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アグレッシブな米国の印刷会社

2007年6月に米国のシカゴとサンフランシスコで、デジタル印刷機をニュービジネスに活用している印刷会社を訪問する機会を得た。新しいビジネスモデルを実践している企業経営者は、「貴社のドメインは?」とい問いに対して、下記のように皆が即答してくれた。自社のビジネスへの熱き思いを明確に持っていることを強く感じた。

フルサービス・プロバイダー
デジタルプリント・ソリューションズ
グラフィック・ソリューション・プロバイダー
マーケティング・サービス・プロバイダー
トレード・プリンター
シーズナル・ビジネス

■ビジネスのポイント

(1)データ・ドリブン・プリント
原稿内容(データ)が更新される度に印刷するという流れを作り、プ ログラムで自動的に仕事が回るようにした継続性のある仕組みを 維持するのがデータ・ドリブン・プリントである。
こうして、顧客のコンテンツデータを管理し、コントロールできるように、 提案することがビジネスで重要であるという。

(2)コンプライアンス支援の提案
企業グループ向けのWeb toプリントでは、企業の営業マンなどが自 分の顧客へのコメントなどを入力して送信すると、自動的に印刷会 社から消費者などにDMが発送される仕組みになる。
このときに、テンプレート以外は使えないなどの入力制限や、原稿内 容がコンプライアンスに反したものでないかどうかのチェックを行うこ とで、発注元企業に対してWeb入力によって自動的にDMが発送 されるだけでなく、コンプライアンスへの支援機能も併せ持っている ことを提案するケースもある。

■4つのパターン

(1)小ロットを集めるWebポータル型
全ての訪問先で発注元に提案していたのが、小ロットを集める Web toプリントである。特にBtoB型で企業グループを対象にした 多数拠点向けのカスタマイズ事例が参考になる。
シカゴのRT Associatesでは、大手電気メーカーの販売店1000社 向けのWeb toプリントシステムの受注に成功した(下図)。販売店 の担当者には400種のテンプレート利用が提供されており、印刷発 注としてはWeb経由で単価2〜3万円程度の消費者向けDMが Webサイトから毎日100〜200件入稿されてくるので、デジタル印刷 機で印刷している。
大手電気メーカーがWeb toプリントのシステム開発費やテンプレー ト作成費用を負担しているが、理由は競合する日本家電メーカーに 対する自社系列販売店への販促支援であり、競合他電機メーカー への販売面での優位性確保への投資であるという。
しかし1000店ある販売店のスタッフがすぐにWebを使って発注して きたわけではなく、販売店スタッフへのWeb発注の使い方講習講 習会を含めてメーカーに提案し利用の普及にも力を入れた結果、 Web入稿量も次第に増加してきたという経緯がある。同様の仕掛 けを数社の大手企業に売り込み、成功している。

BtoC型ではグリーティングカード市場が大きく、デジタル印刷機で特 化していたのが、サンフランシスコのProgressiveとink2である(下 図はink2)。

この分野は「自動化」「入稿後もできるだけ人が触らない」工程を組 み立てることがポイントで、「JDFを利用したことでデジタル印刷機か ら後加工機への流れに変わった(Progressive)」という。

(2)可変データ印刷・パーソナライズ印刷
パーソナライズやバージョニングといった、可変データ印刷では、顧 客データをコントロールできる、データ管理できることがビジネスのポイ ントである。
DMのパーソナライズ印刷については、個人の宛名データが簡単に 購入できるお国柄のため、発注元が必要と思われる名簿を購入し て発注元に提供する。

日本ではDMのパーソナライズというと相手の名前や担当者の顔 写真をいれることを思い浮かべるが、実際の効果があるのは「今、 自分にとって最も関心を持っている情報が載っている」ことであって、 名前や顔は重要でないというのは新鮮であった。

シカゴのVISIONでは、15拠点を持つ車のディーラー向けWeb to プリントの販促システムを提供している。Web上のテンプレートからディー ラーの営業マンが入稿して車の所有者に送るDMのコストは1部$ 3.75と決して安くはない(次図、説明はスミッツ社長)。ポイントになる のはディーラーへの来店客単価は$330になるという結果(ROI)を 報告していることである。仕掛けは、まずディーラーの営業マンが Web画面でDMを出したい顧客(定期的な整備やオイル交換を勧 誘するなど)の内容を入力するとVISIONではそのコメントが入った パーソナライズDMをデジタル印刷して、車の所有者に郵送する。

(VISION President Steven J. Smith氏)

