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借金して経営する時代は終わった

塚田益男 プロフィール

2000/12/21

Print Ecology(印刷業の生態学) 5章までの掲載分のindex
6章第1回 印刷経営のシステムは複雑系
6章第2回 複雑系のシステムとは !
6章第3回 予測不能な印刷経営
6章第4回 経営管理もできない

3. 経営のパラダイムシフト〜新しいパラダイムを求めて

私は何度も何度もパラダイムのことを書いてきた。パラダイムとは同じ価値観を持つ組織やシステム、思想の総称だから、一つの社会の中にその社会と同じ価値観を持ついくつものパラダイムがあるのが当り前である。その社会を代表するパラダイムがある以上、その中にある各種の組織や機能のパラダイムは上位のパラダイムを補完するものだから、サブパラダイムといっても良いものだろう。例えば工業化社会のパラダイム、すなわち大量生産、企業中心、標準化というようなパラダイムの中では、企業経営のパラダイム、工業技術思想のパラダイムは当然それを補完するようなものになる。企業経営では終身雇用、年功序列型賃金体系、系列化、生産性向上、金太郎飴型社員などの概念が尊ばれるし、生産技術ではスピード、大型化、部品統一、画一化などの概念が重んぜられる。

いま私たちは新しいパラダイムを模索している。工業化という古いパラダイムはバブル崩壊とともに消滅した。新しいパラダイムの第一段階は情報化とグローバル化だということは、ほぼ間違いがないだろう。しかし新しい社会のパラダイムはまだ姿が見えない。バブルが崩壊して10年も経っているのだが、その後始末も完了していない段階では新しい姿が見えるはずがない。銀行も、生保も、百貨店も、ゼネコンも、日本産業の中核をなす金融界、商業界、建設業界がまだまだ不良債権を抱えてフラフラしている。その中でITだといって騒いでいるが、コンピュータ時代はインターネットに進化し、それが携帯電話、iモードと発展した。そしてこの4〜5年のうちにブロードバンドの技術システムに変っていくといわれている。情報化社会の姿は見えているようでいて先が見えない。グローバル化といわれるが、WTOが米国のシアトルでNGOから不信任をつきつけられ、IMFは世界の金融不安の時にとった手法が不適切だと批判された。グローバル化時代の貿易ルールも、金融界のルールも、次の時代が全く見えていない。

パラダイムシフトをしたいのだが、次のパラダイムが不透明だから容易にはシフトできないでいる。特に日本では前のパラダイムが単に工業化社会というだけでなく、日本型企業中心社会という変形した工業化社会であっただけに、そのパラダイム崩壊の仕方が激烈で、新しいパラダイムとの間の谷間も大きくて深いものになってしまった。

印刷界にしても同じことがいえる。印刷需要の先が見えない。印刷技術変化の方向も見えているようで10年先までは読めない。Eコマースと印刷というがEコマースのマーケットが見えない。多くの印刷人がいらいらするばかりだ。

こういう状態をカオスという。混沌とした社会、予測不能な社会、不連続で偶発性の社会。こういうカオスの状態であっても、次のパラダイムの誕生に向って時間は着実に動いているし、社会を構成する各要素も、経営を構成する各機能も、それぞれに次のパラダイムを表現し、同形性を先どりするために新しい自己に向って動き出している。私はこの章では、印刷経営のための各機能がどのような方向へ動きだしているかを語ろうと思う。各機能のパラダイムが見えてくれば、印刷経営全体の次のパラダイムも見え易くなるし、情報化、グローバル化というもっと上位のパラダイムにも接近することができるだろう。

