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印刷業界での「すみわけ」の必然性

塚田益男 プロフィール

2001/5/26

Print Ecology(印刷業の生態学) 過去の掲載分のindex

2. 「すみ分け」の自信

昔から印刷業者は「ぼやき」が多い。競争がはげしい「すみ分け」ができないというのだ。競争があるのは経済界では当然のことだし、その競争は国内だけではなく、グローバルに行われるようになったから激しくなるのも止むを得ないことだ。最近では野菜やタオルが外国、特に中国からの輸入品で値崩れしたので、生産者は緊急輸入制限をWTOに提訴するように、政府に圧力をかけている。問題は例え緊急制限が認められたとしても、一定期間が過ぎたら元に戻るということだ。従って、日本の生産者は短期間のうちに中国の生産者に負けないように生産性を上げなくてはならないことになる。勿論、中国と日本では物価水準も、生活水準も10倍は違うから、両者のコストを同じにしようと思ったら、少くも日本の生産性は10倍高くしなければならない。もし、それが不可能なら日本は野菜やタオルの生産を諦め、中国から輸入し、別の製品を輸出するという「すみ分け」をしなければならないということになる。

日本の工業製品はその努力に成功し、逆に世界に輸出できるようになっている。農業や繊維産業も、その努力に失敗したら外国の生産者にマーケットを明け渡すことになる。緊急輸入制限とは単なる時間稼ぎであって、短期間のうちに生産性を上げる方法がない時は、提訴をすべきではないのだろう。いづれにしろ、これが競争というものだ。そして消費者もマーケットも安いコストの製品を欲している。

印刷界ではこうした外国との競争は殆どないので恵まれた産業だといって良いだろう。しかし、韓国、シンガポール、タイなどの印刷工業会も何度か日本の出版業者にアプローチし、受注の道をつけたいと努力してきた。日本語と納期という障壁のために成功しなかったのだが、技術的に可能になれば日本の印刷界も外国と競争することになる。

最近のWTO(世界貿易会議)ではNGOや開発途上国の代表が、WTOの貿易自由化は工業製品を途上国に押し付ける先進国のエゴだと言って自由化に反対をしている。日本は今度は技術加工度の低い農産物や繊維製品の自由化に対し、人件費水準の土俵が違い過ぎるもの、そうした土俵の異なるもの同志を、貿易自由化という美名の下で競争させるのには無理があるというものだ。

印刷界にも沢山の土俵がある。それは多様化した沢山の受注品目であり、多様化した数量であり、納期であり、技術である。そうした多様化した受注一つ一つの経済的特性を表現するものは生産原価率であり、販売管理費比率である。そして、この経営指標が表現する受注形態こそ印刷界の「すみ分け」土俵そのものである。「すみ分け」概念は非常に大切なことなので、この機会にもう一度「すみ分け」の条件について説明しておこう。

1)「すみ分け」の条件〜多様性

その産業の中に「すみ分け」ができる条件があるかどうかを調べるには、その産業の構造の複雑性、多様性が大切である。先ず多様性について語るとしよう。私は多様性については4つの観点から考えるべきだと思っている、それは生産品目の多様性、マーケットの多様性、技術の多様性、生産者の多様性である。自動車業界は大変に裾野の広い大産業ではあるが、生産品目は限られている。車種はいくらか多いが品目は自動車だけだ。マーケットは殆どが系列化しており一様である。沢山の部品メーカー、下請業者はあるが、製品について社会責任をとるメーカーは限られており10社程度だろう。こうした産業の中では、激しい競争が繰り返され、弱小メーカーは倒産に追い込まれ、寡占体制ができて行く。従って、自動車業界ではメーカーがそれぞれに自分の得意とする分野で、レーゾンデートル(存在理由)を明らかにして安定して「すみ分け」るということはできない。

ところが印刷界の生産品目は実に多様である。文化財、情報財、生活財、包装財、建材、金融財・・・・。文化財の中では出版物の書籍が大きなウエイトを占めるだろう。とこらが書籍の中味は大きな書店へ行って見れば分る通り、単行本、文庫本、マンガ、地図、絵本、教科書、学参書・・・・、その一つ一つの品目を文芸本、実用書、学術書、などジャンル別に分けると、また沢山の枝葉が発生する。情報財にしても新聞、チラシ、週刊誌、月刊誌、カタログなどがあるが、その一つ一つの品目が、沢山のジャンルに分かれている。

印刷界の生産品目はこのように沢山のジャンルに分かれているが、多くの場合、その品目別、ジャンル別に生産技術も分れている。新聞制作の生産技術と設備は特殊だし、週刊誌、月刊誌も分れている。書籍の中でも単行本と文庫本とでも全く異なる専用の生産設備が必要になる。ビジネスフォームにしても各種の生産様式があるし、カタログにしても、ゼネラルカタログとスペシャルカタログとでは生産設備が異なるだろう。まして、名刺、葉書、封筒、カレンダーなどの生産設備は全く異なってくる。

このように品目が多様化し、それらの生産技術、設備が多様化すれば、それぞれの品目を取扱う印刷業者も地域ごとに多様な形で存在することになる。それが「すみ分け」というものだ。だから全国の印刷業者は一般印刷、スクリーン印刷、グラビア印刷、フォーム印刷、ラベル印刷、グラフィックサービス業者、製本、製版など沢山の専業者の団体を作り、全国に3万社以上の業者が「すみ分け」ながら存在している。マーケットは東京の首都圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)に約40%が集中しているが、その他は全国に人口の集中度に応じてマーケットが存在することになる。

勿論、これらのマーケットも印刷技術が変化したり、情報技術が進歩する中では、部分的にしろ印刷、放送、通信の統合が行われるので安定的なマーケットではない。しかし、この多様化したマーケットは、さらに情報技術を取込みながら、また新しい顔を見せるだろう。

