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2050年のグラフィックアーツを想像する

PAGE2001コンファレンス基調講演:解説

社団法人日本印刷技術協会 副会長 和久井 孝太郎

2001年2月13日

 先週、東京池袋のサンシャインシティコンベンションセンターで、「夢から現実へ:革命から進化へ」をキャッチワードとしたPAGE2001展示会、コンファレンス、セミナーが3日間にわたり同時開催され成功裏に終了した。コンファレンスの基調講演ではグラフックアーツの中長期的課題が取り上げられた。ここでは'2050年のグラフィックアーツを想像する'について解説する。

1.キャッチワード「夢から現実へ:革命から進化へ」について

1.1 夢から現実へ

 前世紀(20世紀)は人々が夢を共有し、その夢の多くが技術と科学の進歩によって現実のものになった世紀であった。「夢」を「予言」と言い直しても同じである。SF(サイエンス・フィクション)は、かつて日本語で「空想科学小説」と呼ばれていた。元祖SF的存在であるフランスのジュール・ヴェルヌが1869年に発表した「月世界へ行く」は、ちょうど100年後に現実となり、1969年7月20日に米国NASAの月ロケット(アポロ11号)の宇宙飛行士アームストロングとオルドリンが月面に降り立った。

 20世紀の冒頭、1901年1月2、3日の報知新聞に掲載された「20世紀の豫言」で語ら れた多くの物事も今日では現実のものとなっている。例えば、「鐵道の速力」の項目で想像した東京〜神戸間2時間半は、今日の新幹線700系「のぞみ」(時速270Km)で達成されている。この文章を書いたのは日本のSF作家の草分け村井弦斎とされているが、ちなみに当時の新橋〜神戸間最急行列車の速力は時速46Kmであった。

 一方、数学に基礎を置く物理学や情報科学が、前世紀の発展過程で重要な多くの予言を行った。例えば、英国のアラン・チューリングは、世界初のコンピュータENIACが開発される10年前、1936年に万能デジタル計算機械の思考実験に成功した。チューリングは、プログラムとデータの間には本質的な差がないことを証明し、汎用の計算機械が可能であることを予言した。彼が開発した仮想のコンピュータは、今日ではチューリングマシンと呼ばれ、コンピュータの原理を教えるための教材としても広く利用されている。

 またチューリングは、1950年に発表した論文「計算機械と知能(Computing machinery and intelligence)」の中で、計算機械は2000年までに人間の知能を完全に模倣することが可能であると予言した。すなわち、人間が言葉や数学で論理整然と考え、意志を表現し伝達できる物事は、計算機械(コンピュータ)が推論し、論証し、判断できると考えた。今日のAI(人工知能)の原点である。

 しかし、人間の常識問題や自明のこととして私たちが日ごろ簡単に処理している事をプログラム化することの困難さ(広義のフレーム問題)や、私たちの知能は記号化できる情報だけで形成され、活性化されているわけではない(知能の身体性問題)などの困難があって、チューリングの予言は達成できなかったが、学習や進化プログラミング他のコンピュータ科学、AIとロボット工学、生物学などの協調的研究の進展によって、現在ではより自律的に活動する自動機械やロボットが誕生しつつある。

 結論的に言えば、20世紀はSFの時代、予言の時代であった。そして、夢が現実になった時代であった。この状況は「美しい印刷物」「良い品質のカラー画像再現」を夢見て努力してきたグラフィックアーツにも当てはまり、マーケットが拡大して産業的にも成熟した。その一方で、横並びの大量生産・大量消費、結果としての過当競争を印刷業界にもたらした。

20世紀は予言の時代であった

より良い未来は過去(歴史)の反省と想像(創造)の上に築かれる

 歴史の評価で留意すべきは、それぞれの歴史に哲学者ヘーゲルが言う「時代の精神(根底にあるのが世界精神)」の存在を意識する必要である。別の言い方をすれば、「過去の事実」は、その時代を生きた人々の価値観や行動様式、更には当時のメディア状況を想像しながら、「過去の事実」の意味を私たちが理解することが大切であり、現代の私たちの価値観で評価してはならない。

