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エンゲージメントの意味を考える

株式会社アサツー ディ・ケイ
クロスコミュニケーションユニット プラニングディレクター
亀井典明(かめい・のりあき)

エンゲージメントの混とん

エンゲージメントは、意外に古い概念である。私が知る限りでは、1966年には既に「ある雑誌が廃刊になるとしたら、人がどれほど落胆するか」(Marc)と定義されている。だが実感としては、2005年、AAAA(全米広告業協会)のメディアカンファレンスでDavid Virkline(CEO:Carat North America)が、「3年以内にエンゲージメントがテレビのGRPに取って代わる」と予言して以来、世界が注目するようになったという印象である。その後はすさまじい進展ぶりである。翌2006年9月に行われたARF(全米広告調査財団)主催のエンゲージメントカンファレスでは、既にリサーチ会社十数社が計量法を完成させたこと、P&Gなど主要7社が合同会議を結成したこと、大手広告会社Publicisなどが専門ポジションを設置したこと、そして米国NBCとトヨタが、エンゲージメントを指標とした成果報酬システムをスタートさせたことなどが報告された。このあたりから、日本の広告会社もエンゲージメントを用いたプラニングツールの開発に乗り出している。

しかしこの勢いは、翌2007年一気に減速する。エンゲージメントの体系化でイニシアチブを執っているのは、米国ARFである。MI4という組織を編成し「新しい広告効果測定指標の開発」を目標に研究を進めてきた。ところが昨年9月、リサーチの責任者Joe Plummerが突如退陣したのである。行き詰まりが理由だと言われている。このことでARFの「広告の新しい通貨を確立する」という試みは失敗に終わったと見る向きもある。エンゲージメントがブランド、消費者、メディアの関係に関わるものであるならば、事情は千差万別である。すべてを満足する何かを通貨にしようというのは至難の技である。今はさまざまな人やグループが、それぞれの考えでエンゲージメントを定義し、計測方法を考案し、正当性を主張し合っている。エンゲージメントを巡る世界の動きは、ブランドやマーケターの期待の高さとは裏腹に、混とんとしているのである。

エンゲージメントの意味

エンゲージメントの意味を、もう一度考えてみよう。それはこの言葉を使いこなすのが、実のところ簡単ではないことを確認するプロセスである。 さまざまな定義の中で、前出のMI4のステイトメントが世界中で最も引用されているであろう。それは次のようなものである。『エンゲージメントとは、ブランドを取り巻く文脈(コンテクスト)の活用により、ブランドメッセージを強調し、潜在的消費者の関心を向けさせること』(日広研訳)。これでは日本人にはニュアンスが伝わりにくい。広告の視点でかみ砕くと、『マーケティング、広告、メディアの文脈を借りて、ブランドはその真価を高めることができる。それによってブランドが生活者の関心を引き付けることができたとすれば、それがエンゲージメントである』となるであろうか。MI4の少々観念的な表現が各地で解釈の自由度を広げ、多彩な計量法の開発につながっているのかもしれない。

その解釈はおおむね次の2つに分かれる。すなわちエンゲージメントを、ブランド(メディア)と消費者の「深い関係を表す記号」と捉えるもの。もう一つは「深い関係を生み出す作用」とするものである。日本ではエンゲージメントをしばしば「絆(きずな)」と訳すが、厳密に言えばこれは前者を説明しているに過ぎない。後者であれば、「絆を強くする行為」である。日本人にとって、エンゲージメントは「婚約」とか「約束」を意味する重い言葉である。だから「絆」がピンと来るのであろう。一方エンゲージメントという名詞は、Engage=「注意・関心を引く」という他動詞の派生語である。英語圏ではこちらが主なのか、米国での研究の多くは「行為・作用」の立場を取っているように思える。例えばノースウエスタン大学Bobby J. Calderは、エンゲージメントを「消費者に(行動の)動機付けとなる経験を与えること」としている。バース大学のRobert Heathにとっては「購買に結び付く『無意識の感情』を発生させること」である。上述のMI4は「消費者の関心を向けさせること」であった。


図1

ところで、これまでマーケティング界が注目してきたものとエンゲージメントはどう違うのか。例えばLoyalty(ブランドへの忠誠)、Involvement(関与)、Connection(つながり)、Relevance(関連、関与)、Bonding(執着度)などがそれである。そのいずれもが、「ブランドと消費者の関係・状態」を表す点に注目していただきたい。もしエンゲージメントが絆的な「深い関係を表す記号」であるならば、それらとの違いを説明するのは困難である。一方ARF的な「深い関係を生み出す作用」であれば、答えは明白である。なぜなら、エンゲージメントは「原因を作ること」、Loyaltyなどの類似概念は「その結果築かれるもの」と置くことができるからである。


最後に、Jean-Louis Laborie(Integrated Marketing & Communications)のステイトメントをご紹介したい。 『エンゲージメントは、広告コミュニケーションによって引き起こされた、消費者のポジティブな「態度変容」。そしてそれは次のコミュニケーション(フィードバック、口コミ)、あるいは購入という「行動」につながるもの』。


>>第2回に続きます(全3回)

(『プリンターズサークル』2008年7月号より)

2008/08/14 00:00:00


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