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紙の将来 プラマイゼロか、若干マイナス?

先般「2050年に紙はどうなる?」というシンポジウムを行なった。これは2050年の頃の姿を論理的に予測しようという大胆な試みではなく、紙にまつわる立場で仕事をしているさまざまな人々が、どのような問題を感じ、直感的に未来をどうみているか、というブレーンストーミング的な企画であった。まず大雑把にどのようなことが話されたのかということと、それらを総合するとどのような将来が浮かび上がってくるのかについてコメントしたい。

まず午前の部として、環境・社会・文化的な視点でのセッションがもたれた。最初に東京農工大学 農学部 環境資源科学科 岡山隆之助教授から、紙の歴史、紙のリサイクルを含めた供給側の現状とこれからの製紙技術の課題、紙の保存性などの話があり、社会的なリサイクルの取組みで紙は将来とも供給される旨の基調講演があった。リサイクル率には上限があるが、紙のために樹を減らすことなく、紙の供給は続けられるだろうという話である。

竹尾のペーパーショウのプロデュースなどをしておられるグラフィックデザイナーの原研哉氏からは、すでに紙は情報メディアとしての主役ではなく、2050年の紙の姿は今のままではありえないことと、しかし紙を使ってきた文化のステキさがすぐに電子メディアには移らないことの指摘があり、情報媒体ではない紙の特性、特に物質性や我々の身体性との関連に着目する話があった。
電気メーカーは電子メディアの可能性を語るが、そのインタフェースはこれから成熟が必要なものであり、2010年くらいではまだまだだろう。しかし電子メディアの成長と共に紙を考え直すことになり、影響を受けてお互いに進化する。紙が情報運搬の苦役から解放されることを積極評価する考えが示された。

日本製紙(株)研究開発本部 開発企画部 技術調査役 種田英孝氏は、今日の紙使用の内訳、今日の人の紙媒体の将来を見る目、紙と環境・エネルギー問題に対する批判、などの総括があって、今日では樹の畑のような人工的植林と紙のリサイクルによってエネルギーの確保と環境の保全が可能となる循環型モデルの説明があった。要するに太陽のエネルギーは樹木という形でCO2を吸収しながら地上に蓄えられ、それは一旦紙の姿になって何回かリサイクルされたあとで、「ゴミ」を燃料として使ってCO2が排出され、また樹に吸収される。

その後のディスカッションでは、紙メディアがマスメディア的であったのに、電子メディアは個人の情報発信を広範に可能にするので役割が異なること。カラー化では電子メディアの方が有利だったのに、プリンタのカラー化がそれを追っているように、両メディアはしばらく追いつ追われつの関係にあること。
また、人が紙に触れないで育つようになるまでにはまだかかること。むしろこれから大いなる発展が見込まれる中国やインドなどは、紙を作って運搬するインフラを作るよりも、通信ネットワークのインフラの方が先に発達し、今の先進国のようには紙の消費が伸びずに世界の紙の需給は均衡するのではないかという話しがあった。

当然と言えば当然だが、今まで紙に深く関わってこられた方々は、紙の文化を残そうという思いでこれからも努力をしていくことになる。その人たちは紙の将来を悲観してはおらず、全体として日本への紙の配分は減っていくかもしれないが、極端な紙不足あるいは非紙化の時代は数十年ではこないだろうというトーンであった。ただし午後の部ではこれとは違ったニュアンスがあり、これで安泰というわけでもない。

午後の部に続く
報告記事

2001/07/27 00:00:00


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