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技術進歩で変わる印刷の権利帰属と企業責任

印刷データの所有については従来の印刷原版以上に強い関心を抱いている。これは印刷業だけではなく発注者側も同じである。デジタル化によって以前の印刷原版とは意味合いが違ってしまった。当然印刷会社としては、権利は権利として所有権を正しく認識することが重要である。しかし、それがビジネスを保証してくれるものではなく、また、それ自体が情報技術の変遷の中で、形骸化するかもしれない。これからは自らが権利の主体になる覚悟でビジネスをしなければならない時代である。
知的財産権が国家、あるいは企業戦略として重視されはじめてから久しくなるが、ますますその比重は高まっているといえる。そのことが良いか、悪いかは別にして、情報の技術革新とそのビジネスモデル、それを取り巻く権利義務は一体となって動いているものである。昨今の厳しい経済状況とデジタル化の中でどの企業も知財権動向には戦々恐々とした状況にある。ことに「ビジネスモデル特許」についてマスコミがセンセーショナルに書きたてたことで、法務は戦略部門の最前線となってしまった。印刷業でも結構真剣なテーマとなってきた。これからの事業展開のなかで、デジタルコンテンツを含めたデジタル資産をどう築くかである。対クライアントだけでなく同業者あるいは協力企業間においても同様である。従来型の印刷事業では知財権あるいは所有権(印刷原版・デジタルデータ)との関わり方は最も消極的対応で済んだ。つまり受注産業という立場を貫き、主体性を表面にださないことで、無難な位置にいることが却ってよかったのである。しかしこれからは、情報の価値、ビジネスの仕組み、作業の質の違いなどから、積極的に関わらざるを得なくなった。たとえば、その良い例が一部の金券・有価証券など特殊なものを除いて、印刷物が不正利用されても直接印刷会社には関係がなかった。

ところがデジタルコンテンツの制作、配信にあたっては、偽造防止は印刷会社の技術力・信頼性を示すものであり、不正利用防止の責任を負うのが自然の流れとなり、被害が発生したときには、法的責任云々とは関係なく、一次的な対応を迅速に行う必要があるという。

一方、知的財産権ではないが、昔からクライアントとの間で中間生成物としての印刷原版の所有をめぐって生々しい問題がある。しかし事が起これば死活問題?になるのもかかわらず、相手に伝えるべき見解を正しく認識していないことが多い。また自社の一貫したルールや営業教育がなされていない。最終的には政治的解決になると思うが、基本があっての応用動作でなければならない。

今年の春に日本印刷産業連合会から発行された「印刷産業におけるデジタルコンテンツビジネス」に関する調査研究報告書の中に「印刷用デジタルデータの権利帰属に関わる問題」(76p〜78p)が印刷業界の見解としてまとめられている。その骨子は以下の通りである。

●印刷データと著作権
『・・…印刷事業者が編集やレイアウト、デザインなどをコンピュータ上で行った箇所について著作物性が認められるときは、その部分にかかる印刷データの著作権は原則として印刷事業者に発生することになる』

●印刷データと所有権
『印刷データは、・・・・…印刷事業者によって作成される中間生成物である。・・…請負契約の目的である印刷物を完成させるための材料あるいは手段であるという点においては印刷原版とまったく差異はないため、印刷データの所有権は印刷原版と同様に印刷事業者に帰属すると考えるのが一般的であろう。・・・・…』

●印刷データの保管・引渡しと所有権の帰属
『印刷データの所有権問題は、・・・…引渡しや保管の要請というかたちで顕在化することが多い。
 (1)印刷データに関する費用負担
得意先が印刷データに関する費用を負担している場合であっても、・・・…印刷データの所有権が得意先に帰属する根拠とはならないと考える。例えば、製版代は、・・・・・…印刷事業者が投入する技術またはノウハウにかかる使用料もしくは加工料であり、製版フィルムそのものの対価ではないとされている。
・・・・…データ作成費、印刷データ処理料などいわゆる印刷データに関する費用についても・・…加工技術の対価として計上されるものであり、印刷データの所有権移転の対価を意味するものではない。

 (2)印刷データの保存義務
印刷データが取引完了後も消去せず保存される場合があるいが、その事実をもって・・…得意先からの暗黙の依頼によって・・・・…保存されていると解することはできないと考える。・…印刷事業者が自らの裁量により、・・・…再版に備えて受注確保の観点から保存されるのが通常である。 ・・・・…印刷事業者が自らの印刷データの所有権行使の一例として行っている・・…。

 (3)印刷データの処分権限
・・・…廃棄処分にあったては、得意先に事前に連絡したり・・・…得意先に引き渡したりしている場合があるが、その事実をもって印刷原版の所有権が得意先に帰属していると考えることはできない。・・…印刷事業者が事前に・・…打診することは、・…印刷事業者の自由裁量に基づく・・・…。

(4)印刷原版の裁判例における考え方の援用
印刷データの引渡し問題にかかる裁判事例は現在のところ確認されていないようである。しかしながら、・・・・…請負契約であること、・・…目的が印刷物であって・…、…商慣習に特段の変化が認められないこと等から考えると、印刷原版にかかる裁判例は・・…印刷データの所有権問題ならびに引渡し問題を考えるに際してきわめて有効な指針になりうるものであると考えられる。・・・・・・…』


最終的には2者間の契約問題であるが、この見解は印刷会社、とりわけ管理者、営業・企画担当者にとって重要な共通認識である。この見解をしっかり社内に浸透させていただきたい。個別対応はこの見解に基づいて行うべきである。

しかし、一方で考えなければならないことは、上記の見解、解釈は時代の変化、技術の進歩によって変わる可能性もあり、有名無実になることもある。実際、所有権の主張による印刷原版、印刷用デジタルデータをビジネスの価値として維持し続けるには非常に厳しい時代である。守りの知恵にすがるだけでなく、自らが権利主体となる新しい枠組みへ、積極的にチャレンジする方が得策である。当然その表裏として責任体制、リスク管理を徹底しなければならない。

初めに述べたようにビジネス環境やサービス内容が変化している中にあって、その方向へ向かわざるを得ないのが現実であろう。

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2000/10/21 00:00:00


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