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印刷業の生態学 その1

塚田益男 プロフィール

2000/09/29

Print Ecology(印刷業の生態学) 序論

はしがき

私はもう30年近くも印刷経営におけるニッチ(niche)について語ってきた。すなわち印刷業の生存の場についての議論である。最初のうちのニッチ論は「壁の凹み」「良い位置を占める」というニッチの語源的なものと印刷経営との関係についてであった。欧米でもニッチ論は昔からあったが、ニッチ産業すなわち「すき間産業」、人があまり手を出さない隠れた収益産業のことであった。
私が岐阜県の印刷工業組合有志にニッチ論の講演をしたことがあった。その時、私の長い間の友人で、岐阜大学名誉教授である石川達芳氏が私の講演を聞いて、「おい、お前の講演は生態学の話そのものだ」と語ってくれた。ニッチ概念が生態学に取り入れられてから、その概念は「壁の凹み」から動植物の「生存の場」に変った。環境変化の中で、いかに「生存の場」を確保するかということである。

この概念は10数年前から、さらに経営学でも取り上げられるようになった。ニッチ戦略という言葉にあるように、経営環境の変化に適応して行動することをニッチ戦略という、すなわち環境適応戦略のことである。
こうして私のニッチ論も少しづつ内容が変ってきたが、最近の印刷産業の苦悩を見ていると、経済学から派生した経営学の観点からだけでなく、生態学の観点からも経営の見直しが必要なのではないかと思うようになった。私は、もとより生態学者ではないし、一介の印刷人であるから、体系的な分析ができるわけではない。しかし私の長い間の印刷経営と、業界指導の経験をエコロジーという生態学に重ねながら議論を進めるのも、各位に何らかの参考になるだろうと思って、勇気を持ってペンをとることにした。

1.生態学とは?(Ecology)

a)動植物の生態、生き方を研究する学問。
・種の多様性
=動物では互いに交配して繁殖能力を持つ子を生ずる集団。一見同じように見え、交配を行っても、子を作り、繁殖しないもの同志なら同じ種とは言わない。
の分類
は次のように分類される。。人間は脊椎動物門、哺乳類綱、霊長目、ヒト科、ヒト属である。蜻蛉(トンボ)は節足動物門、昆虫綱、蜻蛉目、そして科、属には次のようなものがある。ギンヤンマ、アキアカネ、シオカラトンボ、カワトンボ、イトトンボ、オハグロトンボ、ムカシトンボ、かげろう・・・・。

生態学は別の言い方をすれば「種の多様性」を研究し、保護をする学問ということになる。アマゾン河流域では一つの流域だけで百万種以上のが生存しているという。地球全体では、数百万種の動植物が存在していることになる。このが健全に生存することこそ、地球が健康な証である。そして、このを守るためには、野生生物の生息空間(biotope)(森林や海が代表)を育成しなくてはならないし、その責任は先進国の方に大きい。日本の森林行政は人手不足を理由にして危機的状況にある。

・環境問題  野生生物のビオトープを守るには,人と自然との共生感情が一番大切だが、環境問題とも重大な関係がある。ビオトープの破壊要素として次のようなものがある。
化石燃料、石油化学、温暖化、二酸化炭素、酸化窒素、メタン、フロンガス、オゾンホール、酸性雨、大気汚染、水質汚染、ゴミ、廃棄物、環境ホルモン(内分泌かく乱化学物質)ダイオキシン・・・・・・。

・社会生態学(socio biology またはhuman ecology)
人間社会の特性や行動を研究する学問。人間および人間社会も動植物と同じように、進化の型は自然淘汰、遺伝子、学習などによって行われると考える学者が多い。しかし、この意見に従うと、現在の人間社会は長い間の自然選択の結果、良いものだけが残ったことになり、個人では存在することができない運命的なものになってしまう。これでは人間の尊厳を傷つけるという左派理論の人もいる。

b)Print Ecology
こうした名称の学問体系は存在しない。しかし、印刷技術や印刷人、印刷業は歴史的に存在してきたし、今後も体質、形質を変えるにしても存在しつづけるとすれば、その生態については研究の対象にすべきものと考える。その研究対象は、経営単位の経営行動に関する研究および印刷産業の生態、生き方に関する研究ということになる。

・個体、個体群、群集について
1)印刷産業における個体企業
工業化社会における経営単位は企業であると断定して良かった。複数の従業員を雇用する企業のことだ。今日ではSOHO(Small Office 、Home Office)に見るように、独りでもベンチャビジネスとしてビジネス単位になりうる。今日ではそれだけ経営モデルが複雑、多様化してきたということだ。しかし、このprint ecology では個体企業とは構成人員に関係なく、経済行為を行う経営単位としてとらえることとする。