3-1 資本調達のパラダイム

a)間接金融から直接金融へ

間接金融とは
 この問題は何度も論じてきたが、繰り返すに価するほど重要なことだと考えている。正しく金融のパラダイムの話だからである。印刷会社は長い間、銀行頼みの資金調達をしてきた。銀行も10年前は5〜7%以上の金利で貸付けていたのだから、担保さえきちんととれているなら喜んで貸してくれた。私は東京の印刷会社に機械や材料を売ろうとしているサプライヤーの人たちに、昔はこんな話をしたものだ。貴方がたが印刷会社に機械を売ろうと思ったら、その会社の土地や建物が自社所有であること、そして大きな抵当権がつけられていないことを先づ第一に調べて下さい。その次に会社の設立年次を調べて下さい。この二つの情報が適格だったら、印刷会社の事業内容など余り問題にしなくても、どうぞ機械を売って下さい。印刷会社は重たい印刷機を動かすために、どうしても一定の広さの土地を所有しているし、土地の所在地は都市型産業だから市街地にある。印刷会社の土地の価格は印刷会社の売上や利益よりはるかに価値があるし、値上りも早い。従って土地さえ健全なら安心して機械を売って下さい。▼・・・・と言ったものだ。10年以上も昔の話だが真実だったと思っている。

銀行だって同じこと。印刷会社の商売の方には興味はない。一日中あくせく働いても大して利益の出ない商売だから、印刷事業に対しては資金を貸すわけにはいかない。しかし印刷会社の土地はだまっていても値上りする。印刷事業より着実に価値を大きくしてくれるのだから、銀行は印刷事業に信用を供与するのではなく、印刷会社の土地を信用して資金を貸出していたのだ。

情けない話だが印刷経営は「土地は必ず値上がりするという土地神話」のお陰で資金調達ができたし、機械購入ができた。自分の経営能力によって調達できたわけではない。従って、自分は信用されていないのにお金を貸してくれる銀行は何より大切な宝に思えてくる。そこでお正月には得意先より先に銀行へ新年のご挨拶に行くことになる。

資金調達は本来自分で行うものなのに、こうして銀行に代行してもらったから間接金融ということになる。このように工業化社会、右肩上りの成長経済、この時代の資金調達は銀行を中心とした間接金融が常識であり、金融のパラダイムを形成していた。すべての民間資金も銀行を中心にして回転していたから銀行もそうした貸出し業務を容易に行うことができた。土地神話は正に間接金融パラダイムのコアー(核)になるものだった。

直接金融へ
 この土地神話は1991年から崩壊をはじめた。そして10年経った今日でも地価の下落は続いており底が見えていない。銀行は土地神話を信じたために過剰融資を続け、その結果今日の不良債権を山積してしまった。その後の低金利、ゼロ金利という銀行救済政策のお陰で銀行は大幅な業務収益を出し、その収益で不良債権をかなり償却したが、なお続く地価下落と長引く経済不況の中で貸出し残高がどんどん不良債権化し、その処理は今日でも続いている。いつまで続く泥沼なのだろうか。

間接金融のパラダイムが崩壊したら次のパラダイムは当然直接金融ということになる。会社が自分で資金調達をするということは、増資、私募債発行、利益留保、借入金という4つの道しかない。長期資金の借入金調達には銀行が土地担保の貸出しを行わない以上、銀行は頼ることができない。長期資金調達に銀行が頼りにならないとすれば、借入金は会社の経営者の個人的な信用によるものしかない。ということは社会の仕組みの中には借入金による資金調達の道は全くなく、経営者は独りで放り出されたということになる。従って借入金の道は考えることができないと思うべきだ。

会社の資本金増資も同じことだ。上場したり、店頭公開をしている会社なら、会社の信用と事業計画に応じて増資をすることが可能だ。しかし中小の印刷会社は殆どが未上場だから、増資をするとすれば借入金と同じく、経営者やその周辺の身内の人が、長い間溜めてきた貯金をはたいて会社の増資に応ずるという道しかない。これでは長期資金の調達とか機械の購入資金の調達というまとまった資金の調達にならない。

私募債の発行にしても中小印刷会社の社債を引受けてくれる金融機関などは仮りに5%以上の利回りをつけたとしても原則的に存在しない。最近は国や地方自治体の信用保証機関が中小企業の社債について信用保証をしてくれているようだが、それも不況下の時限的な措置であって恒久的な社会システムではない。

結局、外部からの資金調達というものは、その会社の長い間の信用と収益力だけしかないということだ。この2つがしっかりしていれば、増資も社債発行も、借入金も可能だということになる。

2000/12/21 00:00:00


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