 いつの時代も夢や希望は個人的なものであり、未来に対する想像は、自らの理性と共にみずみずしい感性の発揮が重要である。

1.2 革命から進化へ

 ここで言う革命は、「デジタル革命」のことである。前世紀終盤に勃発した「デジタル革命」は、21世紀へと引き継がれた。「デジタル革命」はデジタルIT産業革命であると共にメディアの自由革命でもある。一方、ここで言う進化とは社会的な進化のことであり、当然のこととして新陳代謝や淘汰現象を含む。

 今回のコンファレンスやセミナーでも、eビジネスやXML、データ管理、FA、ネットワーク対応、そしてメディアなど当面するデジタル革命へのグラフィックアーツの対応問題が議論された。最も重要なことは、横並びで皆が同じ夢を見る時代は終わったとの認識である。革命から進化とは、『志』の持ち方や対応を誤れば淘汰もあり得ることを意味している。

 現在の第1次デジタル革命は、大雑把にインターネット革命であるが、筆者の想像ではモバイルへと進展して2010年頃に収束するだろう。だが、「デジタル」が根底に持つ本質的な力(比喩としてマグマ)がこれで収束する分けではない。マグマは、下記の構造を持ち、次の大噴火の機会を待っている。

マグマの中核:第2のリンゴ『電子』の力

マグマの外殻:超高速計算のコストとスペースが限りなくゼロに近づく

 マグマは、21世紀最初の四半世紀におけるロボットの産業化動向や生命科学・生命工学(バイオ)、ナノテクノロジー(原子サイズ、10億分の1メーター,10-9m級の物質の設計・シミュレーション・制御・増殖製造技術)等の新しい科学・技術の進展とあいまって第2次デジタル革命を起こすだろう。だが、第1次デジタル革命と第2次デジタル革命では、その本質が全く違う。第1次デジタル革命は、20世紀における電子技術の発展と、最後の四半世紀で起こった東西冷戦終結に伴う世界の政治・産業状況の変化を受け、米国が中心となって起こしたものであることはよく知られている。

 それは世界の産業とメディア、人々の生活に衝撃を与えつつあるが、人々の精神の根幹(宗教や哲学等)を揺るがし再構築を迫る事態にはなっていない。これに対して第2次デジタル革命は、初の科学・技術革命であり、ロボットや生命操作の本格化、ナノテクノロジーによる自然界には存在しない超物質や自己増殖する機械の登場など、一般の人々に'人間とは何か?'を改めて問うこととなり、精神の復興を要求することになると想像される。おそらく2050年までには、私たちはマイ・ロボットを重要なパートナーとして新たな時代を切り開いていくことになるだろう。

21世紀、科学・技術は神(God)に急接近する

私たちは,今,大パラダイムシフト(Paradigm shift)に向かっている

 科学革命と時代の精神については、米国のトーマス・クーン(中山茂訳:科学革命の構造,みすず書房,1971年/オリジナルは62年)の『パラダイム・シフト』的な理解が有効である。一時期世界的な流行語となり、科学革命だけでなく農業化社会から工業化社会、情報化社会への変革なども多くのメディアがパラダイム・シフトと表現したことを記憶している人も多いだろう。

 クーンは、アリストテレス主義的なパラダイムとニュートン力学的なパラダイムの非連続変化(パラダイムの交代=科学革命)を議論し、20世紀冒頭に起こったニュートン力学から相対性理論と量子論への変化も科学革命であるとした。

 彼は、アリストテレス(BC384〜322)の『自然学』、プトレマイオス(100〜170)の『アルマゲスト』、ニュートン(1643〜1727)の『プリンキピア』と『光学』、フランクリン(1706〜1790)の『電気学』、ラヴォアジェ(1743〜1794)の『化学』、ライエル(1797〜1875)の『地質学』などの著述が、後に続く研究者の世代に、その研究分野の新たな課題と挑戦のための方法を定める役割を果たしたことに注目し、下記の2つの要件を備えるものを科学研究における「パラダイム」と定義した。

 要件の第1は、その業績が他の対立競争する科学研究活動を棄てて、それを支持しようとする特に熱心な研究者グループを集めるほど、前例のないユニークさを持っている。第2は、その業績を中心として再構築された研究グループに解決すべきあらゆる種類の問題を提示してくれる。