2)個体群
生態学では個体群とは、ある地域あるいは限られた空間内に生息する同種個体の集まりのことを言う。イワナとヤマメはたしかに「」は違うが、同じ「サケ科」に入っている。遺伝子の違いが僅かという仲間も含めて個体の集団を個体群といってよいだろう。私は、「」とは科、属を含めたものと考えたい。オランウータンやチンパンジーと人間とは同じ「霊長類」であるが、例え交配しても子孫は出来ないので同じというわけにはいかない。しかし、白色人種、黒色人種、黄色人種はとしては分かれるであろうがとしては同じである。同じく、ラテン系、北欧系、アジア系・・・・・・など沢山の系統(属)があるが、みんな同種である。そして、それぞれに仲間意識を持って個体群を形成している。

印刷産業ではどう考えたら良いのだろう。日印産連の10団体はそれぞれに設立目的があって個体群を形成している。しかし印刷物生産という一点では共通の利害を持ち、資本的結合、交配も容易な仲間である。従って群として分かれていても万一、天敵が現れた時は同種の群として行動を共にする。製紙業界が印刷業に参入し、用紙供給を制限するよな行動をとったとしたら、10団体の個体群は団結して大きな個体群を作って反抗するだろう。
問題は印刷側にリーダーがいるかどうかということだ。

3)印刷産業内の各種個体群の集合体=群集
ある地域に生活するすべての個体群の集まりを群集と呼ぶ。ここでいう個体群とは分類上の門、綱、目、科、属は関係ない。ある地域に緑色植物があり、草食動物、肉食動物がおり、さらに死体の蛋白質を分解する細菌類がいる。これら一つ一つの個体群を総称して群集と呼ぶ。

印刷産業における群集という時、群集を形成する個体群は、直接的に印刷物生産に関与しなくても、インキ、版、用紙のように、メーカー群、サプライヤー群として間接的に印刷産業に関与する個体群も含めた集合体のことをいう。遺伝子として印刷個体群とはかなり離れている。しかし、私は昔から、こうした個体群も含めて、印刷産業は広い意味で群集を作っていると主張してきた。

2.Ecologyで重要な概念

すべての動植物や人間の社会集団が生き続けるためには、同種の仲間、天敵、自然環境、人為的環境など個体および群の周辺の変化に対し、敏感に、迅速に対応しなくてはならない。この対応をするプロセスについて議論を進めるのであるが、その中で取扱われる重要な概念について、いろいろ述べる前に理解を深めてもらうことにする。これらの概念は私が従来何度も記述しているので、理解されている人も多いと思うが、大切なことなのでもう一度記述しよう。

a)ニッチ(niche)と「棲み分け」「共存」
ニッチという言葉は分りづらいものなので、言葉の解説からはじめよう。
・(英和辞典)壁がん、像、花瓶などを置く壁の凹み。適所。
・(広辞苑)@西洋建築で、壁面の一部を凹めた「がん」状の部分。キリスト教会堂の内壁などに設け、彫像などを置く。「へきがん」A生態的地位のこと。エコロジカル・ニッチ。
・(イミダス)生態的地位ともいう。生物がその属する生物群集の中で占める地位。アブラムシはテントウムシに捕食されるが、食うか食われるかという関係(植物連鎖)をもとにした食物的地位もあるし、鳥類で森林の高木層に住むもの、低木層に生息するもので空間的地位(ニッチ)が異なるものもある。人間社会においては職業のようなものがニッチである。ある人の社会における役割を理解するには職業を理解することが重要なように、生態系や生物群集を理解するには、それを構成する各種の生物のニッチを分析する必要がある。・・・・・・・

三つの辞書の説明を記述したが、まだ良く分らない。凹んだ所、美しく飾る所、大事にする所、佛がん、などということは分ったが、生態学の意味ははっきりしない。私たちは日常、「ニッチ産業」や「ニッチ戦略」などという言葉に出会うことがある。ニッチ産業とは人が手を出さない「すきま産業」のことをいうし、ニッチ戦略とは経営における環境変化適応戦略のことをいうようだ。いろんな学者がニッチについて語っているが、私は次のように定義することにしている。「動植物が種の保存のために適応努力をしながら作った生存分野とその行動」。鰯が常に群れを作って泳いでいるのも、植物が群落を作るのも、みんな同種個体群のニッチである。

印刷会社が競争、斗争の中で必死になって生存分野(ニッチ)を守ろうとしている。競争の種類にもいろいろあるが、競争に勝ってニッチ拡大に成功する会社もあるし、負けて、自然淘汰される会社もある。それぞれの個体企業が自分のニッチを作ること、そのためのニッチ戦略をたてることは勿論大切なことだが、個体群である同業仲間のニッチについて考えることも大切なことだ。個体群が健全でなければ、個企業は存在しないからだ。

