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電子調達と契約の果たす役割

赤尾法律事務所 弁護士 赤尾 太郎 氏(元 虎ノ門南法律事務所)

そもそも取引の分野では,契約自由の原則といい,当事者が内容を自由に決めていいというのが日本の法制である。したがって,法令の定めがない事項については当事者が契約で自由に決めてよい。法令の定めがある場合であっても,強行法規に反しない限りは契約で自由に決めてよい。したがって,任意法規よりも契約が優先するというふうに考えられている。

おまけに,技術の進歩を法律の制定が後追いしているというのがこの分野では顕著で,日本は伝統的に法律の制定が遅いということもあるが,法制が後追いしているという状況があり,契約が果たしている役割が依然として大きい。

契約というのは,必ずしも契約書を意味しない。日本の法制では,契約自由の原則の結果,契約の方式,意思の表示方式についても特定の方式は要求されていない。したがって,書面でなければいけないということは,原則的にない。その結果,電子データのやりとりでも契約が成立するということになる。

ただし,書面化できるものをしておくというのは依然として重要である。なぜかというと,合意内容の明確化が図れるということと,証拠の確保になるからである。契約は重要だが,しかしそれで全部かたが付くかというと,そういうわけではない。先ほどの強行法規に関する部分は当然だめだが,それだけではない。しょせん,契約当事者だけの問題であるということで,第三者との関係は射程外である。特に,コンピュータが関係している電子商取引の場合,コンピュータシステムに関して第三者の知的財産権,著作権や特許権を侵害している可能性がある。

そういう場合には,当事者間の契約でどうこう言ってみても,第三者からの損害賠償とか使用を止めろというクレームについては,直接的にはその契約は無力である。その他,サイトに表示されている内容が第三者の名誉や企業の信用,個人のプライバシーを侵害しているといってクレームをつけられた場合,当事者間の契約ではそのことに直接的に対応できない。そういう意味で,契約で全部のリスクを除去できるわけではないが,そういうリスクをヘッジするために,契約の相手方にリスクを転嫁できるようにしておくという工夫は可能である。

電子調達

契約関係について,話をわかりやすくするために物品の取引を想定して,電子調達サイトのようなものを考えてみたい。
電子調達の機能を担っているサーバコンピュータシステム,あるいはそのシステムに接続したコンピュータのディスプレイ画面に表示される映像を指して,電子調達サイトというふうにイメージしておいてもらいたい。そういう電子調達サイトは,理屈としては売る側も買う側も,n対nで不特定多数であり得るが,実際にはそれなりに参入制限があり,参加できる資格を絞っていることが多い。ここでも,売る側も買う側も一定の要件のもとに参入を絞っている。それはサイト外でやるのかという話はあるが,制限されている,閉鎖的な,クローズドな関係をイメージしてほしい。

ひとつのモデルとして,下図のように中央にサイトの開設者を置き,左下に売り手,右下に買い手を置いてホスティング契約等,運用委託をしてしまう場合もある。売り手側とサイトの開設者との間に何らかの契約関係がなければいけない。

参加者を絞っているので,一定の審査をしてパスした会社とだけ契約するものを想定している。買い手側も同様で,審査にパスしたところだけ契約すると考えている。

物品の売買契約自体は,このモデルでは供給者と需要者の間で直接に成立する。ただし,個別の売買契約をいちいち内容を確定するのは大変だし,現実的ではないので,サイトの開設者と供給者との間の契約,あるいは需要者とサイトの開設者との間の契約の中で,サイトを利用して締結される個別の売買契約の成立手続きとか内容について,約款等であらかじめ決めておく。それに従って手順を踏むことで,この間の売買契約が予定された内容で成立するというイメージをしている。これは純粋に仲介型で,サイトの開設者や調達サイトの側は,不動産屋のようなものである。

