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年頭雑感

社団法人日本印刷技術協会 副会長 島袋 徹

新年を迎えるに当って、2008年こそ印刷業界が新しい時代に向かって力強く発展する切掛けを掴んで欲しいとの想いを強くしている。それはここ数年、印刷業界に携わる人々が懸命な努力を積み重ねてきたにも係わらず、長期低迷の状況から抜け出せない状況を見ているからである。

昨年開催されたJAGAT大会2007の山内専務理事の講演「印刷の40年と2006年度印刷業界概況」で、『技術の進歩は利幅を減らす』という厳しい現実が明示された。我々がデジタル化という新技術を単に道具として使うに留まり、新しいビジネスモデルを確立し得なった結果であるとの指摘もされた。

問題点は明らかになり、解決策が提案され、実行にも移してきたが、期待の成果が充分得られていないのである。 何か根本的なところに問題があるのではないかと考えるのであるが、回答が見出せないでいる。そこで、印刷業とは別の業界で参考になるケースを探すとなると、私として外せないのがトヨタ自動車である。

トヨタ自動車が躍進に次ぐ躍進を遂げて、米国のGMを凌駕しそうになっていることは衆知のことである。印刷業界と自動車業界ではビジネスの環境が全く異なり、まして中小企業が主体の印刷企業の問題解決を超大型・世界企業のトヨタ自動車に求めることは見当違いも甚だしいと言われるかもしれない。しかしトヨタ自動車の経営手法には「関係がない」の一言で退けてしまうには惜しむに足る魅力がある。

これまでも印刷企業はトヨタ自動車の経営手法を全く参考にしなかった訳ではない。むしろTPS(トヨタ生産方式)、JIT(ジャスト・イン・タイム生産)、カンバン方式などトヨタ自動車の生産ノウハウを起源とする製品生産手法を大なり小なり参考にし、これらの手法を自社の製造現場に取り入れたのである。

その結果、製造現場ではそれなりの成果が得られたのであるが、企業全体がトヨタ自動車のように留まることない成長を実現するには至っていない。それはトヨタ自動車の製品生産手法は製造現場に導入するが、企業全体をトヨタ自動車の経営思想で貫こうとしてないからであろう。

それではトヨタ自動車の経営思想とは如何なるものであろうか。

これまであらゆる製造企業で主流を占めていた「結果による経営」(MBR:Management By Result)とは全く異なる「手段による経営」(MBM:Mnagement By Means)こそがトヨタ自動車の経営思想の中核となっている。

5年ほど前に読んだ「トヨタはなぜ強いのか」:H・トーマス・ジョンソン、アンデルス・ブルムズ共著、河田信訳(日本経済新聞社)をもう一度読み直して、「手段による経営」について述べてみたい。

本書の著者は次のように主張している。「結果による経営」は、コストや収益の集約された財務数値を目標として設定し、上級管理者が下位管理者や末端作業者を指示・制御する経営である。この経営手法は結局、財務利益の偏差(好調期と不調期の業績格差)を拡大し、長期的には企業を衰退に導く。一方、「手段による経営」は、自己組織化、相互依存、多様性などの原理に基づいてプロセスと人的能力を重視する経営で、企業に長期にわたる安定的収益をもたらす。

これら二つの「経営」を印刷の製造現場に適用してみよう。印刷現場では常時コスト削減運動が展開されている。例えば「今月の用紙予備率削減は0.5%」という数値目標を明確に掲げ、その目標達成に向かって現場作業員がいろいろな改善活動に取り組むとする。一ヶ月が経過して評価をするとき、「結果による経営」では、0.5%の目標に直結した活動は高く評価されるが、頑張ってはみたが成果を出せなかった活動の評価は低く、場合によっては無視されてしまう。印刷の用紙予備は印刷ロットや要求品質に影響されるため、その月の作業内容によって予備が多く必要になったり、逆に少なくて済むこともある。作業内容を考慮した目標数値の設定は相当難しいため、結局は削減したいコストの額から算出した数値を掲げることが考えられる。数値に拘るとこのような曖昧さを含んだ数値目標にならざるを得なくなる。

改善活動は永久に継続すべきものであって終点というものはない。そこでの数値目標は次第に実現の可能性の低い精神力頼みのスローガン的なものになりがちである。数値目標に拘る「結果による経営」では、やがて製造現場に疲労感が溜まり、モラル低下に繋がってしまうであろう。

一方、「手段による経営」の製造現場では、予備率削減活動の結果として数値は算出するが、それで評価はしない。予備率を削減するには何をなすべきかという手段、活動を目標として掲げ、実際にそれを実行したか否かが評価の対象になる。数値に拘らないのは、もし成果の出なかった活動でも真剣に取り組んだのであれば必ず改善点が見付かり、次に成果を出すことが期待できるからである。手段、活動そのものを重視する手法では、それに携わる人的能力が主体となるため、製造現場は作業員同士の関係が重要となる。そこには緊張感のある協同、連携意識が絶えず醸成される。そのような現場では、常に「結果の数値」ではなく「手段・活動」そのものが問われるため、次第に自己組織化が図られ、相互依存、多様性を発揮して改善活動が停滞することがない。

「手段による経営」は製造現場だけの問題ではない。営業部門においても売上高、営業利益という数値による「結果」で評価するのではなく、飽くまで顧客の満足度を向上させるのに営業担当者がどのように「活動」したかが問われるべきある。

さらに「手段による経営」は企業経営者・役員の問題でもあることは当然で、業績さえ上げれば優れた役員とは言えず、企業の現在、将来に対し如何なる手段を講じたかという「活動」で評価されるべきである。

「手段による経営」が、もしかしたら印刷業の将来に役立つのではないかという期待をこめて述べたが、これは飽くまでも印刷業の現況を皮相的に捉えた末の「雑感」である。

トヨタ自動車の「手段による経営」は深い経営思想に基づいており、また、経営手法は長い試行錯誤の上に築いた高度な理論に裏付けられている。私はそれが優れていると感覚として理解できたに過ぎない。「手段による経営」の真髄を知りたい方は「トヨタはなぜ強いのか」を一読されることをお勧めする。

(2008年1月)

2008/01/03 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会