 従ってクーンの言う「パラダイム」は、ラテン語やギリシャ語(pradeigma)を語源とす る「受け入れられたモデルや型」を単純に意味しているのではなく、後の世代によって精緻化され、更に発展していくような理論の枠組みのことである。

 彼はこんなことも言っている。アリストテレスの力学とか、フロジストン(燃素説)にもとづく化学とか、熱素説にもとづく熱力学を深く研究すればするほど、かって流行した自然観が、現在のものより非科学的で人間の愚かしさの産物であるとして片付けられるものではない、と感じるようになる。こういう時代後れの考えを神話的と呼ぶなら、その神話は現在の科学的知識に導くものと同じ方法でつくられ、同種の存在理由を持つものである。

『パラダイム・シフト』とは,その後に進化をもたらす革命である

 クーンが例示したアイザック・ニュートンの著書『プリンキピア(1687年)』は通称で、正式の書名は『自然哲学の数学的原理』であった。ニュートンは、この本の中で彼自身が発明した微分・積分法を用い、すべての運動の基本的な法則や万有引力の法則を美しい形に体系化した。そして、「逆2乗法則」「物質の重力」「太陽系の運動」「流体力学」など、人間が日常経験する物理的な『力』が関係するあらゆる事象を数学的に理解できるようになった。ニュートン力学による『パラダイ・ムシフト』は、18世紀から19世紀後半に、物理学や化学、数学や哲学など多くの科学者達によって精緻化され発展し、進化して、19世紀末から20世紀初頭に『相対性理論』と『量子論』による新たな『パラダイ・ムシフト』が勃興するまで、科学のみならず技術(なかんずく工学)界に君臨した。

 『プリンキピア』や『光学』から約200年、1870年代に入り、英国のジェームズ・C・マックスウエルが光学と電磁気学を結びつけるマックスウエル方程式を創造した。方程式は、光が電磁波の一種で、いろいろな電波が存在し得ることを予言するものであった。1888年、ドイツのハインリッヒ・R・ヘルツが電波の存在を実験によって確認することでニュートンの『パラダイム・シフト』は完結した。このようなニュートンの力学体系は、今日では古典力学とか古典物理学と呼ばれているが、マクロな通常の技術の分野では、それらの理論は十分な精度が確保され今日でも広く活用されている。

 ニュートンの微積分法の発明については逸話がある。ニュートンよりも4歳若いドイツのゴットフリード・W・ライプニッツとの先陣争いである。ライプニッツは、1684年にドイツの学会論文誌に微分計算法を独自に発表していた。森毅(数学の歴史,講談社学術文庫844,1988年)は、その後の科学や技術に重要な影響を与えることになる微積分法の誕生について、エンゲルスの次のような言葉を引用している。「数学における転換点となったのはデカルトの変量であった。このおかげで数学の中に運動や弁証法がはいってきた。さらにこのおかげで、微分的な方法と積分的な方法とが必然的なものとなった。微分法や積分法はあいついですぐ発生し、ニュートンとライプニッツによってほぼ完成されたのであって、彼らの手で発見されたのではない」

 徹底的な分析を重視するフランスのルネ・デカルト(1596〜1650)の解析的方法、すなわち細かく分析し、それを総合する方法がまさに微積分法へとつながっていった。ちなみに今日の微積分法の記号や用語はライプニッツに準じている。

 筆者には、エンゲルスがどのような文脈の中でこのような評価を書いたのかわからないが、時代の精神と個々人の業績の一般的な関係を現している。ニュートンは力学を真理に近づけるため道具として微積分法を、自らの知識と環境からの情報を徹底的に活用し、理性と感性の力で発明したのである。数学にあっても「必要は発明の母」であり、強烈な問題意識が進歩を促す。

 現代数学のどんな概念も、その流れをさかのぼると、起源をギリシアに求めることができることについて、森毅は次のように書いている。「ギリシア人であるとは知ること、すなわち、物質の原初の実態を知り、数の意味を知り、ひとつの合理的な全体としての世界を知ること、それらに努めることであった」 これはカントの言葉といわれている。・・・・