2)「すみ分け」の可能性

印刷物の生産はただでさえ多種多様な品目がある上に、原則として一品生産である。昔は、書籍でも再版が多かったが、最近のように情報化が進むと再版などは殆どなくなったし、会社案内でさえ毎年のように内容を変えなくてはならなくなってきた。印刷物を制作するには常に新規のコンテンツを入れなくてはならないとなれば、発注者と印刷会社のセールスマンとの間には濃密な連絡が必要になる。一方、印刷物は受注件数ばかり多くなって小部数になるから、生産部門も営業部門も効率が悪くなり、売上が上がらない、営業コストと管理費ばかりがかかるようになる。このように印刷会社の販売一般管理費比率はますます重要な意味を持つようになる。

この販管費比率は受注規模の小さい小企業ほど相対的に営業費がかさむので大きくなる。すなわち大企業では小さいし、規模が小さくなるほど大きくなる。この間の事情は表を見てもらえば明瞭である。大日本、凸版、共同という大手3社の販管費比率は10%前後であるのに比し、29人以下の規模では30%を越えてしまうし、30〜100人の中規模企業では23〜25%、100人以上の中堅企業でも20%近い販管費比率を必要としている。そしてこの販管費は将来合理化によって小さくすることができるかというと「否」である。

事務部門へのコンピュータの利用が進んでいるので、営業、管理部門の合理化は進んできてはいるが、それにも限度はある。印刷業の仕事は、情報をのせて製品を生産している。パッケージのカートン函にしても各種の情報をのせている。情報化社会になって、製品のライフサイクルが短くなっているので、余計に情報のライフサイクルも早くなった。すなわち発注者と印刷セールスマンとの関係は益々重要になってくる。大日本、凸版の販管費比率は20年くらい前は7%だったが、最近では10%前後になっている。

この比率を下げると、顧客との接点が小さくなりサービスが行き届かず、CS(顧客満足)を実行できないということになる。販管費比率を上げないで受注量を増やす唯一の方法は印刷価格を思い切って下げることしかない。

このように印刷界の取扱い品目の多様性の中で、受注規模に応じ、会社の規模に応じて販管費比率が分れている。この比率とウラ、表の関係にあるのが製造原価率である。ご存知の通り次のような式がある。

売上−製造原価−販売管理費=営業利益

品目の多様化、小部数化の中では生産効率を上げることは難しいので、原価率はどうしても上がっていく。大手3社の原価率を見ても1995〜2000年という僅か6年の中でも約3%上昇している。まして大手3社がマーケットシェアーを広げて中小企業の受注分野に進出しようとすれば、小部数化による非効率だけでなく、価格下落による非効率も重なるから、売上に対する製造原価率は上っても下ることはない。大手が原価率を下げようと思ったら、受注を大口だけに絞って、中小企業分野から手を引くことである。

現在は販管費比率を落していないが、このことは小部数、小金額のマーケットに手を出しているのだから、本来は上るべき販管費比率を上げないで受注していることになる。そのことは前述した通り、顧客満足がない中で受注をするのだから、大幅な安値受注しか方法がないことを意味する。

こうした悪循環の中で大手3社の営業利益はどんどん下ることになる。一部上場会社は一般印刷の営業分野だけでなく、電子部品、建材、包材など特殊営業分野の受注も大きいので、それらの分野が成長している中は、一般印刷の低い数字は埋れているからよいのだが、特殊分野の成長が止ってくると、一般印刷の営業利益の下落は目立ってくる。そうなったらシェアー争いは無意味だから直ぐに止めなくてはならない。

私はこうした大手と中小企業の経営数字の分析から見ても、印刷界には「すみ分け」の条件はあると思っている。現在は競争が激しく、大手の「力づく」の参入で印刷受注の土俵が目茶目茶になっているのは率直に認めよう。しかし、この大手の「力づく」も今年中には限界が見えてくるだろう。大手は上場企業だから経営数字には社会的責任があるので、営業利益を2%以下にすることはできないだろう。いまは売上高維持に夢中だが、来年には減収増益の方へ戦術転換せざるを得ないだろう。中小印刷経営者は現在はお先真暗な気分でいるのだが、「すみ分け」土俵はあることを信じて勇気をだして頑張ろう。

・原価率、販売管理費比率、営業利益率
(東京、平成12年度決算)(全印工連経営動向調査)

5〜9

10〜19

20〜29

30〜49

50〜99

100〜299

社数

11

17

13

23

19

17

原価率

66.5

62.7

67.9

72.4

72.4

77

販管費%

34.1

34.8

29.4

24.5

22.8

19.3

営業利益

   △0.7

2.5

2.7

3

4.8

3.6

・大手3社の経営数字

1995

1996

1997

1998

1999

2000

4〜9月

4〜9月

4〜9月

4〜9月

4〜9月

4〜9月

大日本印刷

 売上原価率

83.6

83.3

83.2

83.7

85.5

86.7

 販売管理費比率

9.9

10.2

10.2

11.1

9.4

9.2

 営業利益率

6.5

6.5

6.6

5.2

5.1

4.1

凸版印刷

 売上原価率

84.6

84.5

83.7

85

86.2

86.5

 販売管理費比率

9.9

9.8

9.6

10.2

9.8

10.1

 営業利益率

5.5

5.7

6.7

4.8

4

3.4

共同印刷

 売上原価率

82

82.8

83.6

85

86

86.3

 販売管理費率

11.8

11.6

11.9

12

11.5

11.9

 営業利益率

6.2

5.6

4.5

3

2.5

1.8

2001/05/26 00:00:00


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