そのDMを持った来店者の情報は営業マンが同じくWeb入力する。 このようにしてディーラー15社から来店客のPOS情報を集めて集計 し、そのレポート(レスポンスのROI)をディーラー本部の担当者が Webで確認できるようになっている。
また、専門職リクルート用のWeb toプリントでは、150のオフィスを持 つある医療機関向けに提供している、看護師のリクルートシステム がある。医療機関の担当者がWebからテンプレートを選んで看護師 募集の求人広告を入力して発注すると、2日後には印刷会社が購 入していた地域の看護師の名簿宛に、デジタル印刷された求人募 集のDMが発送される。 他に、家庭医(米国で一般に普及)向けに顧客である患者の誕生 日に、ケーキの写真と健康についてのメッセージが入った手紙をデ ジタル印刷で作成して発送するWeb toプリントサービスも提供して いる。

同社の人員構成の規模は190人であるが、典型的な欧米型であり、 新規受注や新規開拓の営業担当が25人、工務を兼ねる内勤営業 20人、見積もり専門担当が4人というように3職種に分かれている。

(3)ハイブリッド印刷
デジタル印刷とオフセット印刷を組み合わせた印刷であるが、単純 なのはチラシの店名差込み印刷や店ごとに違う販売価格などのバ リアブルデータを、オフセット印刷された印刷物に高速のモノクロイン クジェットプリンタで追い刷りするものがある。
中綴じ冊子では、中身をオフセット印刷して表紙はデジタル印刷で バリアブル出力して綴じるという事例がいろいろあった。例えば、あ るケーブルテレビの番組ガイドは、デジタルTVになって視聴者の視 聴履歴が把握できるので、パーソナライズされた「お勧め番組」を表 紙にバージョニング出力して、オフセット印刷した中身と中綴じ製本 して送る。
カイロプラクターの販促ツールのためのWeb toプリントでは、4種類 のテンプレートを選んで自分が持っている顧客データベースを使っ てハイブリッド印刷されたレターの発送までが注文できる(下図)。 このシステムを提供しているUNIQUEでは、個人営業に近いカイロ プラクターのために、販促用に名簿データを購入して提供したり、ク レジットカードによる決済システムも取り入れている。
このWeb入稿システムは、数年前に自社開発した名刺受注用のポー タルから発展させて作り込んだものである。

他に、大手金融会社が投資家に送る『あなたの収益レポート』など のハイブリッド/パーソナライズ印刷ではグローバル対応がもとめら れるので、多言語処理が必要になるという。また保険会社のニュー ズレターの表紙がパーソナライズ印刷されているなど、さまざまなハイ ブリッド印刷が実現されている。

(4)小ロット印刷
自社をトレード・プリンタと呼んでいたのはサンフランシスコの MOQUINで、オフセット印刷とデジタル印刷の工場を隣接させて いた。下請け型印刷会社で顧客は印刷会社とブローカーである。 デジタル印刷機の選定では、ドライトナー方式のインラインシステムは 「一定の仕事が大量に流れればメリットがある」が、下請け専業で ある性格上「オフセットと後加工機を兼用できて、オフセット品質が 得られる機種」としてIndigo pressを選んだ。
現在、印刷会社のM&Aも多く、西海岸では優秀な営業マンが退 職後に独立してブローカーになるケースも多いので、ここへの販路 拡大を図っている。

■ASPシステムによる提供のメリット

大手製薬会社の販促資料をWeb toプリントで提供するUNIQUE では、2,500人の製薬営業マンが持ち歩く300〜500種類の資料(ペ ラ)を、各自がポータルサイトから取り出せるようになっている。その 営業マンが資料を取り出せる資格があるかどうかは、毎日深夜2時に、 製薬会社の人事システムから変更があった営業マンの氏名などの 情報が受け取れるようにしてある。このシステムはUNIQUEから ASP方式で提供されているので、発注元である製薬会社のITシス テムやファイアーウオールを、互いに考慮する必要が無いというメリッ トがある。

■提案型ビジネスのポイント

(1)営業マン
営業的には提案型になるので、ある経営者は「わが社で対応でき る営業は2割で、残り8割には配置転換や転職を勧めている」とい う厳しい現実もあった。

(2)訪問先
発注元の繋がりが大事であるが「付加価値」を提案・提供できなけ ればダメである。しかし、顧客は通常の印刷会社を「コスト」を支払 わなければならない所と見ている。ルーペなどを持ち出す発注元 の総務や調達の担当者の関心事は「価格の安さ」だけなので、こ のような所にいくら通ってもしょうがない。
発注元でも「メイクマネーサイド」に営業に行かないとダメで、販売 部門やマーケット部門など、売り上げを追っているような部門や人に アプローチする。
しかし、彼らが求めているのは「販促の効果」(ROI)であり、これを きちんと提案提供していくことが必要になる。つまりコストダウンで売 り上げアップになることを示して提案営業を行なってくことである。 また、提案先が大手企業であっても「事業部」に的を絞れば数百 人規模の顧客と同じように考えれば、規模が小さいことを気にする 必要はないという。

