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日本を豊かにした旧パラダイムだが…

塚田益男 プロフィール

2001/9/26

Print Ecology(印刷業の生態学) 過去の掲載分のindex
「カオスからの脱出」あとがき パラダイム余話

パラダイム分析の背景

私は企業中心社会、工業化社会というオールドパラダイムの分析に多くの時間を費やした。この崩壊プロセスを明らかにしなくては「失われた10年」(lost decade)と言われた平成大不況の実体が見えないからだ。そして、崩壊の仕方がビッグバンと呼ぶのに相応しいほど大きなものだということを理解してもらいたくて、「印刷界のビッグバン」という著作も出版した。

私がいうオールドパラダイムとは第二次大戦後の1950年から1991年まで、終戦後の混乱期5年を除いて約40年間の社会秩序のことをいう。1950年鉱工業生産が戦前の基準値に戻った年であるし、1991年は平成大不況が始った年である。この期間はけっして長いものではなかったが、1億2千万人という人口を持つ国家、敗戦後の無一文から立上がった日本、この日本をアメリカに続く世界第二位の経済大国に育てた立派なパラダイムだった。短い間に大変大きな仕事をしたものだと、つくづくと思う。工場はどんどん大きくなり、中小企業も活気に満ち、人々の顔も明るく、未来に希望を持っていた。街にはビルが林立し、住宅地も整備され、一方、外貨の蓄積も、国民の貯蓄もどんどん大きくなり、全く安定した国家に成長した。

最近は、lost decade(失われた10年)の中で社会全体が自信喪失したので、国民の間では「国の形」を明らかにしろという声が大きくなった。私はオールドパラダイムの企業中心社会こそ、1990年までの経済大国を建設した、日本の「国の形」であったと考えている。その形は一種のフレームワーク、社会の枠組み、社会秩序、社会的価値観、システムのようなもの、もっと換言すれば一種の重箱のようなもので、中に規制という仕切りが沢山あったので、非常に頑強にできたものだった。従って、国民はこのパラダイムの中で、のびのびと経済活動ができたのだった。私は、この間の分析にも充分なページ数を使用したと思っている。

オールドパラダイムと印刷界

この間の印刷界は一般経済界の拡大に歩調を合わせ、いやそれ以上に需要増があって、いわゆるGDPに対する印刷需要の弾性値は一貫して1.0以上、年によっては50%以上も上回ることがあった。教科書ブーム、学参書ブーム、百科事典ブーム、文学全集ブーム、文庫ブーム、漫画ブーム、ビジネスフォームブーム、軟包装ブームなど沢山のブームがあった。その中で印刷界は旺盛な需要に支えられ、一直線に成長路線を歩むことができた。この成長路線は印刷界だけでなく、製紙、印刷設備、インキ、感材、など印刷関連産業にも及び、大きなエネルギーを持つことができた。

この期間の最初の時期は終戦後の混乱期で、社会思想の上でもすべての思想が開放され、抑圧されていた共産主義、社会主義を背景にした労働運動も活発になった。その中で大手二社、大日本印刷、凸版印刷も最初のうちはその洗礼を受けて苦労したが、早く独自路線の労組に切替わったので、このパラダイムが求めていた生産性中心の路線に乗ることができた。他の大手や中小印刷はその後の展開に遅れをとり、労組との交渉に苦労する会社が多かった。

労組は当初のうちは社会主義インターの路線を歩んでおり、労組本部も教条的思想の中で労組を指導する場合が多かった。それでは労組と経営陣の間には闘争の勝ち、敗けしか存在せず、妥協の道はなかったから、総労働と総経営という社会構図も定着できなかった。しかし、多くの組合がその後柔軟路線をとるようになり、経営者に社会的任務を自覚させるような経営のチェック機能も身につけるようになった。それにしても多くの中小印刷経営者たちは1950年代、60年代に労組と争う中で大変な苦労をされたわけで、改めてご慰労を申し上げたい。

●印刷界の技術変化
 技術進歩はこの40年間に急速に発展した。一つは大手2社を中心にした印刷技術を応用した産業部品分野への進出である。もう一つは中小印刷界の近代化指導の中で行われた「ホットメルト活字よさようなら、コールドタイプ今日は!」という平版化である。

大手2社は特印分野すなわち電子部品、産業材料、建材、カード、パッケージ包材などで圧倒的な技術力を駆使し、大きな需要をつかみ、他社を引離しての独走体制を作ることに成功した。中小企業の平版化のことについては本文中に随所に出てくるので省略するが、中小印刷界が生産性向上という社会的大命題に適応することができた源泉だと思っている。

平版化は需要の拡大とともに大型、多色、高速、巻取などの技術変化を次々と消化した。特に製版におけるスキャナ導入以降、また文字組版におけるCRT写真植字機導入以降の技術変化は目まぐるしく、1960年代にそれらの技術導入に苦労された沢山の先輩各位に深い敬意を表するものだ。

●大手印刷界と中小印刷業および関連業種
 1945年の敗戦前の印刷産業は、大手も中小もなく、一つの産業団体を作り、事業目的を一つにして運営されていた。それが中小企業団体組織に関する法律が制定され、1950年前後に印刷界でも各地に印刷協同組合が設立された。それが後に調整組合、工業組合へと発展的に改組されて行った。こうして印刷産業の中に、大企業を中心とする印刷工業会のグループと、全印工連を中心とする中小印刷会社グループと二つのグループが誕生し、別々に運営されることになった。勿論、その過程では軽印刷、製本、写真製版、グラビア、シール、BF、スクリーン、光沢加工などの業者グループもそれぞれに団体組織を設立し、独立した運営を行うことになった。

これは政府の護送船団方式による産業育成というオールドパラダイムの行政施策の一環で、一面では1973年の中小企業近代促進法による中小印刷業の体質改善に大いに寄与するものであった。その反面、大手企業と中小企業は共通の利害関係と競合関係があるにも拘らず、日印産連による再結集まで、互に意思疎通の場が持てなかったことは不幸なことであった。そして統合した今日でも、残念なことに昔の後遺症が残ってしまった。

オールドパラダイム時代の社会慣習、モラルなど

企業中心社会、工業化社会というオールドパラダイム時代の社会慣習、社会規範、社会制度などについては私の前の著作「印刷界のパラダイムシフト」のなかでも述べている。しかし、このパラダイムは日本を大工業国に変身させ、世界が羨む豊かな国にした源泉であるし、私の印刷人生50年のうち大半を占めた懐かしいパラダイムでもあるので、そして新しいパラダイムとの比較の時にも重要になるのでもう一度列記をしておこう。

・物づくり万能、技術革新、物的生産性、生産性向上運動、マスプロ・マス消費、規格化、標準化、売上げ志向、シェアー主義、系列化(生産・販売・金融)、ベルトコンベアー生産方式、カンバン方式・・・・・・。
・間接金融、金融資本主義、土地本位制、主力銀行グループ、株式持合い、右肩上り成長・・・・・・。
・護送船団方式、傾斜生産、高物価体質(高い公共料金)、公権力、政官財癒着、日本型資本主義・・・・・・。
・結果の平等、懲罰的累進課税と相続税、横並び思想、中流階級意識、ワンパターン、金太郎アメ型社員像、画一的教育・・・・・。
・終身雇用制、年功序列型賃金体系、愛社精神、社内貯蓄制度、社宅、社員寮、保養所、住宅手当、通勤手当・・・・・・。

この項、続く

2001/09/26 00:00:00


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