「棲み分け」 生活様式が良く似た2種以上の生物が、互いに空間的または時間的に生活の場を異にすること(イミダスより)。同種類の鳥が森林のなかで、「こずえ」の高い所と低床の低い所と生活分野を分けていたり、イワナとヤマメが川の上流と下流を生存分野(ニッチ)を分けていることを「棲み分け」といっている。この「棲み分け」というのは、同種、同族に分類される動植物についていう言葉で、遺伝子が全く異なる動植物が別々にニッチを作っていてもそれは「棲み分け」ではない。あくまで同種の生物が互いに争うことをしないでニッチを分けていることをいう。

ここでもう一つの問題がある。イワナとヤマメは親戚同志だから「棲み分け」ているが、ヤマメがいなくなったら、イワナは上流だけでなく下流も自分のニッチにするのである。すなわち、動植物は自分の仲間を意識しての競争の中で、自分達のニッチを大きくしたり、小さくしたりするが、それでも種の生存をかけて共存しようとしている。「棲み分け」とは仲間たちの平和的共存の意志の表われとみることができる。人間社会や印刷業界はどうだろう。本来は仲間同志であるのに、競争相手をまるで遺伝子の異なる天敵のように思っているのではないだろうか。

b)「ゆらぎ」と相転換
あらゆる物質は分子の熱運動により、気相、固相、液相の3相に相を転換させる。熱平衡状態にある物体は時間的に一定不変に見える。これはその物体を構成する原子、分子の数が非常に大きいので、少しの熱運動では分子運動が互いに打消され、効果が小さい。そのため相はそのままで、ある時間帯は相転換が起らない。しかし熱運動を続けていくとある時点で突然に光を発したり、泡を作ったりして相転換が行われる。一番、私たちに卑近な例は「水」である。グラスの水は100℃近くまで熱して行くと、グラスの底または周辺の壁から水蒸気の泡が出てくる。ブツブツと泡が出て来る状態、すなわち相転換前後の物質の状態を「ゆらぎ」といっている。転換点は必ずしも水の場合100℃と決まっている訳ではない。富士山頂のように気圧の低い所なら80℃でも「ゆらぎ」が出るし、水の純度によっても異なるだろう。また泡になる分子の順番が決まっているわけでもない。

カオス(Chaos keios)
普通の自然現象は連続的に変化するもので、速度や力のように微分方程式や積分方程式で表現することができる。ところが自然現象は時々「ゆらぎ」の状態のように不連続な状態になり、確率論、量子論などでなければ説明がつかなくなる時がある。このように非線型、不連続発展の状態を一般にカオスといっている。すなわちカオスの状態においては、ミクロの分子レベルのランダムで恣意的な動きと、マクロの物質の現在の秩序とが同時に存在していることになる。しかしお湯の泡立ち状態がいづれ全部が水蒸気になるように、ミクロとマクロは時間の経過と共に同形質になり新しい秩序を作ることになる。

中小印刷界では「活字よ、さようなら!」といって活版印刷から平版印刷への転換を指導したことがあった。30余年前のことだ。その時も中小印刷界はカオスの状態になった。個々の企業はそれぞれにバラバラの行動をした。廃業をした会社もあった、活版にいつまでも固執した会社もあった、また、オフセット化を一気に進めた会社もあった。印刷界は苦しみながらカオスの状態をのり切った。10数年の年月がかかったが、中小印刷界は、オフセット印刷という新しい秩序の時代を作ることができた。
現在の中小印刷界も正しくカオスの時代である。印刷技術の電子化、社会のIT技術化、長期の経済不況、経済界のパラダイムシフト・・・・これらの環境変化の中で印刷業界は全く経営の方向感覚を失ってしまった。何とかこの泥沼からはい出そうとどこの会社も夢中になって努力しているが、もがけばもがくほど泥沼の中に入ってしまう。合理化機械を買えば抜け出せると思うのだが、そうすれば印刷料金は一層安くなって赤字の傷を深くしてしまう。何もしなければ毎年間違いなく売上高が2ケタは落ちてしまう。カオスが長期になるのに従い、ブラックホールに吸い込まれるように不安感も大きくなってきた。カオスの先の新しい秩序が見えないから困っている。

収穫逓減則と逓増
経済学の初級の本であっても収穫逓減則のことは書いてある。農家が田畑に肥料を投入していくと毎年、収穫が増加する。追加した肥料1単位に対し、収量が増加した分を限界生産量という。追加肥料ははじめの中は良く効果が表われ限界生産性が高いのだが、次第に限界生産性が低くなり、その中にいくら肥料をやっても生産性が上がらなくなってしまう。これを収穫逓減則という。
印刷界だって同じ事がいくらでもある。事務の合理化にコンピュータを導入すれば生産性は上がる。5人に1台、3人に1台と台数を多くし、ネットワークも整備したら限界生産性はどんどん上がった。コンピュータをもっと増やせばもっと生産性が上がると思い1人1台体制にしたら社員はコンピュータに気をとられるようになり思うように生産性が上がらない。1人2台体制にすればいろんな仕事を同時に行うことが出来ると思ったのに逆に生産性が下がってしまった。こんな話は工場の中だっていくらもあるだろう。