 また森毅は、プラトンとアリストテレスについて、「多少は夢想的であったプラトンよりは、諸学の形成を確立し、論理学の完成によって学問の支配原理を樹立したのは、アリストテレスであった。20世紀の数学基礎論までの2千年以上、論理学は彼によって支配された。プラトンの宗教性は、その後のキリスト教諸派の発生に影響を与えたといわれるが、そのため異教性の土壌として警戒されもし、教会の権威はすべてアリストテレスの延長線上に築かれた。数学に関して言えば、彼はプラトン以上に公理(第一原理)の意義を強調したといわれるし、ゼノンに反対してユードクソスを擁護した。ヨーロッパ文化にとって決定的な影響を与えることになる、プラトンとアリストテレスとうい二人の人物、彼らはちょうど、「ギリシャ数学」の出発にあたって、その足もとを照らしたのである」と書いている。

 今日私たちが使用しているA判およびB判の印刷用紙の縦横比は、1:1.41の黄金分割で最も美しい長方形とされているが、ギリシャのパルテノン神殿の正面も黄金分割で構築された。しかし人工以前に、いろいろいな結晶や花模様など自然は幾何学的な調和美にあふれている。「万物は数である」と言ったのは、ギリシャのピュタゴラスであった。一方、東洋にあっても中国の荘子が、「聖人なる者は天地の美にもとづきて万物の理に達す」と説いた。

 20世紀冒頭における『パラダイム・シフト』の立役者の一人、ドイツ(後、米国)のアルバート・アインシュタイン(1879〜1955)も自然の法則に数学的な美を求めた。彼は、先に述べたマックスウエル方程式と地球の回転方向と無関係に光の速度一定の観測結果から導かれた『光速度不変の原理』と、すべての慣性系は同じ資格で絶対的な地位にある系はない『相対性の原理』に基づく、色即是空・空即是色的な力学体系を創り出した。1905年に提出された『特殊相対性理論』からエネルギーEと光速cと質量mとの間の美しい関係が、下記のように導き出された。ちなみに、1グラムの質量を完全にエネルギーに変換できたとすると、石炭3000トンの燃焼に等しいエネルギーが得られる。


   特殊相対性理論の「特殊」とは、理論で前提とした慣性系(等速直線運動)が、一般的な運動系から見ると特殊ということである。その後彼は、重力と加速度の『等価原理』に基づく『一般相対性理論』、アインシュタインの重力方程式を1915年に発表した。すなわち、慣性系における運動の相対性を加速度系にまで拡張し、重力場と結びつけてニュートンの古典力学を内包する『新しい万有引力の法則』を発見したのである。重力方程式は専門書に譲る。

 20世紀冒頭の『パラダイム・シフト』のもう一方の主役は、ミクロの世界を支配する量子論(その数学的な記述法が量子力学)の登場である。量子力学では『虚数』が決定的な役割を果たす。この問題について吉田武は、青少年の啓蒙のために(或は、数学の先生のために?)著した力作(虚数の情緒,東海大学出版会,2000年)の中で次のように述べている。

   「『虚数(imaginary number)』は、想像され、創造された数である。数学に於ける創造に物質的な制限は何もない。想像により、創造は成し遂げられる。数学における創造に精神的な制約を設けるべきではない。自由に想像し得ることが数学の一大特徴である。正に『数学の本質はその自由性にある』」

 吉田は「原子と光の物理学:万物は虚数である」として量子力学に言及している。 「光は粒子でもあり波でもある」と同時に、私たちのこの世界を作っている「物質もまた粒子でもあり波でもある」。量子力学において「虚数」は最早「幻の数」などではない。


 これは、極微の世界を支配する基礎方程式で、「シュレーディンガー方程式」と呼ばれている。ここで、hは「プランク定数」を2πで割ったもので、物理学で最も基本的な定数の一つである。Hは、これを定義したハミルトンに因んで、「ハミルトニアン」と呼ばれ、扱われる問題のエネルギーに関連した量である。ψは波動関数と呼ばれ、粒子であり波でもある〜或は、単なる粒子でも波でもない〜「量子」を表す関数である。

 正に一目瞭然であるが、左辺に生のままの虚数単位「i」が掛け算されている事から、波動関数は虚数であることがわかる。即ち、「私たち自身を構成する、分子も原子も、虚数無くしては表し得ないもの」だったのである。・・・・
数学に美を与え、現実の世界の法則である物理学をも表す「虚数の実在性」、吉田はこの点を特に強調している。

