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オンデマンドの時代へ

 従来の印刷量というのは不足することがないように若干余裕をみた見込み量である。必要数の予測が2000〜3000部であったなら,顧客は余裕のある4000部で発注していたかもしれない。しかし,今日ではcopyもfaxも,CDもインターネットもデータベースも,多様なものがごく身近に普及し,たとえ印刷物が一時足りなくなっても,他の情報手段で補うことは容易となった。

 だから,印刷物の無在庫時期の発生を恐れることなく,最低単位で印刷発注できるようになると,仕事量が十分に確保できない印刷企業が増えていく。さらに悪いことに情報の電子化は正味必要量のリアルタイムな管理を容易にしている。印刷物によっては量が半分になる分野もこれからは珍しくないだろう。

 この時代に応えるようにオンデマンド印刷という分野が花開くという話もあるが,ビジネスモデルは前述の経済の時代とはまったく異なるのである。オンデマンド印刷機で技術的に小ロット印刷が可能になったことと,オフィスに潜在的に小ロット需要があるだろうことを短絡的に結び付けてもビジネスの展望は拓けない。塵も積もれば山となるどころか,従来の印刷受注が減るシナリオに行き着くのである。

 正味の必要量を生産するオンデマンド印刷は,顧客に発注量を減らしなさいといっているようなものであり,この分野に新規参入したい人がそれほど多くいるとは考えにくい。だから「印刷」よりも広い視野でビジネス化を開発する立場に立てず,印刷を出発点にする考えでは小ロット化の矛盾に陥ってしまう。

 余裕をもって3000〜4000部と多めに印刷物を発注することで,顧客はどれほどのロスをしていたのかを知ることがオンデマンドビジネスの突破口になるだろう。ここでは使わずに捨てるのが実際は半分くらいあるというロスよりも,目に見えない管理コストを考えなければならない。

 この典型例はオンデマンド印刷によるマニュアルなどの在庫レス化である。これをするには印刷部分よりも,データベース的な文書システム構築とかネットワーク利用という土台の整備や,紙のレガシー文書の電子化の手伝いなどが平行して行われなければならない。つまり印刷システムではなく文書の管理コストを抑えるシステムとして取り組まなければならない。

 またオンデマンドを活かす例としてよくいわれることに,One to One マーケティングがあるが,これも顧客情報のデータベース管理のシステムと関連付けられるもので,印刷物の費用をもって作れるものではない。こういったシステム的な要素の準備がオンデマンド印刷のビジネス立ち上げの壁である。

 しかもオンデマンド印刷は無敵ではない。AdobeAcrobatのPDFのように文書を電子配布して,分散印刷するものの方が世の中では定着しているのである。もちろんPDFを使ったオンデマンド印刷というビジネスモデルもあるだろうが,オンデマンド印刷の事業は電子配布やeBookなどの影響を受けるだろう。

 つまり前述のこととあわせて,印刷技術がどうなったから印刷ビジネスがどうなるという因果関係は今後は成り立たないように思う。このような関係があった時代はとっくの昔に通り過ぎてしまった。21世紀の印刷産業は,過去のメディア幻想も量的経済主義もビジョンに入れるわけにはいかないし,もうそれらから情熱が湧くこともないだろう。しかし,20世紀が21世紀につけをまわした問題である,資源,環境,人間性,倫理観など,これから挑戦すべき大きなテーマに対して,印刷およびメディアの機能を活かして取り組む情熱を傾けるということが,自社のビジネスを社会と調和させるのではないだろうか。

2000/08/15 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会