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日本の印刷界の現況とFAGATの課題 (その2)

第5回マニラFAGAT
情報交流会講演レポート

November 16, 2000

(社)日本印刷技術協会 最高顧問・塚田益男

アジア地域における印刷産業の協力関係について/作業交流の条件

現在は情報化とグローバル化の社会である.IT技術(Information Technology)を使って, Good & Service をグローバルに流通させる時代になった. 私たち印刷産業もグローバルな視点に立ってビジネス展開を行うべきだ.しかしアジアの域内だけでビジネスを行うにも多くの困難がある.
一つは各国の経済的発展段階が異なり, 産業のインフラ整備の状態がバラバラであること.一つはアジア各国の言語が異なっており,印刷物生産の各段階で困難を生ずること. この二つは典型的なものだが,その外に沢山の困難があるので,それらにつき問題の所在を考えることにしよう.

1.日本から見た作業交流の形態と予想される品目
2.印刷物受発注の共通認識事項
3.作業交流の障害
4.生産活動の慣習と技術思想
5.21世紀の技術環境と克服すべき技術課題

1.日本から見た作業交流の形態と予想される品目

  1. 印刷物生産の全工程をアウトソーシング
    * 納期の長いもの − 教科書,辞典類,地図帳,カタログ,その他
    * 労働集約的な印刷物 − トランプ,絵本,POP絵本,パッケージ,その他
  2. 製版作業のみアウトソーシング
    * 手間のかかるもの − 画像のトリミング, 住宅間取り図など.
  3. 現地法人が現地使用の印刷物
    * マニュアル,宣伝印刷物, パッケージ,その他

2.印刷物受発注の共通認識事項

  1. 印刷物の商取引で守るべき最低条件 − 納期,品質,コスト この3項目は最低条件であるから,一つでも守れない時は取引は成立しない.
  2. 印刷の商取引は既製品の大量取引ではなく,オーダーメイド品の加工依頼である.従って発注者,受注者の信頼関係が一番大切である. 納期は常に最短,品質は常に優良,コストは常に低価格というリクエストである. しかもこの3項目にスタンダードがないから,信頼関係がなければ取引は続かない.

3.作業交流の障害

  1. 通信インフラ
    印刷産業が扱うデータ量は非常に大きいので,各国の通信インフラは印刷にとって全く未整備といってよい. 特にカラー画像の送信はデータ圧縮をかけても現在は不可能である.光ファイバーを工場間に整備するのに,日本でも最低3年かかるし,アジア全体では10年近くかかるだろう.
  2. 輸送
    一番の障害は印刷物の輸送期間である.通関処理 にもinとoutで各1〜2日必要なので,東南アジアと極東アジアを結ぶには,船便利用なら2〜3週間,それぞれの域内でも1週間は必要となる.エアカーゴではコストがかかり過ぎる.従って交流する印刷品目には強い制限がかかってしまう.

