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デジタルアーカイブ : 中央集権から分散へ

世の中のデジタル化の動きは,文化財や資料の保存にまで及んできた。デジタル化によって,「情報の共有化」ができるようになるとともに,どのような活用の道が開かれるのだろうか。また,ビジネスへ繋げるチャンスはあるのか? PAGE2001コンファレンスA3セッションでは,「デジタルアーカイブ」をテーマに,モデレータの国際日本文化研究センターの合庭惇氏,スピーカの京都デジタルアーカイブ研究センターの清水宏一氏,凸版印刷の加茂竜一氏より,それぞれの立場からお話しいただいた。


EBookとデジタルライブラリー
まず合庭氏から,デジタルアーカイブの現状と,デジタルライブラリーについてのお話しがあった。既存の図書館や美術館,博物館が持っているコレクションをデジタル化して一般に公開されるのに加え,放送番組やCG作品などを含めてデジタルデータは大量に存在している。したがって,デジタルアーカイブを考えるときには,デジタルによる広がりを無視することはできないと述べた。

デジタルライブラリー,デジタルミュージアムなどの活動がここ数年非常に活発に行われてきたが,今一度,デジタルアーカイブを再定義する必要があると述べ,「デジタルアーカイブは,いわばデジタルデータの集積所」ということになるだろうと定義した。
これまでは,ある特定の組織,機関が中央集権的にデジタルデータを集積してきたが,インターネットが高速化するにつれて,他の組織との連携が容易になり,これからのデジタルアーカイブのあり方は,ネットワーク上の分散的な集積という形態が好ましいと述べた。

次に,デジタルライブラリーの現状について触れた。日本では,国立国会図書館が2002年10月の関西館オープンに関連して,電子化が進められている。昨年春,納本制度が改革され,電子出版物の納本が決まり,CD-ROMやDVDをメディアとするようなものの本格的な収集が開始され,電子図書館へと前進した。今は,関西館の次の電子図書館,すなわち次世代型電子図書館システムの議論がされている。図書館といえども,テキストだけでなく,画像,映像,音楽,音声といったものを将来的にサービスのコンテンツとして持たなければならないだろうという議論である。

欧米に目を向けると,eBookが大変成長してきている。専用端末機を使ったeBookに加えて,インターネットを利用して本のコンテンツを提供するNetLibrary社が急激に成長している。約70社の欧米の出版社と契約を結んでインターネット経由でeBookを提供するビジネスを一昨年から始めた。最近は,メタテクストという教科書の販売も手がけている。また,公共図書館,学校などにコンテンツ配信を始めている。課金制度が非常にしっかりしているので,収益性も非常に高い。

デジタルライブラリーで代表的なのは,アメリカの米国議会図書館,フランスの国立図書館,英国のブリティッシュライブラリーなど。先進的なデジタルライブラリーは,インターネット時代における「知の共有化」が意識されている。
フランスの国立図書館は,インターネットを意識したネットワークの中の新図書館構想を持っている。ネットワーク上にフランス国内の公共図書館,大学図書館,フランス語圏にある図書館との密接な連携を持っており,そこでは,フランス総合書誌目録の作成をしている。また,蔵書とコレクションへの遠隔地からのアクセスを可能にするインターネットを前提とした新しい図書館構想が行われている。

知識と情報の共有化をいかにしていくかがデジタルライブラリーの新しい課題である。eBookのように商業出版社がインターネット経由で提供するコンテンツと図書館が提供するだれでもが利用できるコンテンツの切り分けをどのようにするかがこれからの重要な課題である。新しいビジネスモデルB2BI(Business to business Integration)という形で既存の組織がインターネットによるコミュニケーションを前提にした組織変更をしている。
「デジタルアーカイブは,中央集権的な集積から分散的な集積に変わっていくターニングポイントにあるのではないか」と締めくくった。


国宝二条城のデジタルアーカイブ〜京都の華麗なしかけ
清水氏は,京都でのデジタルアーカイブの実情とビジネスモデルについてのお話をされた。デジタルアーカイブの動きには,「ためる」(デジタルの保存)「つなぐ」(アーカイブ資産のネットワーク化)「いかす」(アーカイブ資産の展開と活用)という3つのステップがあるが,その中でも「いかす」に重きをおいているという。なぜなら,「ためる」「つなぐ」には,非常に資金がかかるので,産業化しなければ資金が調達できないからだ。

