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PDFで変わる印刷ビジネス

 現在,PDFはプリプレスのワークフローを始め,企業内のドキュメント管理から,上場企業の情報公開のフォーマット,電子ブックの配信,プリプレスにおけるワークフローの効率化にいたるまで,さまざまな分野の市場に活用されている。

 アドビシステムズ社長のチャールズ・ゲシキ氏は,6月のPX EXPOの基調講演で,PDFをベースにした「PCファイル,データベース,電子メール,FAXを含んだ包括的な情報配信プラットフォーム」を「ePaper」ソリューションと称した。「ePaper」ソリューションにより,コミュニケーションとコラボレーションの質と速度を向上させ,真のペーパーレスをもたらすとして,アドビシステムズ社のビジネス戦略の大きな柱であることを強調している。

 2000年6月の段階で,PDFを読むためのAcrobat Readerは,世界中で1億5000万コピーが配布されている。この数字は,Internet ExplorerとNetscape Navigatorを合わせた数よりも多く,広く普及していることを示している。

PDF

 PDF(Portable Document Format)は,作成した文書を,その環境から離しても着実に再現できることを狙って,アドビ社が開発したデータフォーマットである。それより以前に開発した,アドビ社のPostScriptを発展させた技術である。

 PostScriptはプログラミング言語で,DTPのグラフィックデータ交換に使われ,IllustratorやPhotoshopなどのソフトによって作成できる。PostScriptデータの,出力する際にフォントがない,転送に時間がかかるなどの弱点を解決するものとして,PDFは開発された。Illustrator9.0からは,ネイティブ・ファイルがPDFベースになった。

 フォントについては,初期PDFでは出力時に作成した際のフォントがない場合は,類似フォントを生成したり,代替していた。しかし,忠実なフォント再現が求められるようになったので,文書に使われるフォントを文書に埋め込む(エンベッド)方法がとられるようになった。

 PDFファイルに変換すると,画像も含めてファイルが圧縮される。そのため,インターネットなどの配信や膨大な文書の保管に適している。また,ハイパーリンク機能や,動画・音声再生機能などのマルチメディア機能,セキュリティ機能なども備えている。

Acrobat

 PDFを作るためのアプリケーションがAcrobatである。PDFを閲覧するためには,無料で配布されているAcrobat Readerを利用する。

 Acrobatでは,ExcelやWordといったMicrosoft Office製品のように,オフィスで使われているアプリケーションや,Photoshop,PageMakerなどのグラフィックス関連アプリケーションなど,さまざまなソフトからPDFを作成する。また,URLを指定することにより,WebページをPDFにキャプチャリングすることも可能である。

 PDFに変換するとデータが非常に軽くなる上,AcrobatではPDFにコメントやマーカーといった注釈をつけることが可能になる。そのため,PDFはオンライン校正での利用に注目が集まった。アメリカのAP通信が提供するAdSENDという広告配信サービスでは,電子送稿を実現した。広告代理店から広告のPDFデータを,新聞社に衛星通信で配信し,新聞社ではそれをEPSに戻してレイアウトするというサービスで,全米で広く利用されている。

ePaperソリューション

 プリプレスのワークフローでは,PDFが利用されて紙で出力されている。一方,もうひとつの配布形態は,電子ドキュメントとしてPDF自体が配信されるケースで,これも増えている。

 アドビ社は,電子ドキュメント分野においてPDFを広めていくため,5月に,ビジネス向けソリューションAdobe Acrobat Business Toolsと,電子書籍向けソリューションAdove PDF Merchantを発表した。

 Adobe Acrobat Business Toolsは,企業内でPDFによる情報共有を,セキュリティを確保しつつ,インタラクティブに行うクライアントソフトである。従来,紙で提出した書類にコメントをつけたり,承認印を押していた作業などを,PDFを使ってオンラインで上で実現する。

 一方,Adobe PDF Merchantは,電子書籍を発行するためのソフトウエアである。PDFを暗号化して,復元化するためのライセンス鍵を発行する機能をもつ。通常,デジタルデータはオリジナルデータをそのまま複製できてしまう。しかし,PDF Merchantでは,PDFの電子書籍を配布することにより,購入した読者は登録した端末でしか閲覧することができないという環境を実現した。ただし,電子書籍の暗号解除と購読のためには,Acrobat Readerに機能を追加するためのプラグインWeb Buyが必要となる。このプラグインの日本語対応版は,アドビ社のWebサイトで,秋ごろ,無償ダウンロードを開始する予定だという。

 電子書籍として配信されたPDFでは,スティーブン・キングのeBook「Riding the Bullet」がアメリカで爆発的に売れたのは記憶に新しい。「Riding the Bullet」は約33ページ,2.5ドルの短編小説で,発売から48時間のうちに,オンラインで50万部を売り上げた。Amazon.comから手に入れることができるこの本は,Adobe PDF Merchantサーバソフトウェアを使って配信されている。

