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印刷業のニッチの変質

塚田益男 プロフィール

2000/10/26

第1回 Print Ecology(印刷業の生態学)序論
第2回 印刷における個体企業の生態学 ニッチ戦略
第3回 環境の激変 パラダイム・シフト
第4回 企業中心社会、工業化社会から情報化、グローバル化社会へ
第5回 市場経済化について
第6回 技術のパラダイムシフト
第7回 経営思想のパラダイムシフト
第8回 コーポレートガバナンスと、印刷業の群集
第9回 経営管理のデジタル化

5.印刷個体群と印刷産業の群集
5-1 個体群と群集のニッチ(niche)
a)印刷社会の個体群

昔の印刷界は個体群の境界が明確だった。活版印刷業、平版印刷業、スクリーン印刷業、軟包装グラビア印刷業、シール印刷業、軽印刷業などである。また工程別専門業者にしても、雑誌製本業、書籍製本業、事務用品加工業、紙器加工業、写凸製版業、鉛版鋳造業、活字鋳造業、写真製版業、表面光沢加工業、平版刷版製版業、ビジネスフォーム印刷業など非常に広範囲の業者群がいた。沢山の個体群があって印刷界は賑やかだった。そして、これらの個体群は業者団体を作り、親戚同志の付合いをしていた。

業種個体群 − こうした個体群同志は仲間意識が強いのと、守備範囲(動物なら食物志向)が明確だから、「住み分け」もきちんとしていた。それぞれの個体群(業者団体)の生産技術や設備が閉鎖的で、専門的だったから、真似をすることが難しく、従って業者間は相互依存の関係にあったので、「住み分け」が可能だった。

ニッチ行動 − 印刷界でも個体や個体群はそれぞれのニッチを明確に持っていた。印刷界の中ではお互いに住み分けていたから、ニッチを荒らされるようなこともなかった。印刷界と製版業界、製本業界また印刷界の中でも書籍本文印刷業者、端物印刷業者、商業印刷物専門業者などそれぞれのニッチ分野を持って住み分けていた。ニッチを荒らすようなことをするのは、印刷界とは血統が異なる、すなわち遺伝子が異なる業者からのものだった。製紙業、広告業、新聞業、出版業、デザイン企画業などの業界が印刷界の周辺にあって、それでいて血筋や生まれが異なっているので印刷需要、印刷業のニッチを荒しやすい。

そのような時には印刷業者はニッチを守るために、丁度、動植物が群れや群落を作るように団結するものだ。シマ馬、アリ、蜂、カラスさえ集団行動をとる。異常な天敵が出現したのだから抵抗するのが自然の営みである。ところが最近では個体群のニッチが不明確になってきた。際(きわ)が融けてきた、業際がなくなりつつある。いろんな理由があるだろう。それらについては後述することになるが、もっと困ったことは印刷業のニッチが変質したのではないかということだ。

製紙会社、旅行代理店、広告代理店、デザイン・企画会社、家電メーカーなど多くの印刷アウトサイダーが印刷会社を設立する。その印刷会社は自社の仕事だけでなく、一般印刷の受注のために営業活動をしている。本来、大手印刷会社は天敵出現とばかりに、争わなくてはならないのに、逆に尾を振って営業マンが仕事を取りに行く。大手印刷会社は仲間の中堅印刷業者とは争うくせに、天敵には尾を振るような行為を行う。どこかが間違っている。多分、印刷会社のニッチが変ってきたのだろう。

印刷会社の社会的存在価値は受注に応じ印刷物を生産し、それを社会に提供すること≠ナある。そして社会への窓口は発注先、得意先であるから、得意先へのサービスにこそ印刷会社のニッチ(生存分野)がある。中小の「下請け印刷業者」の存在価値は直接、社会とは結ばれていないから、ニッチは印刷の一次受注業者へのサービスにある。大手印刷会社が下請印刷業者と同じことを、ただ印刷会社と資本系列が違うというだけで、尾を振って営業活動をするというのは如何なものだろう。大手のニッチは中小下請業者と同じく、ただ単にオフ輪という印刷設備を廻すことにあって、得意先は問わない、敢えて選別するとすれば、その会社の親会社の資本系列が印刷以外ならよいということになってしまう。印刷業者はどうも社会的に卑屈である。大手印刷会社だけでも、印刷界だけでなく、社会的にプライドを持って欲しい。

2000/10/26 00:00:00


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