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あと何年かは新パラダイムに橋を架ける辛い時代

塚田益男 プロフィール

2000/10/09

第1回 Print Ecology(印刷業の生態学)序論

第2回 印刷における個体企業の生態学 ニッチ戦略

第3回 環境の激変 パラダイム・シフト

b)企業中心社会、工業化社会から情報化、グローバル化社会へ

一口に言うと、古いパラダイムは企業中心社会であり、工業化社会のことをいい、新しいパラダイムは情報化社会、グローバル社会のことをいう。新しい社会のパターンの一つに市場経済化のことをいう人もいるが、私は後述するように敢えて加えないことにする。

さて、私たちは古いパラダイムと新しいパラダイムをつなぐ橋を作らなければならない。両者は不可逆の関係だし、物質の相転換のように非連続の関係だからだ。私が新しい努力の方向が見えないというのは、この橋の作り方が判らないということだ。橋の土台になる所は強固な地盤(インフラ)でなければならない。

古いパラダイムのインフラは10数年前までは非常に強固だった。工業化技術で大量生産、大量消費という社会ができたし、護送船団方式と規制措置で国と企業の一体感もできた。企業中心、生産中心と言う法整備のなかで、生産性向上運動や生産、販売の系列化というシステム化もできた。企業や国民の富の形成は国の関与により可能になったという大義名分により、高い累進税率を実施し、その中で、国民の中流意識、平等感を醸成し、国民のモチベイションを高めることもできた。

横並び思想の中で、終身雇用、年功序列賃金システム、企業内労組という労務思想も普及した。・・・・・・こうして古いパラダイムは国内では強固で、生産性が高く、国際経済の中ではcompetitive(競争力の強い)なものになった。世に言うJapan as number one または rising sun (陽昇る国)というもので、世界中から look east というような尊敬を集めたものだ。

この土台が音をたてて崩れだした。成長を長く続けた結果、投資機会を見つけられない余剰資金が年金、生命保険、銀行などを始め、各種の金融機関に溢れ出し、その資金が投資ではなく投機資金となって、土地バブル、株式バブル、ゴルフ場会員権バブルなどとなって、バブル経済を作り出した。
この資金はいわゆるバブルマネー、フローティングマネー(浮遊資金)だから、風船はこれ以上ふくらまないと思えば、すぐ高利回りの市場へ移動する。それは東南アジアや米国だった。こうしてバブルは崩壊し、実体経済に戻ったのだが、都内の地価は5分の1以上も、株式は一時3分の1まで下落し、国内で投機を楽しんだ金融機関を含めて多くの人たちは、大変な借金を抱えてしまった。

それが10年経った今日でも尾を引いて不況のままだ。古いパラダイムは右肩上がりの経済、投資機会が沢山ある若々しい経済を前提にして存在が可能だった。夢が破れて実態の経済にもどったら、少子化と高齢化のためにマーケットのエネルギーは小さくなり、rising sun の日本はmelting sun(夕方西空に沈む融けていくような太陽)になってしまった。古いパラダイムの土台は完全に崩れ出している。急いで橋を作って対岸の新しいパラダイムに渡らなくてはならない。

新しいパラダイムは情報化とグローバル化の社会である。それでは、その土台(インフラ)はしっかりしたものになっているのだろうか。インターネットが大切だということは世界の常識だが、政府は財政資金を土建屋さんの救策に使うばかりで、インターネットの光ファイバ回線の敷設は牛歩の如く遅々とした動きだ。グローバル化やインターネットには世界共通語として英語の普及が最低限の条件だが、政府は英語教育にも口先介入だけで先が見えない。
E-business が普及するのは分かっているが、B to B(business to business) は動きだしたものの、B to C(business to consumers) ではまだ10%にもならない。コンピュータの家庭への普及が進まないためもあるが、代金決済の安全性が保証されていないことも大きい。しかし子供達の間では、すでにチャッティング広場もあって自由に会話やメールを楽しんでいるから、もう5〜10年も経てば社会構造はすっかり変るだろう。

それなのに政府が関与する部分が全く足を引っ張っている。NTTの接続料を世界からの要求通り、一気に下げなくては、インターネットの家庭への普及が進まないことは分かっているのに、政府は頑なに拒んでいる。理由が全く分からない。郵政がからんでいる物流を完全に自由化しないから、宅配業者へのいやがらせばかりするようになり、物流の競争と合理化が進まない。

政府は再版価格維持制度を一気に撤廃の方向へ進めれば良いものを、ぐずぐずと先延ばしにしている。この間に出版界に根づいている版元、取次業者、書店という vicious triangle (悪の三角形)が腐りだした。互いに販売努力をしないで、返品制度ともたれ合いの関係ばかり強くしてしまったので、一角が崩れると三方全体が、出版界全体が崩れてしまう。年金財源、健保財政、介護制度など問題だらけなのに政府の対応は遅すぎる。すべてを民間に委せれば良いと言っているのではないが、対応の遅い政治家は百害あって一利もないと言うべきだ。

新しいパラダイムはスピードを信条としている。まして印刷産業は情報産業の一員だから先頭を走らなければならないのだが、情報技術がどのようなマーケットを印刷界に提供するのか、どのようなメイクマネー事業につながるのか、いまだに良く分からない。AVテープが新しい需要を生むと思ったが印刷界を素通りしてしまったし、各種ディスクやICと印刷物との関係はどのようにつながるのだろう。

現在のすべての情報系データがデジタル化し、その中で情報家電が発展し、メディアの再編成が行われる。私たちの日常生活もすべてデジタル化し、新しい生活空間、ビジネス空間が誕生する。そうなった時、印刷物はどのような社会的位置を占めるのだろう。事務用印刷、業務用印刷は、出版物は、カタログは、チラシは、パッケージは、・・・・一体どのような位置を占めるのか、また生産システムはどのように変るのか、全く分からないことが多すぎる。このように情報化、グローバル化の先がみえないので、インフラの先も見えにくい。

自分の会社の橋作りは、新しいパラダイムのどこに土台をおいたらよいのだろう。難しいからと言って橋作りを止めてはならない。現在、自社で分っている所からコツコツとはじめるより道はない。トライ&エラーでミスもあるだろうが、そのミスも含めて努力をしていれば次第に全体像が見えてくる。辛い時代に歩くことになるけれど、それもあと3年位のことだろう。何とか新しいパラダイムの岸にたどり着きたいものだ。努力をしなければ、自分のニッチも作れないと知るべきだ。

次回は、市場経済化について

2000/10/09 00:00:00


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