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規模別に考える印刷業者同志の「住み分け」

塚田益男 プロフィール

2000/10/30

第1回 Print Ecology(印刷業の生態学)序論
第2回 印刷における個体企業の生態学 ニッチ戦略
第3回 環境の激変 パラダイム・シフト
第4回 企業中心社会、工業化社会から情報化、グローバル化社会へ
第5回 市場経済化について
第6回 技術のパラダイムシフト
第7回 経営思想のパラダイムシフト
第8回 コーポレートガバナンスと、印刷業の群集
第9回 経営管理のデジタル化
第10回 個体群と群集のニッチ

b) 「住み分け」とタテ型分業
「住み分け」 − 企業規模別ニッチ

印刷会社でいつも問題になる言葉は、この「住み分け」という言葉だ。異業種個体群すなわち関連業界同志の「住み分け」は別の項で述べることとし、ここでは同種個体群すなわち印刷業者同志の「住み分け」について規模別に考えることにする。もし印刷会社で「住み分け」など存在しないと仮定したならどうなるだろうか?
印刷需要を受注するのに、大中小、それぞれの規模の業者が平等に受注能力、受注機会を持っているということを意味する。週刊雑誌を小企業者が受注して大手印刷業者に下請けに出したり、名刺、葉書きのような端物印刷物まで大手印刷会社が小企業と競争して受注する、そして発注者もそれに満足して発注をする。こういう受発注形態が日常的に印刷社会に存在するなら、「住み分け」という言葉は存在する必要がない。

その反対に「住み分け」が完全に行われるという印刷社会を想定できるだろうか?「住み分け」という以上、印刷会社をいくつかの群れに分けなくてはならない。業種別に分けるのなら可能性もあるが、問題になっているのは規模別の話だ。中規模印刷会社の受注カテゴリーだと思っている仕事に大手が安値で攻めこんでくる。同じく小企業の仕事に中企業が入ってくる、どうにかならないかとういう話だ。
印刷需要は多様化している上に受注生産である、需要自体を印刷規模別に分類することは全くできないし、印刷企業規模群を需要や生産の「住み分け」のために分類をするということもできないことだ。まして、最近のように技術変化が激しく、需要の内容も、生産の方法もどんどん多様化している状況では、需要や企業規模の分類などできる訳もない。

今からもう30年以上も前のことだ。私が中小印刷業の構造改善計画を作成していた当時、ある大手印刷会社の社長と「住み分け」について話し合いをしたことがあった。定期刊行物については○○万円以上、随意契約については○○万円以上の印刷物については中小印刷界は手を出さない。その反面、一点○○万円以下の印刷物については大手は手を出さない。その中間の印刷物については競争を認めるというものだった。今日とでは需要や設備環境が全く異なっているから、話にもならないが、当時はまだ可能性のある話だった。その話も「面白いね!」というだけで終ってしまった。「住み分け」を人為的に行おうとすることが土台無理な話なのだ。

それでも私は最近、印刷経営者が自分の会社の経営数字を真面目に分析するならば、自ずと「住み分け」のための数字が見えてくるはずだと言っている。その数字のことを私は「住み分け係数」と名づけている。係数の数字は販売一般管理費の対売上高比率である。この数字はどこの会社の損益計算書にも必ず出ている。

(表1)中小印刷業工業組合員の経営動向調査(全印工連)

(対売上高)

1988

1998

販売一般管理費比率

17.10%

20.30%

営業利益率

5.00%

3.40%

(表2)TKC税理士協会(平成11年版)(平成10年1月期〜12月期)
一般印刷業、黒字企業1032社、売上規模別(百万円)

売上規模

件数

平均社員数

販管比率

営業利益率

黒字企業全体

1032

22

21.3

3.6

5〜 50

163

4

42.9

3.3

50〜 100

196

7

34.3

2.4

100〜 250

276

12.4

30.1

2.3

250〜 500

203

24.3

24.2

3.5

500〜1000

116

40

21.5

3.8

1000〜2000

42

67.1

19.3

3.2

2000〜3000

14

117.1

19.3

5.4

3000以上(4870)

22

147.5

14.4

3.9

(表3)東京上場10社
(大日本、凸版、共同、図書、日写、光村、野崎、三浦、光陽、広済堂)

1999年上期

大日本、凸版

他8社

販売一般管理費比率

9.6

13.3

営業利益率

4.6

4.4

これらの表から、いろいろなことが分るのだが、私は日常、この他にも多数の表をみているので、それらから次のように推論している。

1.販売管理費比率は需要の多種小量化が進行するのに従い、大きくなってきた。一部上場会社でも20年以上前は7%台であったが、今日では10%前後になってきた。需要の多種少量化により営業費用が大きくなるだけでなく、技術変化や環境対策などの要因も増加するので、今後ともこの比率を下げるのは難しい。ところがこの比率が1%上がれば営業利益率はその分だけ下ることになる。利益率を下げないようにするには製造原価を1%下げなくてはならない。長期的に見るなら可能だが、短期的に生産性を上げるとなれば、大変な設備投資が必要になる。

2.販売管理費比率は大会社なら小さく、規模が小さくなるほど大きくなる。私の見た所、一部上場の大手印刷会社は10%前後、二部上場の印刷会社は15%前後、50〜100人規模なら20%前後、20〜50人規模なら25%前後、10〜20人規模なら30%前後ということになるだろう。 このように規模によって販管比率が異なるということは、規模によって取り扱う印刷品目が異なるということを意味する。仮に100ページの印刷物を受注したとしよう。prepress、校正、印刷、後加工、納品までの営業活動は受注した部数に関係なく、殆ど変らない。すなわち、一部上場会社の平均受注部数が10万部、二部上場が5万部、100人前後が2万部、50人前後が1万部だったと仮定すれば、販管比率が上記のようになっても不思議ではない。まして50人以下になれば管理費の比重が大きくなるから、益々販管比率が高くなる。

私が「住み分け係数」として販管比率のことを言うのは正にこのことである。一部上場会社が中小企業の仕事に手を出せば販管比率で10%も高くなる。その上にその仕事は合理化効果もないから製造原価で吸収することもできず、間違いなく赤字受注になる。現在の印刷界ではこうした赤字覚悟の受注合戦が、大中小、入り乱れて行われている。誠に経済の合理性を無視した情けない状況である。

3.大手はこうした仕事を社内生産すれば大赤字になることは目に見えている。そこで生産管理部は中小企業に一定の利益幅をとって下請に出す。ところが中小企業と争って、中小企業以下の料金で受注したものだから、それ以下で下請に出せば中小企業は当然赤字になる。そうした安値受注は得意先から見れば、大手企業なら可能な料金水準ということになり、安値が業界に定着することになる。これは一番困ることなのだ。

次回は、タテ型分業

2000/10/30 00:00:00


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