 オンデマンドで利用する電子カタログのソリューションのひとつとしても,PDFは利用されている。ネットマークスがローカライズした米Object Publishing SoftwareのObject Publisherは,ルール付けにより,紙やWebのカタログを自動生成することができる。販売先や開発部,仕入先の既存のデータベースに保存されている画像や仕様スペック,製品データを一括で管理し,必要な情報だけをオンデマンドでプリントすることが可能である。PageMakerで管理されたデータをPDFで紙へ出力したり,WebやCD-ROM向けには,DHTMLで保存してブラウザで閲覧することができる。また,XMLデータで保存して,他のデータベースで利用することも可能である。

文書管理

 社内の文書管理などにおいても,PDFは大きな威力を発揮する。情報をPDFで一元管理するためのユーティリティやデータベースも一層,充実してきた。

 プラネットコンピュータのDB Entryは,紙やマイクロフィルム,マイクロソフトのOfficeなどの文書をPDFに変換し,PDFを管理するデータベースに渡す。シンプルシステムズのPullDocは,マイクロソフトWordや一太郎など,一般のワープロソフトで作成された文書管理を手軽にし,低コスト化を実現する。クライアントとしては,ブラウザとAcrobat Readerがあれば利用できる。

 クセロとコニカが共同開発したePwareは,スキャナから取り込んだ画像データや,Office関連の文書をPDFファイルに変換して,データを一元管理する。ePwareでは,PDFを登録するとファイル名などの文書情報が自動登録される。PDFファイル以外の文書が登録される場合には,自動的にPDFに変換され,オリジナルのファイルとPDFファイルの両方が登録される。登録されたデータは,全文検索が可能となる。

 グループウエアのファイリングシステムHyper Image for Notesを扱っている日本システムインテグレーションは,Hyper PDF for Notesを使って,Notes上で各種ファイルをPDFに一括登録することを可能にした。

 また,電子ドキュメントを保存する際の課題のひとつとして,データ保護がある。インターネットなどで外部に公開しない場合でも,社内の端末に保存されたデータを持ち去られる可能性は避けられない。PDF文書のセキュリティを管理するシステムとして,ディ・アイ・ティはPageVaultを提供している。KeyServerにあるページごとに暗号化されたPDFを,ユーザはアクセスの許されたページだけダウンロードする。1度閲覧すると端末上の鍵は破棄されるので,そのデータを持ち出して閲覧したり,印刷することはできない。

 また,Acrobatのフォーム機能では,PDFファイルに電子的なフィールドをつけることによって,PDFにデータを入力することが可能になる。サーバを介したデータ自動入力や,電子署名によるペーパーレスも期待できる。

プリプレス分野

 各工程のデジタル化が進んだプリプレス分野では,工程をフルデジタル化して,コスト削減や効率化を実現することが最終目標であり,PDFによるワークフローへの期待は高まっていった。そして,Acrobat側もプリプレスにおける重要な技術を充実させていった。

 Acrobat4.0では,CIDフォントを使うことにより,2バイトフォントのエンベッドが可能となり,文字の再現性が高まった。エンベッドには,ファイルの中の文字だけを埋め込むサブセットエンベッドと,フォントの全文字種のエンベッドの2種類があり,いずれかを選択できる。

 画像解像度制限は4000dpiになり,デジタルカメラやスキャナから直接,データをインポートできるようになった。また,ICCプロファイルをPDFに埋め込み,3種類のカラーマネジメントも可能となった。画面表示で色合わせすること,RGBのカラースペースをPostScriptプリンタで色合わせすること,CMYKのカラースペースをPostScriptで色合わせすることの3つである。

 そしてアドビ社は,プリプレスの工程をPDFを使って自動処理するためのExtremeというアーキテクチャを開発した。Extremeは,(1)入力から出力までのシステムにおいて,PDFあるいはPostScriptファイルで処理を行う,(2)PDFの生成/管理/閲覧/編集が可能,(3)JobTicketを利用した工程管理を行う,(4)JobTicketによる処理を実行するJobTicket Processorを使うという特徴がある。アドビ社はExtremeの核となるモジュールをプリプレスベンダーに提供し,それをもとに,各ベンダーが具体的なPDFワークフロー関連の製品化を行っている。製品には,クレオサイテックスのPrinergy,アグファのApogeeなどがある。

 さらにプリプレス,プレス,製本加工,デリバリにいたる一連のワークフローでは,PDFを中心としたPJTF(Portable Job Ticket Format)と,CIP-3 PPF(Print Production Format)とが一体となった,JDF(Job Difinition Format)の今後の発展が注目されている。

 その他,サードパーティがAcrobatには搭載されていない印刷関連のPDFツールを提供している。ケミカル・リサーチでは,色分版やRGBからCMYKへ変換するCrackerJackを扱っている。ヒューリンクスのHELIOS PDFHand Share,HELIOS Print Previewは,OPIをベースとしたPDFワークフローのソリューションである。PDFの面付けではコンパスのColloco,ウエノのQI+,三菱製紙のFACILISなどがある。

 PDFの利用形態が増えるとともに,機能や環境も大きく変化しつつある。企業内の文書にしても,プリプレス分野にしても,単なるフォーマットとしてだけではなく,PDFで効率化を実現し,ビジネスを展開するためのシステムインテグレーションを含めた視点をもつことが,今後のビジネスには重要となるだろう。

月刊プリンターズサークル 2000年9月号より

2000/09/03 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会