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「印刷経営の新しい姿」を探る



塚田益男 プロフィール

99/10/04

●オンデマンド・マーケットとは何物か?
 最近,印刷界でオンデマンド印刷のことが,よく言われる。どんな印刷方式なのか,どんなマーケットがあるのか,誰も説明しない。オンデマンド(On-demand),言葉の意味では,「必要に応じて」ということだ。「必要な時に,必要な印刷物を,必要な量だけ」供給することをいう。

 それでは新しいマーケットが出現したのだろうか。どうもそうではないらしい。E-プリントやクロマプレスのようなデジタル印刷機が開発されたので,メーカー側,サプライヤー側から作られた言葉のように思える。事実,オンデマンド印刷といえばデジタル印刷機を使う印刷のことのようだ。

 あくまでOn-demandは語源通りに解釈されるべきであろう。必要なときとは短納期を意味するし,必要な印刷物とはバリアブル出力を意味し,必要な量とは小ロットを意味する。この3つの条件を満足させる印刷手段は何もデジタル印刷機だけではない。

 静電コピー機,インクジェット印刷機,オンプレス・イメージング印刷機などいろいろあるだろう。要はOn-demand印刷とは,短納期,バリアブル出力,小ロットの代名詞だと思えばよいのだろう。

 問題はそういうマーケットがあるだろうかということだ。例えば最近はやりの自費出版がある。自分がこの世に生きてきた証として「自分史」を本にしておきたいと思う。多くて200部か300部あれば沢山だ。普通なら100部以下でよいだろう。ページ数で100〜300ページ位あるだろう。確かに自分史もオンデマンドのひとつだが,どうもオンデマンドの定義に当てはまらない

 出版界の人と話していると,確かに小ロット印刷に対する需要はある。絶版本に対する複製本もそのひとつだろう。それでは,そうした小ロット印刷を行ったらビジネスになるかというと,「No」と言う。ビジネスにならない。マーケットにならない。

 印刷界にはオンデマンドの親戚に当たるような言葉で,次のようなものがある。パーソナル印刷,ワンtoワン・マーケット,ダイレクトマーケティング,ワンストップサービスセンター(one stop service center),アウトソーシングマーケット,これらの言葉はそれぞれオンデマンドとは別の意味を持っているので,説明は別の項で行うことにしよう。いずれにしろ,このオンデマンドという言葉は,言葉だけが先走りしたので,マーケットがついてこない。マーケットがなければ印刷機も売れない。従って印刷界では,なかなかオンデマンドの実体が見えない。

 だからといって安心して良いだろうか。印刷界以外の社内印刷には前述した通り,電子印刷機がどんどん浸透し,印刷界のマーケットを食っている。アメリカにはクイックプリンターという印刷業種も誕生したが,日本にはその姿が見えない。

●印刷経営の新しい姿
 印刷経営は従来のようなやり方では駄目になる,これからは新しい発想が必要だ。こういう流れの中で,世界中の印刷指導者たちがいろいろな自説を展開している。どのご意見も一考に値するのだが,本当にその通りなのだろうか。どこまで信じるかは皆さんに委せるとして,ここではいくつかの考え方をご紹介しておこう。

・「印刷はサービスパッケージ」−−ペロー女史の意見(アメリカ)
 It is not just a page, it is a package.
 この文章は前からのつなりがあるから,このままでは分からない。意味するところは次の通り。印刷経営は単なるページ作り,すなわち印刷作業だけでは駄目である。印刷経営は印刷に関するあらゆるサービスをパッケージにして提供するものである。

 従来の印刷業は,DTP作業をし,校正し,印刷機を回し,製本をするまで,すなわち印刷物を生産することであった。これらの作業は印刷業者として当然の行為,必須条件,上手に作業して当たりまえのこと,価値が低い作業,競争になりやすい作業,顧客満足以前の作業ということになる。

 これからの印刷は,サービスパッケージだという。どんなサービスのことをいうのだろう。どのサービスが必要になるかは,受注した仕事の価格や顧客の要求によって異なるだろうが,全体としては次のようなサービスを期待していることになる。

 企画,デザイン,ロゴ作り,カラー写真撮影,梱包,まとめ作業,発送,顧客データ管理,インターネット・ホームページ作成,CD-ROM作成……。

・「印刷業はone stop service center 」−−Liew Heng Son(シンガポール)の意見
 印刷業が影響を受けるトレンドとして,次のようなものがある。
 第1にデジタル化の出現である。新しい電子技術やメディアについて常に勉強し,先手をとっていなくてはならない。

