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顧客視点で見直す印刷受発注

ITの急激な進歩や少子高齢化の進展など印刷業界を取り巻く環境は大きく変わりつつある。それに伴い印刷会社に求められる要望も変化しつつある。欧米ではプリントマネジメントカンパニー(PMC)と呼ばれる業種の躍進が著しい。当初はコストカッターの性格が強かったが印刷物発注者のニーズをうまくつかみながらその地位を固めつつある。
一方、日本の印刷業界では「業態変革」をスローガンに新しい時代に適した企業に生まれ変わろうと努力しつつある。どちらも顧客ニーズをつかむことがその出発点となる。そこで「顧客視点」をキーワードに本セッションを展開した。


まずモデリスタ(株)代表取締役 土屋文人氏より日本においてプリントマネジメント業務に5年間取り組まれてきた経験から、印刷物発注者の代理人/代弁者という立場に立って問題提起していただいた。
印刷物の発注における発注者の要望は、次の3つの領域に分けられる。

  (1)品質
  (2)コスト
  (3)マーケティング/付加価値提案

(1)と(2)については、印刷会社が製造業として当然、提供すべき機能であるが、顧客ニーズとの間にギャップが生じている。
(1)品質
1.仕様設計
目的に応じた最適仕様の設計はプロの仕事であるにもかかわらず、アマチュアである発注担当者が設計している。発注者は最適仕様の提案、仕様のチェック/修正等のサポートを求めている。
2.入稿
ほとんどの場合、約束されたタイミングで完全な原稿が入稿されることはない。これは発注側の認識と原稿作りの環境にも問題があり、大いに改善されるべきだが、その点について受注側が踏み込んだ提案・サポートをしていない。
結果として、「色校正」で文字を直す等の後工程へのしわ寄せが起こり、品質の劣化やミス・事故の発生につながっている。
3.受注から納品までのプロセス
発注側と受注側の高密度な情報交換・手順の順守、タイムリーな修正アクション等、発注者が安心できるモノづくりのプロセスが求められている。印刷会社はともすると最終的な印刷物の出来映えに気を取られがちであるが、それと同等ないしそれ以上に重要な要素といえる。

(2)コスト提示
「一式いくら」という見積りが発注者の価格への不信感を招いている。「一式」見積りの比較しか選択手段のない発注者にとっては、コストダウンの唯一の方法が合計金額の単純比較と根拠のない見積りたたきとなっている。
その極端な例が、発注者に依頼されたコストカッターによるリバースオークション方式である。結果として短期的なコストダウンは実現できても中長期的には維持できないこともあり、無理な交渉をする結果、品質や納期においてさまざまなひずみが生じることがある。

発注側/受注側の双方が納得できる印刷物のコスト決定の合理的なプロセスについて、(株)トーク 代表取締役社長 山本徳太郎氏よりお話いただいた。
まず、見積りの提示は、一式ではなく工程別コストの積み上げで行うべきである。やみくもなコストダウンではなく根拠をもった価格交渉を望んでいる発注者は少なくない。
積算見積りを行うには、自社の原価を把握することが前提条件となる。残念ながら把握できている印刷会社は少ない。
見積り金額のベースとなるのは「標準原価」である。これは「標準工数」と「(直接/間接コストの積み上げによる)アワーコスト」と「想定稼働率」によって算出する。自社の標準原価が市場価格に対して、どの程度の競争力があるのかを把握しておきたい。ここで注意が必要なのは、営業マンは他社が相見積で勝負しにきた価格を「相場」と勘違いしがちなことである。標準値とスペシャルな単価を混同してしまうと根拠なき価格競争に巻き込まれてしまう。そこで「標準原価」とは別に自社の「限界単価」を把握しておくことも重要であろう。山本氏の設定では、稼働率75%を限界条件としてコストシミュレーションを行っており、これを明らかに下回るような単価はダンピングの可能性が高いという。また、チケット予約の「早割」のように条件に応じた柔軟な単価設定の提案をもっと行ってもいいのではないか。

(3)マーケティング/付加価値提案
(株)エフ・アイ・エス 取締役経営企画室長 岡本幸憲氏からは、デジタル印刷を基盤にWebToPrintやバリアブル印刷の仕組みを提案してきた経験から、「マーケティング/ソフト提案力」についてお話を伺った。
提案にあたっては、顧客をマーケットと見るのではなく、顧客の先の顧客をマーケットとし、顧客のROIを意識する必要がある。そして、顧客の市場とビジネスモデルを理解し、コンプライアンス・CI(コーポレートアイデンティティ)・セキュリティ・経済効果を大前提に会話する。顧客のビジネスを深く理解することが出発点となる。
ここで重要となるのが、提案がコンセプトや理想であってはならないということである。顧客を説得するには「証拠(エビデンス)」が欠かせない。これは、生産ライン、技術力を顧客に対して明確に説明できること。しかも透明性が大事で、いつでも現場を顧客に見せられなければならない。特に日本では、顧客に対してコンセプトの話をいくらしても相手は動かない。
「エビデンス」+「実績」+「品質(保障)」の3つが揃って、はじめて相手を説得できる。
これらを支えるのが次の3つの技術である。


単語を並べると簡単なようだが、ITによる仕組みづくりには実は莫大なコストがかかる。セキュアなネットワーク環境の構築、コンテンツDBの構築および維持、ISMS認証の取得および維持、そしてそれらを担当するスペシャリストが必要となる。
そして生産ラインの「自動化」が大きなキーワードとなる。日常的にキャッシュを産み出す部分を徹底的に効率化してはじめて、ソフト提案に足を踏み出すことができる。印刷だけでなく、加工、配送まで見据えた効率化が求められる。デジタル印刷では1部納品というのもあり得る世界で、オフセット印刷とは比較にならないレベルの小ロット/多品種の仕事を入稿から配送まで、いかに人手を掛けずにハンドリングするかがポイントとなる。したがって、出力機の自動制御のみならず工程管理・受注管理のシステムの開発にも力を入れてきた。
また価格というのは、サービス品質に対して値段がつく。顧客が合理的に考えて納得するかどうかである。品質を保証した生産体制、ITの仕組み、顧客のビジネスに提供できる付加価値をきちんと説明して、その対価を得ることが重要である。その意味でも「証拠(エビデンス)」というのは非常に重要となる。

PAGE2008コンファレンス E6セッションより

2008/03/12 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会