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字体問題は深入りしないのが、吉?

文字の利用には昔から、自分があとで読むために書くとか、書いて誰かに読ませるという私的利用と、地区住民の共通認識としての地名(故郷の山河里など)とか公文書などの公的利用がある。私的利用は誤字のような異体字でも許されるが、公的利用では勝手な文字の書き方は具合が悪いので、文字についての標準化がされる。その標準化の強弱の程度はさまざまだが、書き表し方に何らかの制約が起こる。

これは手書きの時代からあった区分けである。それが活字で印刷するようになって、私的利用のようなコンテンツが広くパブリッシュされることも多くなった。しかし活字がなければ出版できないという制約があったために、字形の発散はかなり防げたと思う。諸橋大漢和は写植で乗り越えようとしたくらいだから、活字の漢和辞典の字数は、今となってはしれている。

コンピュータで文字出力する時代になって、ドット文字からアウトラインフォントに至り、日本の漢字の規範は一旦は活字の時代の漢和辞典の世界が再現するかのように思われた。過去の公的利用の文字は漢和辞典に集積されているからで、それに近い世界を想定したのがJISの補助漢字であった。数十年にわたって印刷用に用いられていた活字の世界の共通項は、やはり漢和辞典と高い親和性があったことが、その時の調査でわかった。

当時それで十分と考えられていたわけではないが、肝心の公的利用については、法務省、文部省、通産省のそれぞれの管轄している漢字の整理がハーモナイズする方向になかったので手が出せなかったのである。しかしその後のPCの急速な普及で、どんな分野にもコンピュータが使われるようになって、JIS第3第4水準など公的利用に目を向けたた調査がされるようになった。

今では活字を超えて手書きの文献も含めた遡った漢字調査がされるようになった。それに従って曖昧になるのが公的利用と私的利用の区分である。もともとJISは情報交換用の文字種という考えで字形の共通認識のある範囲が対象であったのだが、コンピュータの普及によって、著者がコンピュータを使って文字表現をする場合に、著者の字形に関する意図の再現をコンピュータの世界一般に対しても求めるということが起こって物議をかもした。

当面は公的利用の文字に関する整理が進むであろうが、私的利用の問題はまたいつ噴出してくるかわからない。コンピュータで扱える字種を無制限に増やすことの懸念は単にシステム屋さんだけのものではなく、利用者にとっても字形判別の負荷など、文字を扱う作業効率の低下をもたらす。直接的には入力間違いや誤用の増加が心配されるようになった。これは戦後に常用漢字などに向かって日本人の漢字に対する意識が相当収斂しきたことを表している。この期に及んで字体に関して発散するような議論をするのは相当骨が折れることになろう。

テキスト&グラフィックス研究会会報 Text&Graphics 167号より

2001/11/15 00:00:00


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