 第2に顧客のone stop service centerへの要望に応えること。one stopサービスセンターのことをone stop shopということもある。印刷物を発注するのに,デザインはデザイン会社へ,用紙発注は紙卸商へ,製版は製版会社,印刷は印刷会社……,顧客はこんな発注システムには耐えられない。印刷会社へ一度足を踏み入れたら,その印刷会社が必要なサービスを全部引き受けてくれる,そういう印刷会社のことをone stop service centerという。−−従来の印刷会社にとっては耳の痛い話だ。

 第3に,印刷会社は常に競争に負けないよう,先んじて大胆な資本投下をすること。これからの印刷業は技術がどんどん先端化するし,CTP(computer to plate)やダイレクトイメージングに大変な資金が必要になる。恐れていては競争に勝てないという。−−今度は頭の痛い話だ。

・「自社がなぜほかの仕事に手を出さないか知っている」−−アメリカの印刷雑誌(GAM)より
「もっと大事なことがある。良い印刷会社は,自分の会社が何故ほかの仕事に手を出さないかを知っている。戦略の本当の価値は,新しい機会に対し,いつ,なぜ,Noと言うのかを知っていることだ」

 私はいつも,これからは印刷会社のidentity(独自性)を作ることが大事だと言い続けてきた。今後の多様化社会ということは,チャンスは誰にでもあることを意味する。だからこそひとつのシーズ(種子)を大事に育て,その道についてはベテランの会社になることが大切だ。多様化社会と個性化社会とはコインの裏・表の関係になる。個性化する,「一巻の人」(その道,一筋)になる,専門化する,このことと多角化戦略やone stop service centerと矛盾していないだろうか。

 何でも屋,萬(よろず)屋が一番悪いと言っている。何でもできるということは,何もできないということと同義語だからだ。多角化とは,たくさんの印刷品目の中で,得意とする品目,競争力のある品目,ベテラン社員のいる品目,そういう品目を複数持つことをいう。中小印刷界は,まずひとつを大切にしよう。

 そのひとつの印刷品目については,企画から最終の配送管理まで,サービスのすべてを実行できるようにすること,それがone stop service ということだ。

●企業統合(買収,合併,持株会社,フランチャイズ……)
 日本の大企業も,世界中の大企業も,どんどん企業統合を行っている。毎日の新聞に企業統合の記事がでていない日はないだろう。日産自動車,第一勧銀,富士銀行,日本興業銀行などは最近の大型統合だ。日本中の大企業が,ゼロ成長経済とグローバル化の中で,全面的企業統合か,部分的,業務部門別業務統合か,形はいろいろあるにしろ,企業間の統合を考えなくては生きていかれないと考えている。それほど,緊急事態になっていると認識しているのだ。

 現時点で,経済が一番力強く成長し,運営されているのはアメリカだ。その印刷界ではこの数年,企業統合が盛んである。最近,一番驚いた事件は,Quebecor Printing CorpとWorld Color Pressの合併だ。両者はアメリカ印刷界の中では,2位,4位という大企業である。Quebecor社は96,97年の2年間に6社を買収し,World Color社は95〜97年に9社を買収している。両社はM&Aを繰り返しながら大きくなり,終着点はその両社が合併してしまうということだ。従来,北米で一番大きな会社は,RR.Donelly&Sons社だったが,今回の新会社Quebecor-World社が出現したので,規模では横一線に並ぶことになった。その他の大手印刷会社でもM&Aを盛んに行っている。

 大手だけではない。1985年に名乗りをあげたConsolidated Graphicsという会社は,毎年のように合併に,買収を続け,現在では全米に54の拠点を持っている。Joe R.Davisという会長は,M&A対象の印刷会社は売り上げ規模2〜2500万ドル(2.5億〜30億円)の中小企業だという。

 大手,中堅,中規模の印刷会社だけの話ではない。小規模でも企業統合がある。アメリカにはQuick Printerという業者群がある。日本にもキンコーズが出店してるから,どんな会社か分かるだろう。IKON,XYAN,Balmer Printingなどという大会社もある。このクイック・プリンタの業界では,小企業をフランチャイジーにして,フランチャイズ制をとることにより,どんどん成長している。

 日本の印刷界はどうだろう。不況の嵐,技術の嵐が吹きまくっているのに,M&Aなど聞いたことがない。時流に遅れた業者は廃業してしまう。切腹を美徳とする武士道だろうか。私が「活字よ,さようなら!」と指導した第1構造改善の時,たくさんの協同組合ができたが,しょせん,仲良しクラブだから,後でみな解散してしまった。

 過日,小森印刷機械の招待で来日していた,J・H・ライアン氏にアメリカ印刷界のM&Aについてたずねたところ,アメリカでも昔はこんなに激しくM&Aがなかった。印刷経営者のメンタリティ(心情)が最近,変わってきたのだという。日本でも印刷人のメンタリティや税制が変われば,M&Aが始まるのだろうか。


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1999/10/01 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会