  3. 紙も大きな障害因子である. 問題点を考えてみよう.
    a) 種類が少ない
    日本の印刷界で普通使用する用紙品目は下記のようなものだ.
    * 中質紙,上質紙,A2コート,A3コート,微塗工,アート紙,片面コート, 晒クラフト,マニラボール,白ボールなど.
    * サイズ/ A列,B列,寸のびA列,寸のびB列
    * 斤量(紙厚)
    * タテ目, ヨコ目(紙の目)
    b) 常備在庫がない
    印刷物の生産企画には紙の抄紙期間は入っていない.ただでさえ印刷物の納期は短いのに,中ロットの印刷物を生産するのにも紙の製造期間を考えていては仕事にならない.
    c) 品質とサイズ
    製造品目が少なくて問題はあるが,製造しているものの品質は良好のようだ. ただし,抄紙後の加工精度(直角精度,寸法精度)については問題がある.
    d) 価格の建値は日本とも同水準だが,10%以上の値引があるようだ.日本でも 購入量によって差があり,大企業と中小企業との価格差は20%以上もある. 東南アジアの価格は供給品目が少ない上に一般物価と比べれば相対的に高過ぎる. 価格を下げる努力をするべきだ.
    e) 輸入税
    最近大分下がって10%位のようだ. 国内の生産が不充分なのだから,輸入は完全に自由化すべきだ.さもないと印刷の競争力が強くならない.
  4. 多くの会社で見られる従業員の作業能力と管理水準
    従業員の作業能力は特に劣ってはいない.劣っているのは作業者の勤務規律や生産性,品質に対する感性,技術水準などであるが,それらは作業者の能力に原因があるのではなく,人事管理や技術管理のレベルの低さに原因がある.
    a) 勤務規律と生産性の低さ
    • 1) 責任感の欠如− 弁解,言い訳が多い
    • 2) 作業進行を限界(リミット)まで伸ばす. 自主管理ができない
    • 3) 作業者間で技術知識の交換をしない.
    • 4) 上司に連絡,報告をしない.
    • 5) 出社タイムカードを押してから作業開始まで時間が掛る(朝食や新聞を読む) 退社タイムカードを押す前に着替えなどの為,早く作業を終了し,退社時間 を待っている.
    こうした勤務規律の甘さのため生産性も低い.これは従業員に責任があるので はなく,これを放置している経営者,課長以上の管理者を教育しない経営者に 責任がある.課長以上の管理者はデスクワーク要員ではなく,作業者と苦労を 共有する現場の指導者であるべきだ.
    b) 品質に対する感性と技術水準,
    レジスター精度の甘さ,色相の違い,水負けしたインキ着肉など,多くの国で 品質に対する感性の低さが見られる. これも作業者に責任がない場合が多い. 作業者に責任追及をしても「仕方がない」という返事だけだ. 本人は一生懸命努力しているので問題点は分からない.設備,技術管理,技術教育が常に一定の水準以上に行われていなければ,品質の維持は難しい.
    設備や技術管理の水準が限度以下に悪い場合は,作業者の品質に対する感性はなくなってしまう.設備や管理の水準を一定レベル以上に保つことは経営者や管理者の責任であるし,このレベルが低くなると作業交流は行えない.

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4.生産活動の慣習と技術思想

アジア各国の生産設備や材料は殆どが輸入品であるため,生産高に対する材料費比率 が高いようだ. このため印刷物の価格が一般物価に対して相対的に高くなり,印刷産業の発展を阻害している. 経営者は設備や印刷材料,用紙などのコストを下げるため,技術のルールを無視し,限度を越して節約に努力している.

  1. 印刷機のローラ交換,ブランケット交換,用紙くわえ爪の交換などは,印刷不能 になるまで行わない.すなわち設備のメンテナンスコストを極端に下げている.
  2. フィルムのコストを下げるため,訂正はできるだけフィルムの切貼り,ストリップフィルムの切貼りで行う.これでは次世代印刷技術がデータ加工中心になると いうのに,いつまで経っても追い付かない.
  3. PS版の材料コストを節約するため,カラー校正は原則として印刷版サイズで行 い,その校正用PSプレートをできるだけ印刷用プレートとして使おうとする. これでは品質管理は全くできないし,訂正があれば結果としてコスト高になって しまう
  4. 印刷用紙は主力材料であるが,種類やサイズ別品種が全く不足している. 本来, 印刷物の企画サイズに応じて用紙選択が行われるのであるが,現状は用紙サイズに応じて印刷サイズが決められることが多い. そのために書籍のサイズもバラバラになり易いし,タテ目,ヨコ目の選択も自由にならない場合が多い. こうしたことが日常的に行われている生産環境の下では,その程度の差に応じて各 国の技術レベルや技術思想に格差が生じ,アジア地域内での作業交流が成功しない.