1998年,商工会議所を中心にした民間主導の「デジタルアーカイブ推進機構」を設立した。そこで,デジタルアーカイブのデータベースの構築,新商品の開発,デジタルコンテンツのビジネスをしようということを考えた。設置機関は2001年3月までである。推進機構の主な活動は,普及啓発,産業育成,人材育成,市場形成の4つである。
京都市,宇治市の世界歴史遺産を高精細静止画像技術でアーカイブ化し,今のBS放送,デジタル放送で流していく「高精細静止画配信システムの開発」,京都にある150の美術館,博物館を結んでポータルサイトを設けた「マルチメディア美術館展開事業」,「知的財産権の研究」など,さまざまな事業を行っている。

京都デジタルアーカイブ推進機構の2001年3月の解散を控えて,後継組織として京都デジタルアーカイブ研究センターが2000年8月7日に設立された。産官学の実践的な連携組織で,京都市,商工会議所,大学コンソーシアム京都が中心となって作っている。これに研究機関としての京都高度技術研究所が加わり,企業会員,賛助会員を募って設置した。設置期間は4年で2004年3月までとなっている。

そこで行われた一番大きなプロジェクトが「国宝二条城のデジタルアーカイブ」である。二条城には,非常に多くの障壁画(襖絵)がある。1億3000万画素という多くの画素数を使ってデジタルアーカイブした。全3411面の襖絵のうち954面が重要文化財に指定されている。デジタル化したのは,そのうち324面。徐々に増やし,ゆくゆくは3411面全てをデジタル化したいと言う。また,彫金類,欄間,建物などまだまだ残っているので,全てをアーカイブしたいとのことだ。

二条城アーカイブの活用イメージとしては,デジタルコンテンツをどんな部門にでも提供することにした。壁紙や床のタイル,地下鉄の壁面などさまざまなところで活用を始めている。業者がコンテンツをデジタルデータにしたものをインテリアデザイナーなどの会社に売る。ホテルの内装などに使ってもらうのだが,その販売額の約40%を画像の使用契約権として入れてもらう。40%のうちの20%は業者の手元に残り,残りは京都市に納入してもらう。このお金を全て京都市の文化事業基金に積み立てて,二条城自身の修復と保全に使用しようというのが目的である。

なぜ,二条城にねらいを定めたかというと,二条城は,世界文化遺産であり,二の丸御殿は国宝,障壁画は重要文化財である。そして,50年という著作権がすでに切れているので,妨害がない。また,二条城は全て京都市の所有であるのも大きな理由であった。

清水氏らは,二条城のデジタルアーカイブによって,ビジネスモデルを創出しようとしているという。
デジタルアーカイブの模範例を作り,京都をデジタルアーカイブの宝庫にし,さらには,日本全国に影響力を及ぼしたいと強調する。プロジェクトの展開の一例として,絹に二条城のデジタルデータをプリントし,着物にしたものがある。今のデジタルデータをプリントしたものである。

京都デジタルアーカイブ研究センターの次は,国からの支援ももらい,21世紀の新しいデジタルアーカイブの推進組織をもう一度作ろうと思っている。組織を活性化し,集中力を持続させるために,1000日(3年)プロジェクトと呼ぶプロジェクトにし,次々と組織を変更していくという。

事業が成功する秘訣は,知名度と求心力と立地条件だという。まず,地域がアイデンティティを発揮し,サクセスストーリーを作り,地域文化の豊かさを鼓舞して,地域文化の遺伝子を育て,求心力を作る。京都デジタルアーカイブ研究センターは大学コンソーシアムの上に建っているので,「立地」も「立知」も条件がいい。それらを利用して,成功例を作ろうとしていると力強く抱負を語られた。


高精細画像によるデジタルアーカイブ
加茂氏は,凸版印刷Eビジネス推進本部のデジタルアーカイブラボでアーカイブの仕事に携わっている。凸版印刷が開発したデジタルアーカイブとそれに関連した作品の紹介をしていただいた。ここ数年で,デジタルアーカイブという言葉が出てきたが,印刷データはもともと細かいデータを扱っていて,1990年になるとハイビジョンが登場し,映像系がどんどん細かくなっていった。 凸版印刷で最近1年の間に行った事例をまとめた映像をDVDで見せていただいた。 2000年4月,凸版とウフィッツ美術館は共同で収蔵品全点を超高精細にデジタル化するデジタルアーカイブのコラボレーションを開始した。このデジタル画像にさまざまなメディアへの忠実な色再現を実現する凸版のカラーマネジメントシステムを投入した。また,中国故宮博物院とのコラボレーションも始まった。

