では,印刷物はその歴史的使命を終えたのであろうか? いや,そうではない。とりあえず事実を伝えるだけならともかく,「思想や理念」あるいは「情緒や感動」などといった幾分複雑に入り組んだ心理や意味を伝達するのに携帯電話は使えない。客観的な事実の伝達であっても比較検討や詳しい分析にはディスプレイではなくやはり紙媒体が不可欠なのである。つまり目的や用途を踏まえて適切に制作された良い印刷物は今後もますます必要であり効果的なのだ。
商業印刷物はもとより芸術作品ではない。あらためてそのことを認識し,合理的に的確に制作するとともに,提案に際して正しく説明することが必要となっているのである。これまで主たる伝達手段が印刷物のみであった時代にはある程度そうしたことがあいまいであってもなんとかなっていたのも事実であろう。だがもうそれでは通用しない。 他メディアとの競合がなくなんでも印刷という時代とは違ってきているのである。積極的に良い印刷物を制作し,ビジネスチャンスを広げて行くには,印刷物の存在理由を明確に説明できることが第一条件としてまず必要である。
最近よく耳にする言葉に,アカウンタビリティ(説明責任:accountability)というのがある。たとえば「商品などの安全性や適切な使用方法について消費者にはっきりと説明をしておく義務がメーカー側にある」というような場合に「アカウンタビリティがある」などと言う。その意味で言えばコストもかかり複雑な情報や構成を持った商業印刷物に説明責任がないはずはないであろう。印刷会社やデザイナーはクライアントに対してアカウンタビリティを負っているのである。それに応えるには,制作の初期の段階から一貫して,論理的で適切な考え方で作業を進行させなければならない。論理的,合理的な制作進行なしに論理的,合理的な説明をすることは不可能なのである。「なんとなくこのデザインが良い」とか「この色が好きだから」程度のことしか言えないようでは印刷物は売れなくなると考えた方がよいであろう。このことを営業マンであれオペレーターであれデザイナーであれ関係者一同の共有の認識としておくことが必要である。
考えてみればこのような各企業こそが,実は印刷会社の顧客であり,デザイナーにとってのクライアントなのである。そして,印刷やデザインは企業の情報戦略活動の一翼を確実に担っている存在なのである。
関連してDTP時代のレイアウト方法論というテーマで,DTPはレイアウトデザインの向上にどんな影響を及ぼしたのか,レイアウトデザインの考え方や技法はDTPに生かされているか,DTPでデザインを行う際に考えなければならないことは何かをとりあげるセミナーを6月21日に行います。奮ってご参加ください。
2001/06/04 00:00:00