本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

規制と自由の間を揺れ動く市場経済化

塚田益男 プロフィール

2000/10/11

第1回 Print Ecology(印刷業の生態学)序論

第2回 印刷における個体企業の生態学 ニッチ戦略

第3回 環境の激変 パラダイム・シフト

第4回 企業中心社会、工業化社会から情報化、グローバル化社会へ

・市場経済化について

新しいパラダイムの性格の中に、情報化と並んで市場経済化を加える人が多い。私は敢えて加えなかった。たしかに市場経済は新しい日本を作ったが、それは一つの経済現象であって、その副産物については国民全体の合意を得られないと思ったからである。しかし非常に大切な概念であるので、この場で議論を進めようと思う。

市場経済は新自由主義の人たちが唱えたものだ。それを推進した人たちとしてイギリス元首相のサッチャー氏、米国元大統領のレーガン氏、そして日本の元首相の中曽根氏が挙げられる。この新自由主義は共産主義、社会主義、福祉型社会主義、社会民主主義、計画経済、労働党、官僚型統制経済などのアンチテーゼとして誕生したものだ。その意味では新保守主義とも言えるだろう。上記の社会主義的計画経済の不合理性と悪い効率を改めるには、市場にもっと自由を与えるべきだということになる。

レーガン元大統領が大幅減税と勤労意欲を高めるサプライサイド経済政策を提唱し、生産労働市場を活性化し、成長を誘発したのも新自由主義の思想だ。イギリスのサッチャ元首相は前労働党政権時代に定着していた国営企業を強引とも思える手段で民営化し、沈滞していたイギリス経済を活性化した。中曽根元首相は官僚統制経済の中で癌化していた国鉄を解体し、民営化させた。大変な労組の反対を押し切っての民営化だったが、旧国鉄とJRとの違いは職員のサービス意識の違い一つを見ても明らかだ。正しくサービス化時代の幕開けをリードしたのであり、高く評価されるべきだ。

こうして新自由主義、新保守主義は古い社会民主主義を克服し、新しい社会システムを作った。すなわちサービス経済化の社会であり、競争と効率を尊重する社会である。この限りにおいては立派な政策であり、主義であったが、余りに競争と効率を重んずる余り、マイナスの副産物も生じてしまった。

マーケットのことはマーケットに聞け、政治家の任務はマーケットの自由を守り、障害になるものを排除することである。こうして市場の力はどんどん大きくなった。市場に参加する権利はだれにも「機会の平等権」として与えられたが、ハイリスク、ハイリターンは個人の責任ということになる。勝つものと敗けるもの、能力のある人と劣る人、市場は次第に暴力化してくる。個人間の富の格差、所得の格差が大きくなるし、自由競争の中で一人勝ちの社会にもなる。アメリカでマイクロソフト社がコンピュータの世界で一人勝ちをしたために、アンチカルテル・トラスト法により分社化を強いられたのは良い例だろう。

日本では政府や政治家が各種の規則を存続させることにより、市場の自由化を貫徹させないので、市場の論理が完成せず、市場の不安定要因を先送りし、顕在化させていないが、逆に経済規制が経済システムをいびつにしてしまい、何らかの新しい対策が必要だろう。
こうした風潮はヨーロッパ各国で広く感知されるようになり、今日では多くの国で、新保守主義から新社民主義といわれるような中道政権が相次いで誕生するようになった。当分は右へ行ったり、左へ行ったり、社会は揺れ動くのだろう。こうしたことが予見できる以上、無制限な市場経済化を万人が認める新しいパラダイムの性格の中に加えるべきではないと私は思っている。

次回は、技術のパラダイムシフト

2000/10/11 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会