こうした収穫逓減則は単純な経営システムの中で起るものだ。生産性が落ちてきた、もっとスピードの上がる機械を買えば良い。はじめの1台2台の時は外注が減り内製化が進んだので生産性が上がり効果があった。3台目になったら仕事量が不足し、無理な受注をすれば安値受注になり、生産性は上がるどころか赤字受注になってしまった。印刷経営だっていつまでも同じ発想で投資活動を続けていれば、たちまち逓減則が働いて行きづまってしまう。

こういう時は経営の発想を全く変えることである。印刷業を狭義に解釈したとして、「印刷業は印刷物を生産することによって収入を得るものである。」としよう。この解釈は狭義のようでいて実は広い意味を持っている。コンテンツに手を出せば出版業や広告業とボーダーレスになる。流通はどうするのか、ITやマルチメディアとの共存はどうするのか・・・・・考えることは山ほどある。従来のようにInk on paper、紙にインクをくっつける印刷のことだけを考えていては先が見えない。
新しい発想で経営思想を変えなくてはならない。「ゆらぎ」を起す必要がある。その時点で従来の経営とは不連続な展開をすることになる。従業員も新しい経営システム、秩序を求めて行動がゆらいでくる。こうなれば会社はまた新しい収穫逓増のプロセスを作ることになる。このように、経営思想が行づまった時は、発想を全く変え、「ゆらぎ」と不連続な発想が必要になるということだ。

c)メタモルフォーシイス metamorphosis, 動詞 metamorphose
この言葉も私が長い間使っているものだ。辞書には変形、変態、変性、変質、変容などの訳があるが、私は、常に変態という訳を使っている。生態学や生物学で主として使われている言葉だ。良く使われる例は昆虫の変態だ。昆虫は卵から「いも虫」、蛹、成虫(蝶、蛾など)と姿を変えながら成長をする。この変態のことを、メタモルフォーシイスという。

前述したように、ある物質系がカオスの状態から、ある種の安定した秩序に移行するには、その系、すなわちシステム全体が環境と相互作用しながら新しい秩序を作り出す。その時に問題になることは、ミクロすなわち個体自身が自分の遺伝子やマクロのシステム(形質)に行動を制限されているものの、自分の環境に適応して自分の形質を変態させる力を持っていることである。そしてマクロの新しい秩序や形質は、そうした環境に対するミクロの自己変態力の総和によって決定されるということだ。

会社の経営が新しい秩序に変態をしようとしたら、ミクロである社員が先づゆらがなくてはならない。自分を変態させようという「ゆらぎ」のエネルギーをもち、会社の新しい秩序に適合させようという創造力がなければならない。昆虫の世界だけでなく、人間の社会でも、新しい秩序、システムに相転換、すなわち変態をすることによって成長するのであるが、そのためには個人、個人が「ゆらぎ」自己変態をする必要がある。ここで問題になることがある。自分が変態しようという時、どのように変態したらよいのか分からなくては困る。マクロの次の秩序や形質をミクロの個体が暗示されていなくてはならない。会社なら、会社の次の経営方針をきちんと説明しておかなくてはならない。さもないと「ゆらぎ」のしようがない。

d)ホロン:Holon 全体子
この言葉はHolos(全体)とon(微細なものにつける接尾語)との合成語だ。全体子と訳している。人間の体は沢山の細胞や器官から成り立っているが、それらは、より大きなものから見れば部分であり、より小さなものから見れば、全体という機能を持っている。すなわち各器官は体全体からみると部分として機能を果たしているのだが、器官を構成している細胞から見れば、全体として機能していることになる。人間の運動量が大きい時は器官や細胞も活動量を大きくして体にエネルギーを供給する。このように各器官は全体の動きを見ながら自分の動きを決定するという他律的な一面をもっているが、それと同時に、全体の運動量が小さいときでも、自分自身の生存のために自律的な運動は休みなく行っている。このように他律と自律の二つの運動機能を持ち、すなわち部分としての機能と、あるときは全体としての機能を果たす、こうしたHolonic機能を果たすものを全体子という。

会社の経営においても、会社と従業員の関係は全体と全体子という関係でいたいものだ。会社が新しい秩序に向って「ゆらぎ」を起す時は、その前に全体子である社員が、会社の新しい秩序を予見し、自分自身を変態させ、社員全体が「ゆらぎ」を起すことが必要である。こういう状態にするためには、全体子が会社の新しいシステムを予見できることが必要で、前述したことだが会社はそのための情報を常に社員に与え続けることが必要である。

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