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マッシュアップとクロスメディア

PAGE2008コンファレンスデジタルメディアトラックC5「マッシュアップとクロスメディア」では、一般ユーザー向けサービスだけでなく、企業内サービスとしても注目されるマッシュアップ事例を取り上げ、将来的な可能性をクロスメディア視点で考察した。

冒頭にモデレータのイースト株式会社の藤原隆弘氏より、マッシュアップとクロスメディアの定義についてお話ししていただき、その後スピーカーの凸版印刷株式会社・山岸祥晃氏、リアルコム株式会社・吉田健一氏、メタデータ株式会社・野村直之氏から、各氏の取り組みやお考えを伺った上でディスカッションを行った。

■マッシュアップ、クロスメディアの定義

イースト株式会社 コミュニケーション事業部 シニアマネージャー 藤原 隆弘 氏

マッシュアップとは、Webサービスを素材化し、それらを複合させることによりあたかも1つのサービスのように活用できるようにする仕組みである。クロスメディアとは、紙、パソコン、携帯など、様々なメディアにコンテンツを出していくだけでなく、それらを利用者がメディアを横断して使うことによって利便性が増すような仕組みである。今回のセッションでは、そういった視点でマッシュアップとクロスメディアについての考察を進めていきたい。

■電子チラシサービスShufoo!におけるクロスメディア展開

凸版印刷株式会社 ITネットワークソリューション部 部長 山岸 祥晃 氏

まず、電子チラシのポータルサイト「Shufoo!」をなぜ作ったのかというと、新聞が読まれなくなって紙のチラシを刷っても家庭にリーチしなくなってきたからである。2001年頃から取り組んできて、現在では流通大手や家電販売店、アパレル店など、約300法人、1万店舗くらいの企業に協力してもらっている。それぞれの企業のホームページに当社のサーバーに置いてある電子チラシのデータをASP形式で提供すると同時に、Shufoo!サイト上にも集約して、地図上にマッピングして表示させている。これ以外にも、いくつかの新聞社とも提携して、それぞれの新聞社のサイトにASP形式でチラシを表示している。最近ではアクトビラ対応テレビでも閲覧できるようにデータを提供し始めるなど、サービスを外部に拡げつつある。

電子チラシの特徴として、チラシのどの部分が見られていたのかを測定するマーケティング的な機能を用意している。紙のチラシでは、どの部分が見られていたのか直接調べる方法がなかったが、電子チラシでは、どの部分がクリックされて拡大表示されたのか、逐一ログを取っており、閲覧の集中度、時間別アクセス推移などが分かるようになっている。ここから得られたデータを検証することにより、次のチラシを作る際の参考にできるようになった。

情報のフレッシュさに限界のある紙のチラシの限界を補うための取り組みとして、各店舗で最新情報を追加で投稿できる仕組みを用意している。また、付加価値という面では、レシピのデータベースを用意しており、チラシで見た材料を元にレシピ検索ができるサービスも用意している。さらにそのレシピで必要な材料一覧を表示させ、家にないものをチェックすると買い物リストが作成でき、それを自分の携帯にメールで送信する機能を用意しており、メモを取らずにそのまま買い物に行けるといったサービスを提供している。

新サービスとして、電車の中刷り広告が見られる「電車 DE Shufoo!」というサイトを運営し始めた。これもデータを全部集めながら色々な組み合わせをして、世の中のタッチポイントを増やす取り組みのひとつである。

Shufoo!という媒体を元に、Web、テレビ、新聞・出版の3方向に手を伸ばしながら媒体価値を高めたいと思っている。家の中にはテレビ、パソコン、ゲームなどがあり、外に出るとフリーペーパー、携帯電話、ポスター、デジタルサイネージなど、あらゆる媒体がある。これらをすべて縦横に貫くようなサービスはなかなかまだ存在しない。そういう点をうまくつないでいく仕組みとしてマッシュアップという手法も活躍できるところがあるのではないかと思っている。

■エンタープライズ2.0と印刷業界へのインパクト

リアルコム株式会社 取締役 CMO 吉田 健一 氏

「エンタープライズ2.0」というキーワードは、インターネットで起きた技術革新を企業の中に取り込んでいこうという取り組みを表す。当社では中堅から大手まで、社内の情報の流通を手がけているが、企業内システムは非常に遅れている。メールにしても3M以上の添付ファイルは送れないとか、社内に蓄積されたファイルがGoogleように検索することができないとか、ブログやwikiのような使いやすい情報を共有する仕組みがないといった状況がある。これを解決しようという取り組みがエンタープライズ2.0のスタートであった。

GoogleはGmailやGoogleドキュメントなど、色々と革新的なサービスをやっているが、これらを企業に有料で提供するGoogle Appsというサービスがある。当社でも使っているが、これが圧倒的に安い。1ユーザーで年間6千円くらいで済む。実は企業でメールを運用するには相当なコストがかかっており、ある大企業では1ユーザーあたり月に8千円くらいかかっているという。これをGoogleが提供しているようなサービスに切り替えると、コストが95%くらいカットできることになる。こうしたことが現実に起きつつある。企業の中の情報の流通自体が変わりつつある。マッシュアップに代表されるWeb2.0的な色々な技術がどんどん企業に入ってきている。

