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チーズはどこへ消えた

デジタル印刷ビジネスで確立する新たな市場[最終回]

富士ゼロックス株式会社
プロダクションサービス事業本部
エグゼクティブカストマーソリューション部長
杉田晴紀氏

ようやく最終稿です。第1回から自分で読み直しても、ちょっと言い直したいと感じるほど、日々市場・お客様のニーズは変化していると感じます。素人原稿でありお許しください。

さて、前回「果たしてコミュニティ連携型のパーソナルプリンティング市場はニッチか、あだ花か?」と書きましたが、皆様はどう思われたでしょうか? 私は決してそうは思っていません。具体例は差し控えますが、ライブコンサートの写真がその日の夜中からサイトにアップされ、ファンが自由に選びオーダーするだけで、オンリーワンアルバムが届くPODサービスがあります。熱狂的なファン層(すべて欲しい!)を持つあるバンドのコンサートでの企画では、1冊数千円レベルで約1万冊のオーダーがあったと聞いています。前回のコミュニティ連携モデルと同様に、このケースも、リアルの場(コンサート会場)、バーチャルの場(ネットでのファンコミュニティ)にさらに手触り感のあるパーソナル所有物が位置付けられているわけです。

このようにさまざまなネットコミュニティ型ビジネスとの連携は、PODにとって魅力的な市場ポテンシャルを持つと思います。今は、インターネット連携ですが、完全地上波デジタルや、ワンセグ携帯と連携になったら、このサービスはどう拡張・変容してゆくでしょうか? もしかしたら、テレビコマーシャルに変わる新たな広告媒体化しているかもしれません。

「ワンtoワン」から「パーソナルコミュニケーション」へ

「ワンtoワン」という言葉より「パーソナルコミュニケーション」という言葉のほうが、デジタルプリンティングの方向性をより的確に表わしていると思います。「ワンtoワン」という言葉は、「マス」に対するアンチテーゼとして登場しましたが、実際の仕組みとしては、企業内に「ストックされた」顧客情報データベース(DB)を分析・カテゴリー化し、カテゴリー別に違った内容の情報提供を行うというDBマーケティング手法が基本です。

これ自体、今後伸びる手法ですが、問題は、果たしてどれぐらい企業内の顧客情報ストックが、「顧客の今」をつかんでいるのか?という本質的な問題です。確かに、保険加入者DBには、加入者情報(本人や家族の情報と加入サービス情報履歴)がストックされていますが、あくまで保険に関する一部の個人情報だけです。前回、ペットコミュニティ事例を紹介いたしましたので、そのテーマで言えば、保険会社が、犬の障害保険を重点展開したいと考えた場合、果たして自社内のDBを使えるでしょうか? 答えは否で、例えば、前回ご紹介したWoofWoof会員に対するネット広告や、犬種別に制作された会員向けのセグメントDMが極めて有効です。また、犬の愛好家が何を考えているかをWoofWoofと協業してつかみ、自社の商品企画・開発にタイムリーに生かすことも可能となります。

もう一つ。5月に東京ビッグサイトで開催された第3回ダイレクトマーケティングEXPOに行かれた方も多いと思いますが、私が重点的に見て回ったのは実はWeb2.0ブースです。多くがベンチャー企業群の展示でした。携帯メールやアクセスサイトなどの解析を自動的に行い、携帯保有者が今、何を「志向・嗜好(しこう)・思考しているか」を仮説化し、それにミートするであろう商品・サービス・イベント・店舗などの情報コンテンツ(企業などが情報を提供・登録)からピックアップし提供するパーソナル秘書モデル(情報提供企業は、情報が提供された時点で広告Feeを支払うアフィリエイト広告方式)がありました。

果たしてこのモデルがどこまで浸透するかはさておき、企業にとって、容易に陳腐化し、更新に多大なコストが掛かる顧客DBを使い、セキュリティリスクを抱えながらDMを出すより、個々が「今関心のある」情報や、「今行動している」場所などを捉え、リアルタイムにパーソナル情報を提供してゆくモデルは「まずは検討してみたい」モデルであることは間違いありません。

それじゃ「ますます紙が要らなくなるじゃないか!」ということになるのでしょうか。確かにマス媒体(カタログやチラシ)はますます付加価値が低下してゆくことは否めません。ただ逆に、携帯自体にいろいろな商品・サービス情報が広告として入ってくることにより、逆により詳しい資料請求などの利用者側ニーズや、アクセス者にタイムリーにDMを出したいといったクライアント側要求が顕在化しているとのこと(会場でのベンチャー社長たちとへのヒアリング)。

論点をまとめると、企業内の顧客DBをカテゴリー化して情報提供を行う「ワンtoワン」から、インターネット・モバイル環境の中で、日々変化するフロー情報と直結した「パーソナルコミュニケーション」マーケティング手法が今後脚光を浴び、進化してくるであろうということです。そして、それらフロー情報を有効に活用できる企業は、自社の顧客DBに新たな仮説を与え、より生きた状態に保てるという構図です。いまや、自社・あるいは他社が新商品を出した場合、各種ブログコミュニティ内の会話をマイニングし、「昨日の20代の女性の評価」と「今日の20代女性の評価」の違いや、「どの層が新商品に一番ポジティブな会話をしているか」「それはどういう論点か」などをつかむことができます。もうすぐ非常に鮮度の高い情報をベースに、Webで返信したり、すぐにDMを打ったりする時代になると思います。

