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21世紀に向けての課題はアナログ意識からの解放

塚田益男 プロフィール

2000/10/14

第1回 Print Ecology(印刷業の生態学)序論

第2回 印刷における個体企業の生態学 ニッチ戦略

第3回 環境の激変 パラダイム・シフト

第4回 企業中心社会、工業化社会から情報化、グローバル化社会へ

第5回 市場経済化について

C)技術のパラダイムシフト

この50年間、印刷技術の進歩は全く歩みを止めなかった。従って、印刷界の人々が、これが印刷界の技術大系だと言って勉強したものは、伊東亮治先生の著書ぐらいのもので、50年以上も前の技術のことだった。50年以後については変化がはげしく、大系らしいものはできず、その意味ではみんなが納得していられるような印刷技術のパラダイムはなかったといえるだろう。
しかし、今日ではとうとう私たちの技術思想を根本から変えるような変化がはじまった。その変化は20世紀の技術と21世紀の技術を分けるような大きな変化だ。その意味で20世紀の技術パラダイムと21世紀のパラダイムの違いについて工程別に所感を述べてみよう。

1)アナログからデジタルへ

20世紀の印刷技術は目まぐるしく変化した。活版印刷技術からオフセット印刷技術へ、手差印刷機から自動多色印刷機へ、活字組版、写真植字から電子文字組版へ、写真製版からDTP(Desk Top Publishing) へ・・・・。印刷人は対応に目の廻るような騒ぎだった。
その過程で落伍した会社もあったし、大勢の従業員が印刷界を去った。技術環境の変化に対応するということは、実に大変な努力を必要とする。しかし、こうした20世紀時代の技術変化を総括してみれば、アナログの技術だったといえるだろう。

アナログ印刷技術とは連続した物理量を用いて印刷物を生産することだ。それに反し、ディジタル印刷技術とは物理量を数字列と非連続なものにおきかえ、それをさらに物理量に加工した技術だ。勿論、20世紀の技術でも最近では電子組版、ディジタルスキャナ,DTPなどディジタル技術を使ってはいるが、それらの出力材料はフィルムであり、それ以後は写真化学を用いたPS版、そして機械工学を中心とした印刷機械、製本や加工機械である。
今日でもドットゲイン量、インキ皮膜のもり量、特色の調肉などアナログ技術は山ほど使われている。20世紀の技術は部分的にディジタル化したけれど、印刷経営者の意識は大半がアナログの意識だったといえるだろう。その上、20世紀の印刷経営者の経営上の関心は、印刷物の生産活動にあった。「Ink on paper」すなわち印刷用紙にインクをのせるという生産中心の経営思想だったから、アナログ思想が強くても当然のことだった。

21世紀はディジタル技術の時代だといっても、現在の印刷機が私たちの存命中になくなるわけではないから、アナログ技術も使われることになる。従って技術のディジタル化は後加工まで含めれば70%位だろうが、それでも印刷経営者の意識は完全にディジタル化になっているだろう。
社会全体が情報技術(IT)の時代になり、私たちの日常生活全体、ビジネスライフ全体がディジタル化しているので、印刷人も経営意識の上では100%ディジタル化せざるを得なくなる。Ink on paper の生産意識より、得意先に何を供給できるかという、How から What への意識転換が行われる。現在のInk on paper を中心としたアナログ技術は、無くならないとしても、できるだけ早くコンピュータコントロールに変えロボット化をし、アナログ意識から解放されるべきだ。
21世紀はディジタル・パラダイムになることは確定している。新しい印刷技術はそこから情報技術(IT)とからみながら、インターネットやvhINS (高速高密度ネットサービス)を利用し、新しい発展をはじめることになる。

2)フィルムからデータベースへ

1993年のIPEXの時、メッセ会場の20近いブースにおいて、次のようなボードが揚げられていた。「フィルムレス、プレートレス」という言葉だった。私は夢中になって、その実体を知ろうと走り回った。Eープリント、クロマプレス、DocuTech などのデジタルプリンティングがはじめてお目見えした時のことだ。それから7年経過した今年のDrupa2000 では On-press imaging (DI)とかCTPという技術はごく常識的な技術思想になった。現在のwet ink を使用している以上、印刷機械の構造やコンフィギュレーション(組立て形状)は当分の間は変らないだろう。従って感材としての性質は変ることがあってもプレートそのものが無くなることはない。
そうはいっても、ローランドのDICO Web ではスイッチャブル・ポリマーを使って数百回再生できるシリンダーを発表したからプレートレスといえるのだろうが、普及については疑問だ。当分の間はプレートレスの世界は来ないということだ。しかしフィルムレスの世界になることは間違いない。

フィルムレスの印刷界になるということは印刷用のデータがダイレクトに印刷プレートにイメージングされるということだ。印刷会社の中で再版用画像の保管のために大量のフィルム倉庫を作ったり、社員がフィルムを持って会社の中をとび廻ったり、製版作業者がライトテーブルの上でフィルムと格闘をするというような情景は見えなくなる。その代わり印刷会社の中はデータ中心の技術思想に一変する。

会社の中は販売・営業部門も、プリプレス部門も、デザイン部門も、プレート作成部門も、データ伝送のネットワークが張りめぐらされる。イントラネットとかエキストラネットと言うネットワークが会社経営のインフラになる。そのネットワークに直結している各種のデバイスを共通のデータフォーマットで運用しようとして、CIP3という思想も印刷機器サプライヤーの中に生れてきた。