IT技術は、インターネットも含めて、昔は軍需・産業向けに開発され、それが一般に転用され広がってきたものであった。ところがブログや検索、マッシュアップなどのように、最近は新しい技術は先に消費者向けの世界で起きてくるようになった。また、企業内のシステムにしても、もともとはITベンダーや情報システム部門が作ったものを、ユーザーに使わせていたのが、最近はこの流れが変わってきており、ユーザーの側からリクエストが上がってきて、それをシステム部門やITベンダーの方で作るという動きがある。

社内の情報やコンテンツの流通にも抜本的な変化が起こりつつある。ある大手金融会社では、以前は本社で一括で作ったパンフレットを現場に送って使わせるというような流れであったが、最近は現場が勝手に情報を作り直して出力するなど、より現場が自由に動けるような形になってきている。これまで情報の出し手視点だったものが、情報の受け手視点に変わりつつある。

こうした動きにつられて、どこで印刷するかが少しずつ変わってきている。例えば保険会社では、本部、営業、代理店、顧客という4層構造になっているが、これまでは本部で作ったパンフレットのファイルを営業の各現場で店舗名などを直して印刷して代理店に持ち込んでいたのだが、これを本部から直接代理店に届け、その際必要な情報は自動的にファイルに入るような仕組みにして、代理店の方で印刷して顧客に配布するというような流れになってきた。営業の人はその手間がなくなった分、本来やるべきであった営業支援やコンサルティング活動に専念できるようにした。

印刷業界にとっては顧客のターゲットが変わってくるのではないか。今までは本社の一括受注で全部印刷して各支店にばら撒いていたものが、これからはより各店舗毎にやるようになるのではないか。また、コンテンツの流通形態も本社で一括でやるわけではないので、より店舗ごとにPDFで入稿するとかそういったような流れになるのではないか。こうした企業内でのコンテンツの流通をうまく捉えれば、新しいビジネスモデル、ビジネスチャンスが考えられると思われる。

■マッシュアップとメディアの近未来

メタデータ株式会社 代表取締役社長 理学博士 野村 直之 氏

マッシュアップポータルiGoogleの登場は2007年の1月である。実に最近のことであり、この1年の変化の早さには改めて目を見張るものがあると感じさせられる。

iGoogleのように、ガジェットを組み合わせてカスタマイズした情報ポータルを簡単に作れるようになった。こうしたハイエンドの技術がコンシューマー向けのものから先に取り入れられるようになってくると、家では便利な技術を使っているのに会社のシステムは何でこんなに使いにくいのかということになる。このギャップがいつまでも放置できるわけもなく、企業においても同様の技術を取り入れようという流れがある。

クロスメディア的な視点で使えるマッシュアップ素材の例として、富士ゼロックスが2002年に発表したネットプリントサービスをAPIとして提供したことがあった。このサービスはユーザーがパソコン端末からプリント予約をすればコンビの店頭にあるカラープリンター端末からA3までのカラー印刷ができるというものである。こうしたサービスを組み合わせれば、インターネットとリアルの世界をつなぐサービスを構築することが可能になる。

当社ではマッシュアップ素材を検索、比較するサービスを提供しており、こうしたサービスを使えば、膨大なAPIの中から自分が必要としているAPIを素早く検索し、比較、相性チェックが可能になる。

マッシュアップのコンテストをやると数百の作品の応募があるが、過半数は単に素材を寄せ集めたようなもので終わってしまっているが現状である。では、優れたマッシュアップ作品は何が違うかというと、軸足メタデータ(異種のAPI、コンテンツの間を結びつけて、意味のある連携を可能にするメタデータ)をうまく使っている。緯度、経度を軸足メタデータとして活用し、写真を時系列に沿って地図API上にマッピングするなど、気の利いたものになる。

これからはどのブログ、SNSに書くということが大事なのではなく、どこに書かれたものでもフィードを利用してうまく半自動的に情報を集めてきて、それを編集して提供するというスタイルのWebメディアの活用が標準的になってくると思われる。一例として、昨年@ぴあがC2talk.netのWeb APIを利用したクリスマスカレンダーを紹介する。各方面から集められたイベント情報カレンダーを@ぴあのデザインで表示できるものである。Google Maps上の緯度経度情報などもフィードで表示されるようになっている。こうしたビジネスがこれからどんどん立ち上がってくるであろう。


この後のディスカッションでは、紙や携帯、パソコンなどの複数のメディアを活用するクロスメディア的なマッシュアップの可能性について語られた。

現実世界との連携という観点で、凸版印刷・山岸氏からは、大手学習塾用に構築したチラシのオンデマンド印刷システムで、作ったチラシをWebにも自動的にパブリッシュできるようにしたところ、日本郵政から自動的に郵便物として発送できるようにはならないかという相談がきたことがあるというお話が紹介された。

また、マッシュアップが商用向けサービスでも広く活用されるようになるには、マッシュアップ素材の安定性がどこまで担保されるかが鍵となってくるのではないかという問題提起に対しては、「複数のサービスをマッシュアップする際に、メインとサブのサービスを用意しておき、メインのサービスが落ちてもすぐにサブが立ち上がって全体の稼働率低下を抑えるようにしている」(野村氏)、「サービスの安定性を審査する機構などがあればもっと普及するようになる気がする」(山岸氏)、「マッシュアップではベストエフォートであり、100%稼動を保証するものではない。きっちりしなければいけない分野は切り分ける必要がある。」(吉田氏)といった意見が出された。

最後は藤原氏より、これからもマッシュアップが発展していくことを確信したことと、クロスメディア化への取り組みがさらに促進されることへの期待の言葉で締められた。

(2008年3月)

2008/03/25 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会