(3)広告代理店との関係
広告代理店の提案ビジネスとは対極をなす面がある。代理店はデ ザインして、校正刷りを繰り返して希望の色調に仕上げてなどのや り取りを行うクリエイディブ・ビジネスである。
一方でWeb toプリントはテンプレートと自動化のビジネスであり、今 では代理店から怖い存在だと思われているようだ。

■投資の力点

普通の印刷会社から提案型の印刷会社になるために、投資を最 優先すべきことについて聞くと、「自動化」という意見が最も多かっ た。ITを活用してできるだけ人が触れないような工程にするという ことであり、将来の投資はIT技術者(システムインテグレーター、デー タベース技術者、 プログラマー 、Web開発者など) とデジタル印刷 機で、各社がオートメーション化を目指していた。
オートメーションには2つの意味があり、発注元にWeb入稿などのシ ステムを提供することで発注の手間やコストを削減することと、自社 内の製造工程はポータルサイトからの仕事は、できるだけ「人が触 れない」ように自動化する。つまりJDFを利用して、後加工機のプリ セットなどを行ってコストダウンするということである。
自社内に優秀なIT技術者が必要で、UNIQUEでは「パーソナライ ズの仕事は未だ大きくはないが、大手金融機関から発注されたポー タルサイトも社内にプログラマーがいたので2週間で提供できた」と いうように、短納期でシステム提供ができるメリットを強調していた。
また、デジタル印刷機でバリアブルデータ出力する際のネックはRIP 速度なので、このような仕事には強力なRIPは必需品である。 また、将来性が無いものは何かという質問に対して「単色物の冊子」 や「プリプレス」、逆に将来性が有るものは「可変情報の出力」「Web to プリント」「生活者向け印刷物(カードやアルバムなど)」という意 見があった。

■提案型印刷会社への3つのハードル

提案型の印刷会社になるために、乗り越えなければならないハード ルがある。

◎アグレッシブなビジネススタイル
リスクを計算して企業戦略を考えること。
◎パートナーシップ(提携)
全ての注文を自社内で処理できないので、良いソフトを探したり、よ いデータベースハウスと付き合ったりすることが必要である。
◎ネットワーキング
デジタルネットワークと、人間系のネットワーク(展示会に行ったり、セ ミナーに参加したりなど)の両方である。

* * *

デジタル印刷でニュービジネスを切り開いている印刷会社の訪問 であった。各社とも顧客獲得のためにさまざまな提案を行っていたが、 根底には「発注元のコンテンツまで預かりシステムにも慣れてもらえ ば、他社に乗り換えるのは面倒になるので、受注が継続できる」と いう囲い込みの狙いがある。
ITを駆使しながらも印刷という物づくりをおろそかにせず、新しいビ ジネスを一歩一歩育てているという経営者の姿が印象的な視察に なった。

■訪問先:【  】 はドメイン

Integrated Graphics Group(VISION)
【フルサービス・プロバイダー】
シカゴ市内と郊外の2拠点、売上40億円、 規模は190人、設備はオフセット印刷機(6 色機×2台、4色機×2台、5色機×1台など)、 Indigo press 3000×2台など。 2年前にほ ぼ同規模の印刷会社2社が合併し売り上 げは毎年25%ずつ伸びている。

RT Associates, Inc.
【デジタルプリント・ソリューションズ】
シカゴ郊外で元は製版会社。売上15億円、 規模は68人。 設備はオフセット印刷機(5 色DI機、4色DI機)、Indigo press 5000× 2台など。 1995年に最初のデジタル印刷を 導入し、機種を変えながら現在にいたる。

Unique Printers and Lithographers
【グラフィック・ソリューション・プロバイダー】
シカゴ郊外で売上16億円、規模74人(営 業10人、内勤6人、見積もり2人、オフセット 12人、Indigo2人、Web開発4人など)、設 備はオフセット印刷機(6色機2台など計5台)、 Indigo press 5000、製本機など。

MOQUIN PRESS/DIGITAL
【トレード・プリンター】
サンフランシスコ郊外で下請け専業。 売上17億円、規模93人、設備オフセット印 刷機(6色機2台など)、Indigo press 5000 ×2台など。クライアントにデジタルとオフの 承認なしで、上手くコストを削減。

Progressive Solutions
【マーケティング・サービス・プロバイダー】
サンフランシスコ郊外、売上8.4億円、規模 36人、設備はIndigo press 3050×1台、同 5000×2台など。A3で50枚という仕事で収 益を上げるには自動化しかないという。

ink2
【シーズナル・ビジネス】
サンフランシスコ郊外、売上12億円、規模 35人(ピーク時は130人)、受注は全て Webサイトから。設備はHP Turbo Stream ×3台、Indigo press 3050 × 1台、コーター 2台など。顧客はコダック、USPS、フォトワー クスなど。ホールマークとも契約予定。

*月刊プリンターズサークル2007.9月号付録より(JAGAT相馬謙一)

2007/09/06 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会