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情報ネットワークでカオス的印刷経営から脱出

塚田益男 プロフィール

2000/10/23

第1回 Print Ecology(印刷業の生態学)序論
第2回 印刷における個体企業の生態学 ニッチ戦略
第3回 環境の激変 パラダイム・シフト
第4回 企業中心社会、工業化社会から情報化、グローバル化社会へ
第5回 市場経済化について
第6回 技術のパラダイムシフト
第7回 経営思想のパラダイムシフト
第8回 コーポレートガバナンスと、印刷業の群集

e)経営管理のデジタル化

経営管理といっても、原価管理、利益、財務、生産、労務、人事などいろいろな管理がある。私は昔から労務や人事管理というものは、管理者や企業トップの管理思想、ヒューマニティが先づ根底にあって、その具現化が労務・人事管理というものだと思っている。経営環境や一般経済の好、不況というものは常に流動的で何が起るか分らない。そのたびに右往左往していては管理などできるものではない。

私たち経営者は50数年前、終戦後の10数年間はげしいインフレと共産化し、アナーキスト化した労働組合との間にはさまれて本当に死にもの狂いの努力をした。労組との交渉の時、共産系組合とでは社会思想が異なるから合意ということは基本的にはあり得ない。それでも上部組織がしっかりしているから妥協ということはあり得た。
アナーキスト集団は個人の権利を絶対化し、神格化しているし、あらゆる社会的権威を認めないので、時々は暴力化した。いくら話をしても妥協も存在しない。あるのは闘争の勝ち敗けだけである。

いろんな経験の中で私たち経営者が学んだことは、労務や人事管理というものは、人間と人間の生のぶつかり合いであり、その中から人間社会、労働社会、職場社会を少しでも良い雰囲気に変えて行こうという行為だと思っている。給与や休日数、勤務年数などを計算すること自体は管理でも何でもない。従業員一人一人のデータベースの中に、個人との話合いや職歴の中で生れた新しい情報をインプットすること、それこそが管理だと思っている。

印刷会社の原価管理については昔から多くの人が挑戦してきた。そして貴方の会社では原価管理をしていますかという質問をすると殆どの人がしていると答える。中身を調べてみると、用紙仕入れ、外注仕入れと請求額との差益を記帳しているだけで、社内加工分についてはそのままである。社内加工分については殆ど行われていないが、中には、真面目に努力しようとした会社もあった。工程別にマシンアワー、マンアワーについて単位コストを算出しておいて、受注一件ごとに工程別の所要時間を計測し、それに単価を掛けて積算するというものである。最近ではこうした努力が経営上労多くして何も役立たないことが判ってきたので、社内加工分については原価管理を行う会社は殆どなくなった。

私は昔から印刷界における原価管理反対論者である。原価管理の方法が間違っているなどと言うのではない。努力が報われないようなことをすべきではないといっている。印刷会社の工場管理をした人なら誰だって知っていることだが、印刷は受注生産、短納期、高品質、多種少量、工程可変、部品調達と複雑を極めた生産形態である。しかも短納期は想像を絶するもので、pre-press部門も press部門も一日のうちに2〜3回もスケジュール表の組み直しを行っている。得意先の校正がまだ終らず下版が遅れている、部数決定が最終段階になっても決まらず用紙手配ができない。洋紙店からの運送が遅れて、印刷機は紙待ち休止である。その他にも版待ち休止、機械故障の休止、用紙品質不良による操業率低下、得意先出張校正による休止時間、印刷設備閑繁状況による機械どり予定変更(全判予定が半切へ)・・・・

印刷工場だけでも標準化できない理由は日常的にいくらでもある。同じ印刷機でも一日の加工高が昨日は20万円、今日は5万円。そして従業員の作業時間は、5万円の仕事をしている時の方が多いのである。同じことが prepress部門でも、後加工部門でも発生している。こういう状態が良いとか当たり前だといっているのではない。標準化への努力は常に行わなければならないし、そのために多くの会社でISO取得の努力が行われている。しかし、標準化できない理由の殆どが企業外部で発生しているし、仕事の内容自体が情報化社会の発展と共にますます短納期、複雑になっているから、完全な標準化は百年河清を待つようなものだ。

私は印刷経営が複雑系の経営体であり、外部要因で動かされるカオス系の経営体だと思っている。原価管理はできなくて結構、それより利益管理という均衡点の模索のシステムを作るべきだと思っている。そのためには社員の自己組織化の環境を作らなければならない。私はそれを ing 展開だといっている。社員一人一人が自由な意志(ing)を持って行動すること、そして、その行動が Holonic function(全体子機能)を持っており、企業の組織化と、社員の自己組織化が暗示の中で合体することにより、全く新しい企業組織に変態する。暗示のエネルギーになるものは技術の蓄積と変態であるが、それを可能にする前提になるものが、ing思想による社員個人を巻き込んだ利益管理システムだと思っている。私はそれをPMPシステム(Profit management for printers) と名づけ、20数年前に原型を作り、Computerの発展とともにシステムのソフトをレベルアップさせてきた。営業部のingは pricing であり、製造部社員のingは costingである。社員が技術を習得し、同業者との競争の中で自己の再発見をし、得意先とのコミュニケイションの中でニッチの拡張を行い、改善、改良のなかで新投資の機会を作り出す。

私はこのPMPシステムを印刷界の中で普及させようとJAGATの諸君に教え、普及に努めてもらったが、実際はほんの少々の会社だけで普及にならなかった。理由は簡単なことだ。受注伝票、各種作業伝票の発行、データ記入、回収ということが100%正確に行えること、伝票のデータをコンピュータ処理するアプリケイションソフトを作ること、会社のワークフローを徹底的に社員に教育し,PMPの結果は管理者は勿論、社員にフィードバックすること・・・・・これができなくてはPMPシステムは動かない。まして社員の自己組織化、自己暗示化もできないから印刷経営という複雑系、カオス系の経営システムからの脱出、克服など、できるわけもない。

drupa2000では、印刷経営のワークフローについて大きな提案があった。一つは生産技術データ転送フォーマットを prepress, press, postpress の三部門で共通に使えるように規格化しようというものだ。生産部門全体を統合するワークフローを作ろうというもので、CTP3/CIP4というフォーマットである。(Collaboration for Integration of Prepress,Press, Postpress)。prepres で作られた色分解情報、ページ編集情報、面付情報などが印刷部門や製本部門などにも共通して流され、後部門の生産設備をそのデータに基づき自動コントロールしようというものだ。
一方、PJTF(Portable Job Ticket Format)というのも発表された。これはJob Ticket(各種の作業伝票)にKey in されている沢山の情報を使って、各プロセスのワークフローを運用したり、経営管理数値を作ろうというものである。私はかねて経営数字の発生源はJob Ticket だと思っているので、フォーマットが標準化され、ネット上のすべてのWebブラウザで作業ができるようになれば、請求書作成をはじめとする沢山の営業管理も、部門別の利益管理も容易になる。各社別にアプリケーションソフトは作らなければならないだろうからコストもかかるだろうが、こうした情報ネットワークができれば印刷会社の経営は一気に21世紀型になる。多分、現在のカオス的印刷経営を脱出する自己暗示的、自己組織化の新しい印刷経営像をイメージすることができるだろう。

2000/10/23 00:00:00


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