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生産技術の多様化とニッチ戦略

塚田益男 プロフィール

2000/10/04

印刷業の生態学 その1

Print Ecology(印刷業の生態学) 序論

3. 印刷における個体企業の生態学

3-1 ニッチ戦略

私は長い間、それこそ30年間も印刷界でニッチ論を説いてきた。中小印刷会社が自分の経営の生存分野を強くするにはどうしたら良いのかということだ。私はニッチの定義として、「適応努力をしながら作った生存分野」と記述した。ここで必要な概念は環境の変化に対して適応努力をするという行為である。ニッチとは単なる生存分野のことではなく、刻々と変る環境変化を前提とし、その変化に適応する努力をしながら自分の生存分野を創ること、このことが大切なのである。従って、このような環境変化適応戦略のことをニッチ戦略と呼んでいる。

このように定義をすると、ニッチやニッチ戦略は会社ごとに異なるものになる。印刷技術はどんどん多様になっているし、それに従い生産する印刷品目も限りなく多様になっている。その技術の組合せ、品目の組合せまで考えれば多様性は一層広がることになる。このように技術や製品が多様になれば、当然印刷業者も多様になるはずである。

 カタログ印刷業者だって、ゼネラルカタログ専門印刷業者、スペシャルカタログ専門業者、インターネットホームページと組合せ業者、ダイレクトセーリング用カタログ、ダイレクトメール用カタログ、その他いろいろな専門業者が出てもおかしくない。勿論そうした業者の機能は写真スタジオにしてもデジタルカメラのスタジオになっているだろうし、コンピュータによるクリエイティブイメージングもおこなわれているから従来のカタログ制作印刷業者とは全く機能が異なっているはずだ。

 出版物にしても学術図書、医学書、実用書、地図、絵本、児童書、小学教科書、中学校用教科書、参考書、文芸書、文庫、新書、自家出版、音楽出版、・・・・大型書店へ行けば沢山のジャンルの本が並んでいる。それらの本を見ていると、それぞれの生産技術、設備の違いが見えてくる。

 毎日、家庭に新聞折込みのチラシが入ってくる。印刷需要の中で伸びているのはチラシ需要だけのようだ。昨年の統計だと1カ月平均550枚近いという。しかし一口にチラシというが、内容は千差万別だ。百貨店・スーパー・コンビニなど流通業のもの、パチンコや遊園地など娯楽に関するもの、マンションや建売り建築ような住宅関連のもの・・・・・その他、山ほどいろいろなチラシが入ってくるが、紙質も色数も部数も異なっていて、多様な生産システムが使われている。勿論、主力生産システムはB判オフ輪だが、それだけではチラシの多様性は表現できない。

このように品目が多様化しているだけでなく、生産技術も多様化しているので、印刷業者にとってはニッチ戦略をたて易いはずだ。ニッチ戦略を遂行していけば自社のニッチ(生存分野)が明確になる。ところが現実の印刷界はそのようになっていない。相変わらずどの印刷業者も何でも屋で専門化していない。

印刷業者が自分のニッチについて明確な意識をもっていないということは、得意先へのサービスについても焦点が絞られていないということだし、従って、設備の仕方、投資の仕方についても得意先の方を向いていないということになる。これでは得意先との話題はゴルフの話しかなくなってしまい、得意先が求めている製品やサービスの情報も提供できないし、まして激しい価格競争に勝てるわけがない。

私は現在のように印刷界が多様化してしまうと、中小印刷業者が何でも屋で通用するわけがない、専門化、特化をすべきだと何度も記述した。勿論、専門化するといっても容易なことではない。しかし、そうした意識の中からニッチ戦略も生れるし、得意先との接点も新しい展開がはじまる。

私は生産技術の時代は終った、これからはマーケットの時代だ、ハウ(How)の時代は終った、ホワット(What)の時代だ、と呼びかけているのも同じ思いからだ。ニッチのことを真剣に考えて経営努力を煮つめていけば、経営自体に新しい発想も生れてくるだろう。世界一景気が良いといわれている米国の印刷業界でさえ、印刷業者は日本と同じように迷いに迷っている。このままでは業界そのものが崩壊してしまう。

2000/10/04 00:00:00


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