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近代活字母型製作の歩み(2)− 印刷100年の変革

ベントン彫刻機は、アメリカでは父型彫刻用に開発されたものである。後に母型彫刻に 応用されたが1940年頃まではそれほど活用されなかった。このベントン彫刻機は1912年 (明治45年)に大蔵省印刷局が日本に導入したのが最初で、その後1922年に東京築地活 版製造所と三省堂が導入し、ついで凸版印刷も導入を図った。

当時は自家鋳造のための母型製作が主体で、第2次大戦前はベントン母型が一般に供給 されることはなかった。

戦後の1948年に、津上製作所がベントン彫刻機を模倣した国産の母型彫刻機を、三省堂 や大日本印刷などと協力して共同開発を行なった。その後大日本印刷や毎日新聞社、中堅 印刷会社、そして母型・活字製造販売会社などが積極的に導入し彫刻母型が普及した。

この母型製作の機械化が、活字書体設計と活字品質の向上に大きく貢献した。しかも書 体設計は、従来の名人芸的な種字彫刻から開放され、パターン用の原字(文字版下)は50mm あるいは2インチ角の紙の上に、文字を正向きに設計できるという利点が生まれた。この 方法により文字設計は、能率的かつ精密に行なうことが可能になった。

原字制作の工程を簡単に説明すると、まず鉛筆でデッサンした後、烏口と定規や雲形定 規を用いて筆と墨で塗り込み仕上げる。原字制作は一人のタイプデザイナーが、全文字を 仕上げまで行なうのが理想的であるが、長期間かかる。それに対しこの方法は、文字を紙の上に書くわけだから、鉛筆デッサンは主幹デザイナーが行い、烏口で直線や曲線を書くのは助手が、また墨入れは別のスタッフが行なうという分業作業が可能になる。この紙上での設計手法は、大量の漢字を短期間で制作するには効率的で、原字設計制作の生産性が向上した。

デジタルフォントを制作する場合もこの方法が採用されているが、原字をスキャナで読 み取りアウトライン化する。しかし現代ではタイプグラファなどのツールを使って、直接 ディスプレイ上でアウトラインフォントをデザインする手法も用いられている。

パターンは原字を基に、写真製版法によってジンク版で作られた、文字部分が凹型の文 字板である。このパターンを彫刻機にセットし、その凹部をフォロアという針でなぞるこ とにより、パンタグラフ式に所定のポイントサイズでマテ材に彫刻される。

ところがこの機械彫刻法も、サイズごとに一字一字彫刻するわけであるから量産化でき ない。しかも書体デザインの観点から見ると難点があった。つまりパターンの凹部をフォ ロアでなぞるというメカニズムのため、書体設計上の微妙な細部(特に明朝体)の表現が できないことがある。

フォロアは太さをもつ針であるため、凹部の先端まで入らない。例えば明朝体の横線は 始筆部にアクセントをつけてあるが、それが表現できなくなるため直線的にする。またハ ライの先端部は丸みを帯びるという欠点も生まれた。それに比して種字彫刻の場合は、外 側から彫刻刀で彫るのでシャープになる。この差が書体デザインの味に影響を与えるわけ である。

また一つのパターンから拡大縮小することから、彫刻母型の活字書体はシャープさに欠 け、味がないといわれた。現代の、一つのマスターフォントから拡大縮小するのに似ている。

一般に本文用の6〜9ポイントまでは一つのパターンを兼用したが、10ポイント以上に なると書体設計上、文字のウエイトや大きさのバランスなどを調整する必要があり、同一 のパターンは使えない。

そのため見出し用の大サイズには、サイズごとに原字を設計しパターンを製作する。こ れは、手動写植でレンズによる文字の拡大縮小や、またアウトラインフォントをリニアス ケーラブルに拡大縮小すると、書体デザインのバランスが崩れることと同じ現象である。 そのためにファミリー・フォントが必要になるわけだ(つづく)。

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2001/03/24 00:00:00


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