閑話休題:drupa2008所感

drupa2008に行ってまいりました(XEROXブースの支援として)。今回は「インクジェットdrupa」と形容されるように、インクジェット方式による高生産性・高画質市場へのチャレンジテーマが脚光を浴びました。4年後のdrupaは、実際にオフセット市場の部分代替を競う商品モデルへ進化してゆくのは想像に難くありません。富士フイルムでは、次世代デジタルインクジェットデジタルプリンティング技術を搭載した「高速・高画質・大サイズ(菊半)」JetPressを参考出品し、大変な反響と注目を集めました。

また、XEROXが突出していた領域が2つあります。一つは、ワールドワイドで稼働している50のPOD実アプリケーション事例展示で、「ダイレクトマーケティング」「コラテラル」「Web to print」「本とマニュアル」「トランスプロモ」のカテゴリー別に短冊型フォーマットにして、各ブースで展開していました。2つ目は、パッケージングによる付加価値化です。具体的には、デンマークの製薬会社の多言語対応パッケージ印刷事例(iGENを活用/投資は14カ月で回収)や、個人の記念日サービスとして、Webオーダーでパーソナル化されたガムと、写真がパッケージ(250GSMの厚紙)加工され届くサービスなどです。

本稿でも最初に力説いたしましたが、デジタルビジネスは、決して「刷り」で儲ける(量で伸ばすか、効率化でコストを減らす)発想ではなく、企業のマーケティングと連動させたり、個人・コミュニティに入り込んだりすることにより、付加価値を獲得するモデルです。

今回のXEROXのdrupa展示は、ある意味「今起っている変革」を「見える化」「集大成」して世に問うたとも言えます。これらdrupaでの事例は、日本語化して今後、epicenterセミナーや、展示でご紹介してまいります。また、4年後のdrupaは、ぜひ日本発、世界を席巻?するようなモデル・事例を問いたいところです。

「チーズはどこへ消えた」

最初から、最終稿に書こうと思っていた話を書きます。10年以上も前になりますが、企業・組織の変革をテーマとした「チーズはどこへ消えた」という本がベストセラーになりました。経営者の方は、もしかしたら幹部社員に配ったり、研修の教材として採用されたかもしれません。

物語は、チーズが豊富にある場所で長年幸せにくらしていた人間とネズミが、ある日突然チーズがなくなったことに気づき、途方に暮れ、さてどうするかといった局面にさらされるといった設定です。ここで2つのタイプの発想・行動パターンが登場します。一つは、「なぜチーズが消えたか?を毎日議論するが、答えが出ず、現実を嘆くだけでその場所にとどまり続ける」ネガティブ派。もう一方は、「このままでは何も変わらない。答えはないが、まず外に出てみて何がどうなっているのかを見て、チーズを見つけよう!」というポジティブ派です。結果的に外に打って出たネズミは、新たな豊富なチーズの源泉を発見し、「われわれは変わった」と認識し、元の場に居残っている仲間に思いをはせるといった話です。

皆様は、私が、「印刷業界はまさにこの本のストーリーが現実化しているのです。速く外に出ましょう!」と言いたいんだろうと勘ぐられたと思いますが、実は逆です。原作は、あえて極端な2つのタイプを設定し、シンプル化することによって、企業変革に置ける組織・行動の重要性を効果的に訴求した良書です。しかし私は、現実にデジタル化やネットワーク化社会が引き起こしている変化は、「まず行動してみて」では、世に言う「センミツ」(1000回に3回しか成功しない)に陥るリスク大だと思います(これは本の書評ではなく、私の感想です)。

実際は、チーズが消えたからといって、外の世界でチーズを探し回っても、「全く同じチーズ」などあり得ません。外にあるのは、チーズではなく、原材料の「牛乳の川」かもしれませんし、「ヨーグルトの池」かもしれません。また、結局牛乳自体が枯渇しているということが分かり、自分たちの食文化を変えるという決断かもしれません。チーズの成功体験にしがみついて、チーズを探しに打って出たネズミは、これらの川や池が最初から目に入っていなかったり、「奇妙なもの」と排除するかもしれません。

本当の革新は、「チーズがなぜ消えた」と嘆き悲しみ、議論ばっかりしているネズミと、「まず行動」と打って出るネズミの、相互補完から生まれるのではないでしょうか。外に打って出たネズミは、外で見た奇妙な「白い川」や「酸っぱい池」の話や、その現物を元の仲間のところに持ち帰るべきなのです。「ちょっと待て、これは何だ?」「調べてみよう」と重い腰を上げるネズミや、「それはどうやってできていたんだ?」と再調査を主張する長老や「食べられるのか」「やめておけ」といった悪食論など侃々諤々(かんかんがくがく)かもしれません。実は、これこそが、適者生存のマーケティングそのものなのです。

デジタルプリンティング化への波自体は間違いありませんが、「オフセット印刷がどこに消えた」→「考えても分からないならまず行動」→「取りあえずデジタル機を買って試す・社内を変える」というパターンはまさに、「センミツ」の旅に出ることそのものだと思っていますし、だからこそのわれわれepicenter(コラボレーションと情報発信基地)だと自負しております。

おわりに

私は、富士ゼロックス品川epicenterを拠点に、お客様やパートナー様と明日のデジタルプリンティングビジネスに日々奔走(ほんそう)している人間です。ぜひ、皆様お立ち寄りください。「チーズに変わる新たなソウルフード(主食)」を一緒に探すことができたらと願っております。

(「プリンターズサークル」2008年8月号より抜粋)


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デジタル印刷ビジネスで確立する新たな市場

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2008/09/17 00:00:00


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