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「本気」が試されるデジタルへの道

印刷業界の2002年新年の挨拶は、いまさら日本のデフレとか経営環境一般の厳しさは話題にならず、昨年後半来に業界でとくに目立ってきた、価格の下落、需要減、設備過剰、供給過剰などなど、印刷デフレの唱和になってしまった。価格の下落はデジタル化で制作の合理化が進んだため、需要減は日本の経済状況のため、設備過剰は物的生産性に依存する体質のなごり、供給過剰は好景気の時代に業者数が増えすぎたためで、マクロにはどれも筋は通っている。

すぐに日本の景気が持ち直すことはないが、それ以上にこういった印刷デフレに即効的に利くものはなく、手の打ちようがないというあきらめムードが強い。マクロには自然淘汰のような形で調整がされて業界の再編がなされるのであろうが、それは縮小均衡であり、そこに至るまでのふるい落とされる順番待ちの列のなるべく後ろに並ぶため、という消極的な対策に追われているところも少なくない。

電子メディアは一部の印刷業では重要な業務であり、各業界団体も啓蒙をしているが、業界全般を潤すとも受け取られていない。売上を上げるには印刷の生産性を高めるほうが容易であるとの考えは抜けきれない。しかし、印刷業は未来の展望をあきらめなければならない状況なのだろうか。印刷は長い期間をかけて非常に多様化してきたので、それぞれを担う個別企業での事情は大きく違っているから、未来のシナリオもそれぞれ異なるのである。

多様化の捉え方はいろいろあるが一例として、一方の極には、「情報伝達として用が足りればよい」ような印刷物があり、反対の極には情報以上の価値や存在感のある「文化財的」印刷物を置いて考えてみる。
文化財というのは大げさに思われるかもしれないが、写真集にしても単に高級な印刷ができるというだけではだめである。文化財的なものは、対象に対する見識や深いかかわりによる人脈がないと、この種のブランドは打ち立てられない。つまり営業力によるニッチではなく、伝統を引き継ぐ文化的産業として認められるように、威厳とか重みのある会社にならねばならない。しかし威厳だけでは商売にはならない。老舗の看板はあっても経営が思わしくない会社になりがちなのであり、本当に少数精鋭への険しい道である。

それに比べて「情報伝達として用が足りればよい」印刷物はマーケットが広い。これこそ印刷産業の拡大を支えていた部分である。しかし電子メディアの多様化の中で目的に応じて適したメディアへシフトしていく。ITとかマルチメディアで新たな市場が現れて売上が伸びるというよりは、縮小均衡に向かう印刷デフレの中においては従来の印刷事業+電子メディア事業の1+1でも結果は1かもしれない。…が、新規事業をしないと従来の印刷発注の1が0.7とか0.5へ、悪くすると0にもなりかねないので、電子メディアを射程に入れないとデフレに対抗できない。

つまり、予想される結果は、印刷と電子メディアを込みで営業するならば、売上が維持できるかもしれない程度であって、それ以上に売上を伸ばすには電子メディアのプロにならなければならないし、そうなると印刷のアナロジーに縛られずにいろんな展開がありえる。BF印刷からDPS(データプリント)というアウトソーシングへ移行しているのはよいお手本である。

もう物的生産性を追いかける印刷だけなら車の運転と同じくらいに付加価値のない仕事なのであり、伝統的産業を目指すか、先端的産業を目指すか、この業界のそれぞれの人の指向はどちらかに振れないと、将来はプロとしてやっていけないことを銘記すべきである。今まで印刷の利益の下で余技としても通用したデジタルビジネスにも本腰を入れなければならない時がきたのである。

PAGE2002では、2001年開催のシンポジウム「2050年に紙はどうなる?」,「2050年に印刷はどうなる?」に続く2050年シリーズの第3弾として,果敢なチャレンジを続けている新しいデバイスの動向とその将来を展望しますので、今後のグラフィックアーツビジネスのチャレンジのヒントにしていただきたい。

2002/01/09 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会