 エルヴィン・シュレーディンガー(オーストリア出身1887〜1961)は、吉田が説明した方程式で1926年にミクロ世界の波動力学を提唱して33年にノーベル物理学賞を受賞した。彼は、第2次世界大戦が始まるとアイルランドのダブリンに移って研究を続行したが、43年には、トリニティー・カレッジで400人の聴衆を前に「生命とは何か〜物理的にみた生細胞」と題した啓蒙的な講演を行い、同じ内容の本が翌年出版された(岡小天,鎮目恭夫訳:生命とは何か,岩波新書G80,1951年)。この講演と出版物は、その後の生命科学の研究に多大な影響を及ぼすことになった。

 シュレーディンガーの講演から10年後、1953年には、米国のジェームス・ワトソンと英国のフランシス・クリック、モーリス・ウイルキンズがDNAの二重螺旋構造を発見して、62年にノーベル医学・生理学賞を受賞したが、3人共に学生時代に「生命とは何か」を読んで触発されたと述懐しているのは極めて印象的だ。

 広辞苑で「世界」をひくと、「宇宙の一区域→三千大千世界」と書いてある。「さんぜんだいせん」とは、ありとあらゆる世界のことである。それぞれの世界は、要素が互いに『結合』することで成り立っている。それぞれの世界における構成要素の『結合』、すなわち『力』の伝達(相互作用)をコミュニケーションと見立てるならば、宇宙は、階層的なコミュニケーション ネットワークを形成していると考えることができる。

 それぞれの『結合』の様式や内容が変わることで、世界に変化を生じる。『結合』の様式や内容を変えるのは、物質世界にあっては『力』の変化であり、生物世界では外界での『力』の変化が、生物個体内部で『情報』の変化として処理される結果としてである。

 『情報』の場合は、時間的経過の中で情報内容が全く変化しなければ、最初の情報を保持するだけで十分であり、新しい情報は無いのと同じである。『情報』では、このように冗長性が問題になるが、『力』と『情報』の双方にとって、『変化』は重要なキーワードである。

 『結合』の階層構造としての宇宙を、それぞれの世界に注目しモデル化して 図1に示した。今まさに、それぞれの世界を構成する『力』や『情報』の問題に先端科学のメスが入り、ある部分では技術的・工業的・産業的に『結合』の様式や内容を人間が望む形に制御し始めている。

 『力』とは何かを考えてみよう。私達は日頃『力』という言葉を、何のこだわりもなくいろいろな場面で使っている。例えば、神の力、国力、権力、経済力、金力、情報力、愛の力、力自慢、馬力、電力などちよっと思い付くだけでも、数限りなく出てくる。しかし、改めて『力』とは何かと聞かれると、明解に説明することはやさしくない。

 1989年版の大辞林では、その物理的な意味を次のように説明している。「物体を変形させたり、動いている物体の速度を変化させる原因となる作用。巨視的な力としては、力の場を形成する重力と電磁気力がある。微視的には、原子核の核子間に働く核力と、原子核・電子間および電子相互間の電磁力が基本的な力である」。

 素粒子や原子、分子などミクロな階層、物質の各階層、生命現象の各階層、生物社会の階層、人間の階層、人間社会の階層、地球の階層、太陽系の階層、銀河系の階層、大宇宙の階層、それぞれの階層と問題の所在によつて、『力』が持つ意味合いは変つてくる。

 例えば、原子核と電子が電磁力で結合して約 100種類ばかりの原子の階層世界を形作る。原子の一つ上の階層世界は、分子の階層世界である。水素(H)、酸素(O)、炭素(C)などの原子の階層世界と、水(H2 O)や二酸化炭素(CO2 )などの分子の階層世界とでは全く異なった性質を示す。原子が結合してできる分子は、物質としての性質を保有する最小単位である。そして、結合の仕方が違えば、水(H2 O)と過酸化水素(H22 )のように、同一階層、同一要素でも極めて異なった性質を示すのが一つの階層世界である。原子と原子の結合で電子は糊の役目を果たしている。

