal社が2300万ユーロ(約35億円)、RMD社が2000万ユーロ(約30億円)である。

各社のコア・コンピタンスと概要
訪問各社は自社のセールスポイントを明確に表現し、自社のビジネスを定義していることも印象的である。

・MPS druck und medien gmbh
スマートサービス(紙という媒体に強くなり企画から納品まで管理)
売上高:1200万ユーロ
従業員数:正社員80人、パート150人
倉庫:2000パレット

・Franz Kuthal GmbH & Co. KG
巨大な倉庫・配送・手作業
従業員数:正社員100〜120人、パート120人
売上高:Kuthal2300万ユーロ、RMD2000万ユーロ
関連会社(同じ敷地内):RMD(倉庫、ロジスティクス:規模50人)
倉庫:25000パレット
EMS(IT開発:規模10人)

・ABT Print und Medien GmbH
世界中に配送、印刷物ではなく「プロセスチェーン」
従業員数:70人
売上高:800万ユーロ
関連会社:Aktiv Comm(IT)、DDZ(デジタル印刷)

・AWS Drucktechnik GmbH
フルサービス(広告宣伝、展示会運営や配送などすべて受注)
3拠点合計500人規模、ホールディングス会社形式で傘下に8社
グループ売上高:800万ユーロ

・Sommer Corporate Media GmbH & Co. KG
フルサービス(印刷、マルチメディア、フルフィルメント)
売上高:3650万ユーロ

・Colof Offset
デジタルプリントと小型印刷ライン
従業員数:120人
売上高:1500万ユーロ
倉庫:2000パレット
別会社に代理店

・mediahaus biering
クロスメディア・パブリッシング
従業員数:135人
売上高:1900万ユーロ

生産の自動化とJDFの利用
生産工程についても、社内で手間を掛けないためにJDFによる自動化に力点を置いている。「JDFワークフローによる効率化なしには、人件費の高いドイツの印刷会社は生きていけない」(Color Offset社)、「入稿PDFのメタデータ(JDF)により55%の面付け作業は自動化している、JDFの実装は2年掛けて終わった」(Sommer社)、「刷版部門のIT化で人員28人(4年前)〜6人(現在)になった」(biering社)、Web入稿のデータがいまだ多岐にわたるので、そのままJDFに落とし込むところまでいってないが、「とにかく手間は掛けたくないので自動化」したい。オフセット印刷とデジタル印刷との振り分けは、「Web入稿→一部手入力してJDFへ→自動的に振り分け」ということで行っており、用紙はEC発注しているので印刷の2〜3時間前に配送されるようになっている(MPS社)。
JDFの効果は人員を削減して仕事を増やせることで、「CTP部門では人員は6人のまま、以前の月間1万5000版から現在では2万5000版を出力」している。「JDFなしに印刷会社は生きていけない」(ColorOffset社)など実用の域である。
顧客ごとに3人チーム(営業2人+工務1人)が8チームある。ここでJobチケットを作ってしまう。このチームは50〜80件ほどの顧客をもち、常時は10件ほどの仕事が流れている。チームで「顧客からの引き合い→見積もり提出→確認→入稿」をすべて行う(biering社)。

(JAGATのMISページも関連情報が満載です)

IT力は別会社化して強化
ABT社はAktivComm、Kuthal社はEMSなど、IT専門の別会社をもつところ、または別部門にしているところが多く、ITの役割分担を明確化していた。そしてノウハウに投資している(MSP社)、大学とも提携している(ABT社)など、各社とも共通して、IT能力を重要な経営のコアコンピタンスと位置付けていた。

印刷だけ売れる時代の終焉
収益源は印刷であっても、印刷だけが売れる時代は終わったというのが経営者の共通認識である。マーケティング志向、ワンストップサービスを提供していく方向に動き出しているが、下支えとして強力なIT開発・提案力と、現物としての印刷物と関連する物品までをまとめて物流管理するロジスティクスのインフラが伴うことによって、ワンストップが現実的になるという姿を見せ付けられた(図参照)。顧客にとって印刷に絡んで、「面倒なこと、手間が掛かること、やりたくないこと」を解決するという印刷会社にとって当たり前の基本機能をどの印刷会社も見事にやり遂げていた。

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2007/02/26 00:00:00


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