DTPが印刷用画像、文字処理技術として定着してから、まだ数年しか経っていないが、現在では出版人やデザイナ諸君が一般的に使用する社会的コンピュータ技術になってしまった。今日ではDTPは印刷会社の常識的な技術であって、データを自由に扱えない会社は印刷会社の資格がなくなったというべきだ。フィルムレスの印刷界になったら印刷会社の出力技術はデータベースが基本になることは当然のことだ。

問題は保存すべきデータベースのフォーマットはどういうものであるべきか、ということになる。前述したようにデバイスフリーのフォーマットということになると現在ではPDFということになるのだろう。まだ統一見解にならないが、この1〜2年のうちには統一フォーマットになるだろう。また保存すべきデータベースのデータはデバイスフリーが前提になるのだからXMLデータでなければならない。
すなわち、デザインデータそのものではデバイスフリーにならないので、印刷技術を用いて印刷用データに変換しておかなくては使用できないということだ。DTPの技術は一般社会へ解放されたが、印刷用データベースの作製技術は一般に解放されるものではない。勿論、将来は印刷界でもマルチメディア対応を求められるし、XMLデータや通信ネットワークの知識は印刷界より情報処理関係者の方が強くなるだろう。しかし、その一方で、データ出力装置としての印刷関連設備と印刷物そのものの多様化、印刷生産様式の多様化は一般人の想像をはるかに超える技術大系を持っていることを忘れてはならない。

3)プレートからイメージキャリヤへ

従来のPS版は機能としては昔の平凹版と同じように、インキの転移機能が重視されていた。すなわち非画線部のアノダイズ性能や画線部のインキ転移性能が問題であった。イメージ形成はイメージセッタを通して出力されるフィルムが主たる機能を持っていた。フィルムからPS版への画像転移は、少々の点減らし機能をもっているものの、単に1対1の光学的転写を行っているだけで、技術的な価値を持っていなかった。
そこで、PS版はインキ転移機能だけが重視されたのであるが、良く考えて見ればPS版は名前の通り pre-sensitized (事前に感光性を附与された)アルミ板であって、フィルムと同じ機能を持っているものだ。それなら、PS版にイメージセッタの出力機能を持たせるべきだということになる。すなわち、データ出力装置としてのイメージセッタは今度はプレートセッタが代行することになる。

ここでPS版の機能はインキ転移よりイメージキャリヤ、またはデータの出力媒体の機能に重心を移すことになる。このこと自身は技術的には大した話ではないのだが、ワークフロという観点から見ると大変なパラダイムシフトが行われたと言いうことになる。この技術はCTPという現在の流行技術である。

どこが違うかというと、フィルム使用の技術システムとフィルムレスの技術システムとの違いである。フィルムを使用する場合はフィルム出力をA2サイズ以下で行い、PS版への焼付けはステップマシンによる反復露光や、フィルム上での増し版作成などで行われた。すなわち、データとPS版との間にフィルムが介在したので、フィルムの所を中心に訂正や増し版も含めていろんな作業を行うことができた。色校正も校正用PS版を作成して平台プレス校正もできたし、「コンセンサス」のようなケミカルプルーフも利用することができた。フィルムが介在したお陰でいろいろと融通のきくワークフローを作ることができた。

PS版がCTPによりフィルムレスのワークフローでデーターダイレクトのイメージキャリアになると様相は一気に変ることになる。面付け作業も色校正もディジタルデータを直接使っての作業になる。A全版ならA全という印刷版の大きさに合わせたパーフェクトな印刷データの作成が原則として必須作業になる。そこではフィルムを使うような作業の中途での修正など融通のきく作業は一切許されない。全く新しい印刷技術パラダイムが誕生したと考えるべきだ。

4)digital printing の登場

社会全体が多様化する、そうなれば印刷物も一件あたりは小部数化するし、場合によってはone to one で個人向けの印刷物も必要になる。こうなると印刷の定義そのものを変更しなくてはならない。文章や画像を一枚または数枚表現するのは著作活動、創作活動であって、印刷とは複数または多数複製する行為をいうのだから、one to one 、または極小部数印刷ということになると、従来の印刷方式と異なる方式が必要になるのは当然のことだ。
それを可能にしたのは電子印刷である。電子印刷はコピー機として日常的に使われていたが、単色であるのと社内事務用の複写機の域を出なかったため、プロの印刷業界からは異質なものと考えられていた。最近、1993年にインディゴ社からEプリントが、ザイコン社からクロマプレスが、ゼロックス社からDocuTechが発表されてから様相が一変してきた。セイコーエプソンのカラープリンタは既にプロユースに充分使えるものになった。特に2000年のDRUPAではXerox社が電子印刷をプロ用の印刷設備として市民権を得ようと、大デモンストレーションを行った。こうして電子印刷、デジタル印刷が印刷界に本格的に登場した。

しかし正直の所、小部数の印刷マーケットがはっきりしない。いま流行の個人史出版や出版社の小部数印刷はページ物であるから、紙折り、製本などの後加工のことを考えると紙の小サイズ印刷より全判の大サイズ印刷の方が便宜的だし、出版社にとってのメリットも経済的にもう一つはっきりしない。絶版本の復刻版印刷にと東日販の取次会社が呼びかけているが、多様化社会においては絶版本の価値はどんどん小さくなる一方だ。歴史価値だけを求めるのなら印刷するより図書館へ行った方がよい。

2000/10/15 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会