 分子の上の階層は高分子の世界である。合成ゴム、合成樹脂、合成繊維などが高分子物質の例である。ゴムはイソプレン(C55 )が鎖状に長くつながって、らせん状の高分子を形成しており伸び縮みが売物である。物質世界と生物の階層世界の間にあって大変微妙なものであるアミノ酸も高分子物質である。有機酸のカルボキシル基(COOH)とアミノ基(NH2 )の結合によって構成される。そしてタンパク質は20種類の異なるアミノ酸の結合であり、ここでも電子は糊の役目を果たしている。

 要素還元的に割り切るわけではないが、人間の身体を含め地球上の全ての存在は、まぎれもなく約 100種類ばかりの原子の『結合』でできている。生命の設計図DNA自体も、核酸と呼ばれる生体高分子の連鎖である。

 昔の練金術師は、素材を煮たり焼いたりして目指す宝物を得ようとした。温度を高めることは電子にエネルギーを与え、他との『結合』をうながし、化学的反応を促進することである。現代の練金術師は、原子や分子の結合をコンピュータ・シミュレーションして電子を意のままに制御し、目指す宝物を得ようとしている。

 筆者の想像では、21世紀の科学・技術革命は、専門特科の一つの分野(例えば、物理学)の単なるパラダイム・シフトではなく、数学・物理学・情報科学・生命科学・物質科学(広義の化学)などの専門特科の壁のみならず諸工学との壁をも突き崩す全科学・技術的な大パラダイム・シフトである。この革命は、形而上的な宗教学や哲学をも呑み込むことになる。しかし、それにもまして重要なのは、全人類が老若男女を問わず、その変化を直感的に受け止めることになる、と想像できる点にある。

(1)『電子』は第2のリンゴである

 人間の祖先のアダムとイヴは、楽園の禁断の木の実『リンゴ』を食べたことで、楽園を追われ自らの社会を作った。その第1のリンゴが「言葉」であった。ところが現代の私たちは、今や、宇宙を形作る根源的な4つ力の中で日常の力としては最も強力な「電子」の力、「電磁力」を自由自在に使い始めた。これが第2のリンゴである。

 ちなみに、現代の量子論が教える根源的な4つの力とは、「強い力」「弱い力」「重力」、それに「電磁力」である。この内「強い力」は、原子の中心で陽子と中性子をがっちりまとめて原子核を形成している力で核外には影響を及ぼさない。次の「弱い力」は、中性子が電子とニュートリノを放出して陽子に変わる時に働く力で、ある種の核の放射性崩壊の原因になっている。しかし、私たちの日常のマクロな世界では、原子力応用などを除き原子核は不変の存在であり、「強い力」も「弱い力」も考慮する必要がない。とすると、生命現象を含む物事は、すべて「重力」と「電磁力」の支配下にある。しかも、人間サイズの物事を考えると「電磁力」の方が圧倒的に強力なのである。

 例えば、無重力空間で活動する宇宙船や、その搭乗者の活動に支障がないのは、すべてが「電磁力」の効果であると容易に理解できる。そして、ITの進歩も第2のリンゴのお陰であるが、電子的各種の精密計測制御など今後の先端科学・技術進歩の土台でもある。第2のリンゴは、更に第1のリンゴの効果を強めるように働く。その影響は、私たち現世代よりも、次の世代により強く現れる。

(2)超高速計算のコストとスペースが限りなくゼロに近づく

 先に述べたチューリングの時代から分かっていたことは、コンピュータそしてITが強力なものとなるためには、一つ一つの演算処理は単純だが、処理速度を非常に早くしなければならないということであった。それを実現するために真空管を使った最初のコンピュータ(ENIAC:1946年) は、使用した真空管が1万8千本、装置重量が30トンで大きい部屋を占領する代物だった。真空管からトランジスタへ、そしてIC、LSI、超LSIへと半導体集積回路技術が急速に進歩して20世紀終盤には、かつてのスーパーコンピュータがノートブック型パソコンになった。同時に、超小型のMPUチップが制御用部品として各方面に多用されるようになった。

