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印刷経営、今日の不安の正体についての考察

塚田益男 プロフィール

2001/4/23

Print Ecology(印刷業の生態学) 6章までの掲載分のindex
7.カオスからの脱出
メタモルフォーシス(metamorphosis:変態)と環境
パラダイムシフトの特長
不可逆な変化

3. 不可逆なビジネスモデル(不安と課題)

企業中心のビジネスモデル、すなわち右肩上りの経済環境の中で育ったお目出度いモデル、努力すれば報われたモデル、みんなが中流意識、平等意識で疎外感のないモデル、こうしたパラダイムのビジネスモデルは完全に終ってしまった。終ったことは分ったが、新しいビジネスモデルはまだ見えない。

米国印刷協会(PIA)が昨年(2000年)に発表したVision 21 というレポートの中にリディファイン(redefine)という言葉がある。印刷業という職業はどうも昔の定義とは違ってきたのではないか、という疑念から発した言葉だ。もう一度「定義をし直す」べきだというのだが、アメリカでもまだ確定できないでいる。

それだけに今の印刷界の人々はそれぞれいろんな不安を感じている。10年後まで分らなくても、せめて5年後のこと位分りたいと思っている。しかし、その前に何に対して不安を感じているのかを明確にしなくてはならない。経済が悪い、政治が悪い、これは日本人全体が感じている不安感の中でも最大なものだ。これが解決したら、すなわちGDPが年率2〜3%成長し、自民党に代わり新しい政治勢力が出て10年後の日本社会のフレームワークを明確に提示することができたら、印刷界も少しは不安が和らぐだろう。

しかし、印刷界の不安はもっと別次元のものだ。鉛活字が消え、写真植字業界、写真製版業界も消えた。21世紀の印刷業は残るとしても20世紀の姿とは違うものになるだろう。もしかしたら産業の名前も変えなくてはならないかも知れない。どうしてこんな不安が出てきたのだろう。その根元を探らなければ不安の正体が見えないし、課題への自己暗示もできない。勿論、この正体が見えたら次の経営戦略の入口ぐらいは見えるかも知れない。しかし、経営戦略自体は各社の環境が異なるから一様なものではない。それにしても入口さえ見えれば、あとは各社が考えることができるだろう。そこで、ここでは不安の正体について私なりの観点で調べることにする。私の経営環境が諸氏の環境とも違うので、不安へのアプローチも当然ニュアンスの差があるだろう。従って各位が自分なりに不安の正体について考察し、私とのギャップを埋めて下されば戦略の入口はもっと明白になるだろう。

1)印刷機の早回し競争は経営にプラスになるのか?

現在の印刷界は「より早く」をモットーにオフ輪や枚葉8色機などが増設されている。その結果は供給力が需要を上回り超安値、赤字受注が蔓延してしまった。需要量は今後増えないとすれば、オフ輪や枚葉8色の大口印刷需要においては落伍会社が続出し、その結果、需給バランスがとれ、結局、強い会社が残るという、適者生存の論理が働くのだろうか?その場合、赤字水準まで落ちてしまった印刷料金は利益水準に戻るのだろうか?

印刷機を購入する動機は価格競争に勝つためだけだろうか?この戦術では利益が出ないことは分っている。印刷機の購入動機は高品質、短納期、生産性という三つの目的がある。現在のように生産性を目的にすれば前述のように価格競争になるから経営目的が果たせない。高品質や短納期を目的にする時は、印刷以外の工程、すなわちプリプレスやポストプレスも巻込んだ経営モデルを作らなければならないから、印刷機の選択は早回しだけではなくなるだろう。現在の印刷界は狂っているとしか言いようがない。

2)顧客満足を得るには次のような付加サービスが必要だといわれている。これらのサービスは顧客から対価として妥当な料金を請求できるのだろうか?

会社ごとに付加サービスの選択と集中が行われるのだが、印刷経営体に充分な利益が出ていなければ、付加サービスを行う余裕が出てこない。それらの料金体系はどのように作るのだろうか?たしかに顧客は印刷会社にOne stop service 機能を求めている。印刷物を発注したら最初から最後まで面倒を見てくれる印刷会社の方が良いに決まっている。だからと言って各種のサービス行為が無料というわけにはいかない。

Mailing, Fulfillment, Database archiving, Database management, Web / Internet services, CD services, Facility management, Client training / consulting・・・・.

3)北米では企業統合が盛んに行われているが、理由は何か?

・印刷界の前途を楽観していて、The bigger the better と考えているのだろうか?
・前途が不安だからマーケット地域を拡大したいのか?
・特化品目をニッチとしている業者間の統合で間口を広くしたいのか?
・現状は営業、技術両面で人材不足だし、社内教育を待っていては遅くなるので、景気の良いうちに統合した方が売買両社にとって都合が良い。すなわち時間を買うのだろうか?
・不況が続く日本では自分の生残りのことで頭が一杯で、会社の存続や将来のことまで考えられないというのだろうか?

4)CTP、DIの時代がくる

従来の印刷機の値段は億円の声がする程高価だが、実際は文字、画像のデータ出力機でしかない。従って、CTPやDIの話をする前に、データ処理の話が先にならなければおかしい。ところがこの話が既成事実のようになってしまい、さらに複雑な言語やフォーマットの話の方にとんで行ってしまう。そのため技術が独り歩きし、経営から遊離してしまった。

・私もDTP技術は終った、DTPはデザイナーや企画者の普遍的な技術になり、印刷界特有の技術ではなくなったということは認めよう。しかし印刷物を制作するためのプリプレス技術は印刷界専有の技術であることを忘れてはならない。

入稿データのプリフライトチェック作業、不揃いデータ、レイアウトデータの修正、入力作業、PDFデータに変換する作業、DDCPまたは印刷本機による色校正用印刷作業、面付作業とRIP展開作業、本刷前のRIP確認出力校正・・・・・こうした作業はCTPプロセスを行う場合であっても、必要なプリプレス作業であって、価値を無視することはできない。それなのに大手印刷会社の営業マンにはプリプレス作業代は不要ですという人が多い。これは自殺行為というべきだ。

・このプリプレス作業は画像処理、通信技術に関する専門知識を必要とする。しかしこの知識はDTP作業者には不必要な知識である。逆説的にいうと、この専門知識がなければ印刷人と言わないのだが、印刷界は19人以下の小規模事業所が約89%も占めている。このうち何%が専門知識を持っているのだろうか?心配でならない。

5)一般印刷のマーケットは確実に2極化の道を進むだろう。

・一つは大ロットと小ロットの2極化、もう一つは高級印刷物と中級以下の印刷物という2極化である。大ロットのマーケットは大きくなることはないだろうが、雑誌、カタログ、教科書、チラシなどeーメディアとシェアーを争いながら何とか残るだろう。中ロットのマーケットはかなり小さくなるだろう。その代り小ロットにしてリピート生産することになる。在庫の管理費用や廃棄費用を考えると、小ロット、リピート生産の方がはるかに合理的である。しかし、その生産システムはできていないから今後の課題になるだろう。

・品質が中級以下の印刷物はプリントメディア、TV、インターネット、電話、FAXなどのメディア融合の中で、5年も経つと次第にマーケットが小さくなるだろう。高級印刷物は他メディアでは代替できないから健全に残るだろう。しかし、印刷そのものの価値よりも、プリプレス、ポストプレスの価値も含めた総合的な経営モデルが必要になる。そして2極化のプロセスが目に見えるようになるのは、全体としてまだ3年以上の年月がかかるだろう。

2001/04/25 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会