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街の文字,生き生きと

型染版画家 伊藤 紘

 写真・文=伊藤紘
『街の文字たち』
伊藤紘制作室刊
B5判 192ページ
2000円(税込み)
TEL&FAX 046-842-7194


四半世紀というと長いようで短く,短いようで長い。前者は年齢に関して感じるし,文字たちの変遷のありようをみると,後者の感でもある。
仕事の合間に,全国の文字たちを採集し始めた契機は,文字に接する機会が多い割りに,あまりにもその原点について無知であることと,新しさを追求するあまり,本来のかたちや意義を吟味することなく,日常を流れていくことへの危機感にあった,といってよいだろう。
根源には無論,文字が好きであったことは含まれるが,かたちあるものは滅するものだ,という一種の無常観も少しはあったようだ。

こうして,本というカタチになったものを見ていると,安堵感とともに何か物足りなさも感じている。
それは第一には,もっともっと多くの文字たちを載せたかった,ということと,言葉では語り尽くせない文字への思いと,歯がゆさが沸々と湧き続けているからだろう。
文字は日常生活に密着しすぎているが故に,空気と同じように「ある」ことが当然の存在になっていて,改めてそれを解釈,分析するなど,専門家や好事家がやっていればいい,と考えられてはいないだろうか。
ここに掲載された文字たちは,四半世紀以上前に撮られたものもあれば,数年前に目にとまったものもある。いうなれば,全国から集まった紙上同窓会みたいなものだ。
彼らの住む場所は実に多種多様で,都会育ちもあれば,山深い地の出身のものもある。多くの人たちに見つめられている文字もあれば,人気の少ない場所で,ひっそりと生き続けている文字もいる。
まさに人間社会と同様,運不運に左右されながらも,彼らは己の立場を静かに受け止めているだけである。と同時に,受動的だけであるように見えながらも,時によっては実にアクティブな働きをする場合もあるのだ。
文字のもつ力が宗教的に利用され,それを発揮する例も多く見てきた。このように人間の手で生み出された文字は,発信者であると同時に受信者でもあるといえるだろう。文字自体は意志をもたないように見えて,多くの人や社会に影響を与えている。それは本書の中の彼らの表情から十分にうかがえると思う。
まさに前述した好事家や専門家の調査や,研究の対象にはなり得ないだろう文字たちが,圧倒的な数と意義でそこにある。
人間生活とともに生きる彼らは,立派な生命の魂をもった存在なのだ。

この書を著すにあたって,一番考えた問題は切り口をどうするか,だった。住みついている地域や場所,あるいは職業別,のれんや看板といった媒体別等々,はすぐに考えられるが,そんな一般的な分け方や常識的なくくり方でなく,文字のもつ情念や文字への思いをどうしたら表現できるか,だ。
彼らの生きる多くの世界を,横断的に切ること,出身や環境を混在させることで,文字たちの個性や特徴が明確に見えるようにしたかった。
身内や仲間,専門家同士の集まりも悪くない。しかし群れる必然性のないところに,迎合することもない。人間社会と同様に,混在,混然の中から発見できるものも多い,という経験や実感から,彼らを見つめてみたかったのだ。
一つの文字でも見方や思いはさまざまである。多くの方にそれを吐露してほしいし,ご高評をいただきたいと思う。

背中で跳ねる文字灯りに宿る文字

2001/12/13 00:00:00


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