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印刷に内在する、予測不能なカオス要因

塚田益男 プロフィール

2000/12/12

Print Ecology(印刷業の生態学) 5章までの掲載分のindex
6章第1回 印刷経営のシステムは複雑系
6章第2回 複雑系のシステムとは !

2.予測不能な印刷経営

1)多種少量の受注生産

印刷産業は上記のような外部要因による撹乱だけではなく、土台が体質的に受注産業で、日常的に顧客という外部要因との接点が非常に多い産業だから、内部体質の上でも不安定で、予測不能なカオス要因が内在している。
・受注生産とは自分の意志で生産活動が行われるのではなく、発注者の意志に従うことである。
・印刷の多種少量とは物理的に少量であると同時に、短納期で時間的にも少量であることを意味する。
・多種のために生産パターンも数多く、少数パターンの反復生産が行い難い。

2)企画・設計は多くの場合、発注者にある。

印刷側から企画・設計を顧客に売り込むことがあるが、それはレアーケースで殆どの印刷物の企画設計は発注者側で行われる。企画に関する情報はすべて発注者側にあるからである。もし、日常的に企画情報を印刷会社が知っていて印刷物企画を行っているとすれば、その印刷会社は発注者の子会社である場合である。ところが多くの子会社でも、最近は発注者のコスト管理が厳しく、他の印刷会社と競争見積りをさせられている。すなわち、子会社でも企画・設計に入れないでいるケースが多い。

a)標準がないから契約書がない。
顧客は常に品質については最高(best)のものを求め、納期については最も短い納期(fastest)、価格については最低(cheapest)を求めている。それでは品質、納期、価格に標準品質、標準納期というものがあるのか、というと標準がない。アート紙で校了にしておきながら、実際の印刷はA3コートになったり、ひどい時は上質になったりする。再校をとっている納期余裕がない。用紙の品質ムラにより印刷品質のバラつきもでるが、それも許れされない場合が多い。納期は常に最も短く、一日の遅れも許されないが、発注者のミスで刷り直しをする時は2日でも3日でも遅れが許される。全く矛盾した話だが、それが実状だ。それでいて価格は見積り競争で最低価格を要求される。こういう標準のない発注慣習では発注者も契約書がない方が良いし、印刷会社も契約書を作りようがない。

b)商取引は顧客と印刷営業との間で決まる。
実際の商取引は顧客と営業の間で行われる。工場と商取引が行われるわけではない。前述のように、この両者には標準もなければ、契約書もない。あるのは unvisible understanding(暗黙の了解)だけである。見積書はあくまで見積りで、請求書を出した後で値引きを強制されることも多い。校了紙といっても多くは、責了で、校了紙以上の品質を求めて刷出し校正を行うことも多い。実用上問題がないような、ちょっとした品質欠陥でも探し出して値引き対象になる。この「暗黙の了解」を補完するものは両者の信頼関係だけである。それを強化するために印刷会社が行う戦略が、最近はやりのCS(customer satisfaction)である。デザインサービス、ITという技術サービス、ワンスップ・トータルサービス、フルフィルメント(企画コンサルティングからデリバリーコンサルティングまで)その上に、ゴルフ、アルコールまで含まれる。こうした実態がつかめない暗黙の了解の中で、工場側は、振り回されることになる。

3)生産作業も標準化ができない。

本来、製造部門と営業部門との間には、キチンとした契約書があるはずである。品質については校了紙が契約であるし、納期については受注伝票に明記されているし、価格については社内のコストテーブルで決定しているはずである。ところが、肝心の営業部門と顧客との間に契約書がないから、その間に生ずる不確定要因がすべて工場の方へ流れ込んでくる。すなわち品質、納期もオンデマンド(お説の通り)下版予定もオンデマンド、その上、要求項目さえ随時変更される。

a)予定が立てられない。
作業進行は常に無理なスケジューリングの中で行われている。20年前なら営業が「猛特急」という赤い付箋を貼って工場へ流していた作業が現在では当り前。工場はそれでも予定表を作らなければ作業者が困るので無理をして予定表を作っているが、工場管理者は朝、午後、夕方と2〜3回の予定表を作らざるを得ない。コンピュータ処理をしなければとてもできることではない。

b)作業時間が不規則
特急だらけの予定表が最近ではさらにひどくなってきた。土曜、日曜、深夜作業も含めたスケジューリングでなければ消化できないような予定表である。プリプレス部門も、印刷や後加工部門も全くひどいスケジュールである。それでも作業量が一杯あって、土、日曜も含めた4グループ3交替制が組めるなら、それなりのワーキング秩序を作ることができるが、作業量が不足している中で一点一点の作業がそれぞれ勝手なスケジュールを要求してくる。これでは結局、作業時間が毎日、毎日、不規則の連続になってしまう。

c)受注量と生産能力がアンマッチ
品質と納期については常にベストを求められるし、それに対応するディジタルイメージングのワークフローはプリプレスも印刷部門も、どんどん技術革新が進行している。品質も納期も、競争で顧客のニーズに対応しようとしているし、そのためのデジタル投資、8色両面枚葉機、オフ輪などの投資はそれこそサバイバル競争の様相である。それでいて受注量が印刷業界全体でも不足しているとなれば、設備の稼働時間が少くなるし、投資採算がとれなくなる。それでも投資を続ける会社は、最終的に一人勝ちを目的とするのか、それとも生残れると錯覚にとらわれているかのどちらかだろう。

d)前準備作業が常に不足
どんな産業でも一つの生産作業を開始するためには、デザイン、型作り(プリプレス作業)、生産(印刷)、アッセンブル(加工)などのプロセスが必要である。その一つひとつのプロセスは受注内容により異るから、材料の準備、人員の配置、生産設備の選択、内製部分と外注依頼との区分けなど前準備を完全に行わなければならない。勿論、最近では効率を上げるため、生産のループ化、ライン化、などが考えられているが、前述のプロセスや前準備作業が不要になるというものではない。

ところが印刷界の受注内容は最近特に多種少量化している。売上高を維持しようと思えば受注点数を増やさなければならないということになる。そうなれば前準備作業が増加するということになる。しかし前準備作業は機械が行うのではなく、人間の判断業務である。ここを手抜きすると事故が多発するから手を抜けない。そこで営業、作業課、進行課などの社員みんなが無理をすることになる。

2000/12/12 00:00:00


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