当初,デジタルアーカイブは,文化財や美術品,朽ち果てていくものをデジタルという永遠をイメージする技術を使って保存するという主旨から入っていった。ただ,実際に作る側になると,どのようなメディアを使ってどう表現するのかがはっきりしていないと,保存のデータを作るのは非常に難しい。

加茂氏は,美術館,博物館のデジタルアーカイブの仕事を通して,どのような目的で美術館,博物館がデジタルアーカイブをしようとするのかということを「現物が朽ち果てていくものは世の中にたくさんある。特に日本では紙の文化で劣化が進んでいるものがたくさんある。そのようなものを将来情報としてとっておくため」であるとまとめた。ヨーロッパなどでは,将来修復をするときの情報としてデジタルデータを保存してそれを使っていこうという目的もある。デジタルデータを使って学術情報として利用していこうということも増えており,その結果を含めて閲覧公開していこうとしている。また,インターネットを使った情報交換もある。

凸版印刷は,1つのデータから多くのメディアにデジタルの意味を最大限に出しながら展開していく「ワンソースマルチメディア」を目指している。また,高品質のメディアを可能にするカラーマネジメントシステムを採用している。
現物に対して,例えばディスプレイや印刷で表現するとき,どうしても出ない色がある。そういうときに,どこを主張してどこをあきらめる,ということを含めて表現の想像的な部分でのカラーマネジメントがある。

昨年10月,小石川にオープンした凸版印刷の印刷博物館の展示のひとつとして,ヴァチカンにある教皇図書館に収蔵されているグーテンベルクの42行聖書の上下巻1300ページ全てを,カラーフィルムで撮影し,デジタイズして保存したものがある。世界に49冊残っている非常に貴重なもので,1455年に印刷され,ドイツのマインツのグーテンベルクの印刷工場で印刷された。これを,2000×2000ピクセルでのディスプレイで聖書の活字のレベルまで細かく見えるように表現している。
撮影は,バチカンの中の写真室で,熟練した職人が行った。複写専門の縦型のカメラ,製版カメラを模したようなもので,約5000×7000ピクセルまで撮っているので,文字一つのところまでパソコンで表現できるくらいのデータはとっている。

メディアの表現のハードだけでなく,表現技術によってどのように国宝の持つ情報を表現できるかの内容も変わってくる。そのようなことを考えながら,今後もアーカイブのもとのデータを作り,保存し,公開していくと締めくくった。


ディスカッション
著作権とビジネスモデルについての討論が中心となった。
清水氏は,二条城の襖絵のデジタル化に関しては,京都市とデジタル化した業者で,総括契約をして,著作権を半々で持っているという。著作権法という法律のもとにだけやると処理が困難なので,契約で補い,デファクトスタンダードをねらって,先例としての位置付けをしていこうとしているとのことだ。
ビジネスモデルについて,加茂氏は,「デジタルアーカイブの対象物によっても違うし,文化財をデジタル化して公開するとき,だれが利益を享受するのか,だれがデジタル化のお金を払うのか,など問題が発生するから非常に困難だ」と述べた。ウフィッツ美術館などは日本における権利を凸版が契約で持っていて,それをコンテンツにしていくことを計画しているとのことだ。
客席から,「印刷業界としてのビジネスチャンスはあるのか」との質問が出たが,加茂氏は,「印刷会社も印刷技術を使ってCD−ROMやDVDを作ることも多くなった。デジタルデータ化されたものを公開していくことがビジネスとしてあるだろう。応用も含めて十分ビジネスとしてなりたっていくと思う。ただ,ビジネスとして成り立つべきいいコンテンツが出てくるかどうかが勝負だ」と語った。
また,清水氏は,「どのようにわく組みをし,文化財,美術品,風景を保存していくかというセンスの部分を手がけているのは,印刷会社である。メタデータ作りなど手仕事,力仕事の部分は,中小印刷会社が行っている」と述べた。

PAGE2001報告記事

(岡千奈美)

2001/03/04 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会