 シリコン半導体集積回路の進歩は、少し以前までは1年半ごとに2倍進歩する[ゴードン・ムーアの法則]と言われていたが、現在では2年で3倍以上にまで加速されている(2年ごとに2倍は、10年ごとに32倍、3倍は10年ごとに 243倍の進歩)。だが21世紀、シリコン半導体集積回路はいろいろな改良と延命を図っても、いずれ限界が来る。さらなる飛躍のためにもナノテクノロジーの実用化が期待される。

(3)ナノテクノロジー

 ノーベル物理学受賞者である米国のリチャード・P・ファインマンが「根底にはまだ十分に余地がる」とナノテクノロジーの可能性を予言したのは、1959年のことである。エド・レジス(大貫昌子訳,ナノテクの楽園,工作舎,1997年)によると、「それから30年後、米国IBMの研究者たちが、個々の原子を捕まえて動かし、例のハイゼンベルクの不確定性原理や熱運動、放射などの厄介な障害をものともせず、それを実際に操ることに成功した。彼らは、キセノンの35個の原子を引き回しIBMのロゴマークを描画した。
 たちまち米国全土、ドイツ、日本などの研究室で盛んに原子レベルの創造活動が起こり、硫黄の分子で「平和」の2字を綴ったり、混合イオンの媒体の中にアインシュタインの似顔絵をスケッチしたり始めた。IBMの実験以来、ものの2、3か月たらずのことである」

 これらはコロンブスの卵そのものだが、個々の原子はレジスも指摘しているように、量子力学が適用される電子を含む素粒子の諸法無我的な力のネットワーク法則に従い、原子核の回りに電子の雲が存在するボヤケた存在である。そして、物の性質を表す最小単位である分子は、ブラウン運動に見られるように、常に熱的な擾乱を受けている。ナノテクノロジーの実用化は、前世紀までの工学とは全く違う新しい技術の研究・開発が必要である。

 だが期待も大きい。例えば、原子メモリーやDNA電子回路、量子コンピュータへの利用、そして有用な機能を持つであろう超分子は、環境やエネルギー問題への利用や人工臓器への利用など多彩な発展が期待されている。しかし、ナノテクノロジーの最も画期的な側面のひとつは自己増殖の可能性である。ナノテクノロジーの成功は物質や製造業を変えるだろう。2000年、米国政府は500億円の支出を決めた。日本政府も研究助成に本腰を入れ始めた。

 いずれにしても重要なことは、21世紀は私たち一人一人が自立し、『志』を持って調和ある自己実現(より良い自己実現:拙著;デジタル革命とメディアのプロ, JAGAT, 2000 年)を目指さなければならない。そのためには自ら未来を想像する必要がある。権力やメディアの予言に振り回されてはならない。

21世紀は志の時代である

人間と鉄腕アトムのルネッサンス

2.2050年への基本的課題

 2050年に、この『宇宙船地球号』に乗り組んでいるであろう人間の数は、国連の中位推計で89億910万人である。それは、20世紀初めの地球総人口15億人の6倍に当たり、1999年10月12日に突破した60億人の1.5倍に相当する。そして、エネルギー効率が非常に良くなっても2050年には世界のエネルギー消費が現在の3倍になると見積もられている。

 従って、21世紀半ばでは90億人の人類が互いに協調してこの宇宙船地球号の安全運行に当たらなければならない。私たちは科学・技術進歩の適切な利用と「予期せぬできごと」に俊敏に対応する必要がある。以下に、基本的課題集を示す。

(1)人類をみな養うことが果たしてできるのか?
(2)すべての人に仕事はあるのか?
(3)豊かな国々の過剰な消費体質を克服できるか?
(4)富の集中を制御できるか?
(5)環境破壊を抑止できるか?
(6)世界の平和は維持できるか?
(7)テロを封じ込めることができるか?
(8)自由と連帯の間の矛盾をどう調整するか?
(9)定住と移動の間をどう調整するか?
(10)どんな企業が生きのびるか?
(11)どんな野心や冒険が人々を感動させるのか?
(12)どんな遊びが人々を熱中させるのか?
(13)どんな芸術やエンターティメントが人々に感動やいやしを与えるのか?
(14)人々の心の健康と肉体の健康を増進できるか?
(15)宗教や政治、NGOはどんな地位を占めるか?
(16)言論の自由とメディア環境汚染の間は調整できるか?
(17)人々のメディアリテラシーは向上するか?
(18)米国は政治的な優位を維持し続けられるか?
(19)アジアは政治的勢力となるか?
 特に日本及び日本人について、
(20)個々人が自立し、少子・高齢化を乗り越え「美しく・強くなれるか?」
(21)円と元は世界の主要通貨となるか?
(22)(19)項で日本と中国は連帯できるか?
 上記のすべての項目について、
(23)先端物理学やバイオ、ロボットの進展は人生の在り方を変えるだろうか?
(24)ディジタル革命は効果的に機能するか?


