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小規模業者の打撃

塚田益男 プロフィール

2000/11/11

第1回 Print Ecology(印刷業の生態学)序論
第2回 印刷における個体企業の生態学 ニッチ戦略
第3回 環境の激変 パラダイム・シフト
第4回 企業中心社会・工業化社会から情報化・グローバル化社会へ
第5回 市場経済化について
第6回 技術のパラダイムシフト
第7回 経営思想のパラダイムシフト
第8回 コーポレートガバナンスと、印刷業の群集
第9回 経営管理のデジタル化
第10回 個体群と群集のニッチ
第11回 住み分け − 企業規模別ニッチ
第12回 タテ型分業
第13回 印刷産業の群集 ヨコ型分業

5-2 ニッチ(niche)の崩壊
1)古いパラダイムの崩壊
a)小規模業者の打撃

多くの印刷業者や関連業者が、現在では大変な経営困難に陥っている。長い間守ってきた自社のニッチ(生存分野)が音を立てて崩れていく。長期不況が第一の原因だがそれだけではない。小企業という個体群は昔は不況でも強かった。中企業が不況で困難な経営を強いられていても、小企業の業者数は余り減らなかった。
勿論、新陳代謝の一番はげしい階層で、個々の経営体では大変な苦労が絶えないのだが、小企業用のマーケットは健全だったので、常に新しい起業家が生れてきた。事務用印刷、業務用印刷という末端のオフィス需要や、名刺、ハガキとう個人需要、季節需要は不況のときでも根強かったからだ。最近ではそうはいかない。

個人用のコンピュータにもカラープリンタが接続できるようになったし、オフィスではコピー機だか印刷機だか判らないようなデジタルプリンターがどんどん普及している。drupa2000の会場でもXerox社がDocuTechのvariable printerで小冊子、小部数の事務用、業務用印刷に火をつけただけでなく、DocuColorでカラー印刷の小部数印刷にも参入しようと試みた。勿論、Heidelberg社もだまっていない。Nex Pressというデジタルプリンターを開発し、小部数印刷分野に乗り出した。他社も乗り遅れまいと進出する。Canon、Scitex、DS、EPSONなども強いコンペティターになる。

従来の小企業のマーケットは変質してしまった。インハウス・プリンティング(社内印刷)がどんどん増えるだろう。従って需要そのものが減ってしまう。また、中小の発注者はプリプレスのデータ処理は自社で行うにしても、印刷、加工という工程は面倒だし、設備も高額になるから、しかるべき印刷会社へアウトソーシング(外注)をするだろう。しかし、殆どの小企業者はデータ処理が苦手だから、コンピュータに強い新しい小印刷業者と世代交代することになるだろう。
その新しい小印刷業者とは誰だろう。最近、どこの都市へ行っても必ず目につく看板がある。KINKOs、Office Depo、Office Mac などのアメリカのクイックプリンターのチェーン店や東京リスマチックのチェーン店だ。店は小さいが会社は大きい。それらの会社が小企業のマーケットに入り、代行することになる。こうして古いタイプの沢山の小企業者のニッチ(生存分野)は急速に小さくなっていく。

その上、コンピュータリゼイション(コンピュータ化)が社会生活の末端まで普及し、インターネットによる文書送信も自由になった。最近、社会ではディジタル・ディバイド(digital divide)という言葉をよく使う。コンピュータやインターネットを使える人と使えない人を分けるという意味だ。多くの高年齢者は後者の方だが、小印刷業者も後者の方だろう。
小企業者は新しい情報化社会に適応できないとなれば、ニッチは小さくなり、従って、小企業者の数は着実に減少する。米国の印刷界でも2006年までに30%は減少すると言っている。経済が右肩上がりの米国でも、そうした減少を予測しているとなると、経済がメルティングサン(melting sun)すなわち融けていく太陽のようだと批判されている日本では40%以上の減少を覚悟しなくてはならないのだろうか?

b)印刷需要構造に異変

昔からの印刷界の需要供給パターンすなわちパラダイムに異変が起った。この20年間に印刷需要に何が起ったのかといえばマンガ、文庫、カタログ、チラシ、金融関連印刷物の需要増だろう。大企業とオフ輪所有の一部中堅印刷業者では生産システムを整備し、時代の変化、需要の変化に対応し、ニッチ拡大に努力をした。どれもパラダイム異変だったが。従来のパラダイムが崩壊し、新しいものに変ろうとする、いわゆるパラダイムシフトというほどのものではない。

印刷界の特定の個体群に影響したわけではないが、多くの印刷業者に影響しているものがある。それは社会システムのパラダイム崩壊に関連するものだ。過去50年間にわたって作られた日本経済のパラダイムの一つに、行政主導の護送船団方式と規制行政があった。経済事業に国は関与するなといわれて久しいが、まだまだ土建業界や郵政事業、運輸、農林、文部そして再販売価格維持制度などに規制行政が残っている。

それでも金融界、証券、生保、損保、などの業界は殆ど自由化されたので業界は外資も含めて合併が繰り返されている。その中で金融界の需要構造の変化が起るのは当然で、関連業界はどこも困っている。流通、小売業界では大店舗規制が緩和される中で、街の商店街が消滅しようとしている。それでは大型のデパート、スーパーが栄えているかといえば、これも四苦八苦の状態。経済界全体に新風を入れる必要があるが、多くの業界が自由化、情報化、グローバル化というパラダイムシフトのエネルギーに翻弄されている。

出版界も前述した通り、再販売価格維持制度があるために、版元、取次ぎ、書店という強いもたれ合い三角形が可能であったが、それを長期間行ったために内部が成熟化し、それが患して自壊作用を起している。印刷界にとっては主力得意先の不安定が一番困るのだ。携帯電話に生活費、教養費などの節約を強制され、出版不況、カタログ販売の不振、デパート、ホテルの経営不振、マンガやカラオケまで影響を受けている。多くの印刷業者が、需要減に苦しんでいる。

そのための過当競争も深刻だ。バブル時代もう一度と思うだろうが、そんな時代は二度と来ない。長い間、印刷経営の中で築いてきたnicheを新しいnicheに作り変えなくてはならないが、そんなことは3年や5年でできることではないし、第一、どのようにして作り変えるのか、どんなnicheにするのか、方法論も、戦略も、戦術も分らない。

2000/11/11 00:00:00


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