5. 21世紀の技術環境と克服すべき技術課題

21世紀になっても印刷業者の売上高の70〜80%は従来の「紙と印刷」を主体とするもので,E-ビジネスから発生する売上は20〜30%だろう. E-ビジネスから発生するセールスビジネスは次のようなものだろう.

  1. インターネット web-siteの編集
  2. 顧客リストの作成と管理.各種データの層別と保管
  3. 個人リストのソーティングと印刷物の郵送サービス
  4. インターネット経由の文書のPOD(Print on demand)作成と郵送サービス 従来の「紙と印刷」というリアルビジネスも,IT(Information Technology)には 全面的にリンクすることになる.

● 21世紀の印刷技術環境

  1. 印刷物制作に用いるテキストデータやグラフィック・デザインデータの80%以上は電 子メディア(インターネットを含む)を通して印刷会社に支給される.
  2. 21世紀の印刷業者の主たるビジネスは次のようなものだ.
    1) 支給されたデータのプリフライトチェックと訂正作業
    2) プリント用データへの編集,加工作業.カラー校正,データベース管理
    3) 印刷物の生産,加工.フルフィルメントと配送作業
    4) E-ビジネス関連サービス グラフィックデザイン,企画.POD. Web-siteビジネス.コンサルティングなど.
  3. 印刷物のイメージングはオフラインまたはオンライン(DI)のCTPのセッターを通して行われ,フィルムレスである.従って完璧なプリント用データの作成が不可欠である.
  4. 21世紀には各種のワークフローが統一され,そのためのフォーマットも標準化され る.生産プロセスのワークフローにはCIP3が使用され,経営管理にはPJTFが使用 されるが,将来はこの両者も統合され,JDF(Job Definition Format)になるだろう.
    * CIP3(Collaboration for Integration of Prepress, Press, Postpress) このJob情報には各工程におけるすべての生産情報がかかれており,各工程の自動化や工程間のリンクも容易になっている.
    * PJTF(Portable Job Ticket Format) このJob情報には受注伝票に関するすべての情報が書かれている. 各工程のWeb siteで必要な情報が入力される. 生産仕様,材料調達,進行状況,コスト情報など.・・・・… この情報を分析すれば, 部門別,個人別,得意先別損益状況,受注量,仕入状況など経営に関するすべての情報が容易にとれる.

● 克服すべき課題

  1. 納期
    特定の品目(教科書,辞典,地図など)を除けば,すべての品目で納期は短くなる 一方で,長くなることはあり得ない. 輸出品で一番の課題は輸送期間が長いことで コストだけでは解決しない. 国内配送の場合は,生産システムの合理化や管理体制の強化などにより,納期短縮の余地がある. 納期に対する印刷人全体の規律を強化すべきだ.
  2. コスト
    アジア各国の印刷界では,設備や材料(インキ,PSプレート,用紙)の殆どが輸入品のため,総コストに占める材料費比率が高くなる. 輸入税の撤廃などコストを下げる努力が必要.さもないと人件費に負担がかかってしまい,印刷産業の発展を妨げることになる. 設備のメンテナンスコストや材料コストの負担を避けるために,設備の保守・点検をしなかったり,材料の節約のため,技術システムを変えてしまったりしては,結果としてコスト高になる.
  3. 品質
    品質に対する感性を高めるため,会社全体の規律を強化すること.一定の品質維持が可能になるよう,設備や技術のレベルは苦しくても一定水準以上を保つこと.
  4. 変化に対応
    21世紀の印刷経営は製造業の認識より,サービス業の認識の方が必要になる.サー ビスの内容はデザイン,企画サービス,プリプレスサービス,コンサルティング, 生 産・製造サービス,配送サービスなど多様だが,殆どがコンピュータにリンクして おり,変化が早い. 一度,変化から取り残されるとキャッチ・アップに倍の努力が 必要になる. 従業員,特に管理者に対してはコンピュータの教育を徹底的に行う

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    2000/11/16 00:00:00


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