命題:グラフィックアーツは進化して2050年に活躍している

‡横並びの大量生産・大量消費、結果としての過当競争。体質の転換が必要

◆今後はデジタル印刷機が主流となるか?【泉和人】
10年単位では今のインキを紙に乗せる印刷機がなくなることは考えられない。15世紀から続いた紙にインキを乗せる印刷の時代は20世紀をピークとして衰退を続け、21世紀はデジタル印刷の世紀だったと位置づけられるかもしれない

◆生活の華やかさとゴミの発生【編集部】
バブル経済が崩壊した90年代以降、包装材料・パッケージ印刷物を含め資源問題やゴミ問題、更に大きくは、環境問題への一般消費者の意識も高まりつつある。印刷業界も、リサイクルや環境問題を考慮した対応が求められる



3.皆さんへの提案:自分自身で2050年を想像して下さい


公理・命題を参照しつつ歴史を『±50年ルール』で評価して2050年を想像する

【±50年ルール】
現在を基点とし、歴史の50年を1つの区切りとして遡り、-50年、-100年などの史実を調査する。人々の夢と希望は何か?
(1)50年以前すでに存在していて現在も重要な働きをしている物事は何か?
(2)100年以前すでに存在していて現在も重要な働きをしている物事は何か?
(3)50年以前には存在せず、現在重要な働きをしている物事は何か?
(4)現在重要な働きをしている物事で、50年後(+50年)に存在すると想像されるものは何か?
(5)現在重要な働きをしている物事で、50年後に存在しないと想像されるものは何か?
(6)これからの50年間に新たに出現を予想する物事で社会に重大な影響を及ぼしそうなものは何か?
(7)必要に応じて他年の史実も調査する

[注]公理:一般に広く通用する真理・道理。命題の前提として仮定する。
   命題:判断を言葉で表したもの。内容を表現するためにつけた表題。

 以下の公理・命題は、筆者自身が『志』を固めるために設定したものである。皆さん自身は、どのような公理・命題と問題を設定し希望を持って先に進むのか? 自立とより良い自己実現のためにも自分で考えて下さい。

[参 考]
■第1公理:より良い未来は過去(歴史)の反省と想像(創造)の上に築かれる
●第1命題:20世紀は予言の時代であった
●第2命題:21世紀は志の時代である
●第3命題:社会を発展させているのは人間の諸欲求と学芸と技術(現在は科学・技術)である。歴史は繰り返すのではなく、社会は螺旋階段的に発展する
■第2公理:メディアは、自然や文化と共に人間の重要な生存環境である。人間は一人では生きられない。『自己』の意識や価値観は、生存環境及び他者との情報交換によって形成される。文化は社会の遺伝子である
■第3公理:メディアは、『人間の諸能力を拡張』する(マクルーハン)
■第4命題:科学・技術の進歩はメディアの進化に貢献する
■第5命題:科学・技術の進歩が時代の変化を加速する
■第6命題:社会や経済は時代の流れを、科学・技術はその本質を深く読むべきだ
●第7命題:21世紀はメディアが進化して『民主主義と人権が世界に普及する』
●第8命題:『デジタル革命』は21世紀へと引き継がれた。『デジタル革命』は、デジタルIT産業革命であると共にメディアの自由革命である
      ★超高速計算のコストとスペースが限りなくゼロに近づく
      ★電子は第2のリンゴである
●第9命題:21世紀、科学・技術は神(God)に急接近する
●第10命題:メディアリテラシー(media literacy)向上、そして『メディアからの自立』が必要である
●第11命題:デジタル革命が効果的に機能してグラフィックアーツは進化し、2050年に活躍している

デジタル革命とメディアのプロ

2001/02/16 00:00:00


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