単に媒介してくれるだけではなく,物品の引き渡しとか代金の支払いについてサイトの側が責任を持つという場合もある。ベイツボ.com などは,トップページの表示を見る限りでは責任を持つと書いてある。仲介型のバリエーションとして,サイト開設者が代金の支払いなり物品の引き渡しについて保証するというのは,一応考えられる。そうすると,ここに保証契約がさらについてくる。

サイトの開設者が売買契約の当事者になるという作り方もある。この場合は,サイトの開設者が供給者から仕入れてそれを需要者に転売するということになる。もちろん,何をどれだけというのは,供給者と需要者との間で決めてもらい,決まったらそれに従ってサイトの開設者が仕入れて瞬時に転売する作り方もあるだろう。

電子商取引では,コンピュータ画面を通していろいろな手順を踏んでいくが,一体契約はどこで成立したのか,どの時点から当事者は拘束されるのかという問題がある。取引の内容が情報として固まって,「これでお願いする」という最終的な情報が購入希望者のほうから送信されるという場面が,必ずどこかである。それを申し込みと捉え,それに対してさらに返事が来るというのが承諾だと考えるべきだという人が法律家の間では多い。契約は民法上は承諾が到達したときである。原則に従えばそうだが,民法はリアルの世界を想定しているということもあり,隔地者間の契約では承諾の意思表示が発信されたときに契約が成立するという規定がある。

このため,売り手のほうが,「それで納品する」というデータを返したところ,途中でコンピュータの不具合や通信の異常によって,「買いたい」という申し込みをした人に届かなかったという場合にも契約は成立してしまう。申し込んだ人のほうは返事がないからわからないと思っているのに,代金を支払わなければならない。あるいは納品を受け入れの準備をしておかなければならないというリスクにさらされてしまう。

それはよくないのではないか,原則に帰ればいいのではないかという議論が以前からあり,幸いこれは任意法規と考えられているので,契約によって承諾が到達したときに契約が成立する,それ以降拘束されるというふうに修正すべきだという意見が非常に多かった。

最近改正された割賦販売法は,電子データによる情報の交付の場面で,どの段階で交付されたのかは相手方が使用しているコンピュータへの受信記録だという前提で書かれている。電子消費者契約に関する法律では,BtoCの取引に関してだが,承諾の意思表示が相手方に到達したときに契約が成立するということがはっきり書いてある。今後はそれに引きずられて,承諾の意思表示が到達したときに契約が成立するというのが一般的になっていくだろう。

コンピュータを使う関係で,送信を誤った,あるいは入力内容を誤った場合にどうなるか,無効にできるかというと,民法の原則は書いてあるとおりである。ただし,BtoCに関しては,この法律案の中では2つの場合は無効の主張ができないということになっている。この辺は,契約で手当てすることが可能で,無効主張ができる場合を定めておくべきである。それから,閉鎖的な事業者間のサイトの場合,利用者を審査して会員制をとっていると,なりすましとか事後的取引否認はあまり考えられないが,やはり契約で決めておいたほうがいいだろう。
ただし,BtoCの取引に関しては,効力が認められない可能性が高い。BtoBで契約で定めておけば一応大丈夫ではないか。
(つづく)

■関連記事:
EC法律シリーズその1 eビジネスの法的事項
EC法律シリーズその2 電子商取引の関係法令
EC法律シリーズその3 EC周辺領域に関する新しい立法

■出典:通信&メディア研究会 会報「VEHICLE」通巻149号(文責編集)

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弁護士 赤尾 太郎氏のプロフィール
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上智大学法学部卒業,1995年(平成7年)弁護士登録。
一般民事案件,倒産処理から,代金決済関係を中心とした電子商取引関連の契約案件,知的財産関連,コンサルティング業務まで幅広く手掛ける。
2001年9月,虎ノ門南法律事務所から独立,赤尾法律事務所を開設。現在,電子商取引,知的財産関係業務を中心に一層力を注がれている。

2001/12/01 00:00:00


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