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カオスの中の印刷経営(T)

塚田益男 プロフィール

2002/2/13

私は昨年上梓した著書「カオスからの脱出」の中でも、パラダイムシフトをしなくてはならない諸問題について記述した。そして、それらの諸問題は印刷経営の中で、問題意識として経営者が理解しはじめてはいるが、脱出の方法や解答が分らず、トライ・アンド・エラーの努力が正に始まろうとしているものばかりである。そこで今回は、問題点として意識を始めたものを、もう一度、列記しておこう。これらの問題点は過去の印刷界においては常識であり、経営の最適解であったものだ。それが新しい技術環境、経済環境の中では最適解ではなくなったからカオスが発生したのだから、問題の所在を正確に把握する所からはじめなくては新しい解は見つからない。

1)印刷界における収穫逓減則のトラップ(わな)

古いパラダイムの生産思想は生産性向上とコスト節約だった。コストsaving と生産性上昇に成功すれば自ずと競争に勝つことができるし、利益留保も可能になるし、従って給与や配当の原資も大きくすることができるという思想である。印刷界はこの呪文を信じて、長い間、設備の合理化、スピード化に努力をしてきた。確かに1970年代、80年代の印刷界においては、この呪文は真理であった。私の業界指導の計画案もその線に沿っていた。この時代には印刷のマーケットが拡張期であったから、追加一単位の設備投資から得られる付加価値は、直前の投資から得られるものより大きくなった。すなわち収穫逓増のプロセスに入っていたのである。

ところがこの投資環境は1990年代に入ると全く変貌した。マーケットの拡大テンポは生産力の拡大テンポを下回り、最近では実質的にもマーケットは縮小プロセスに入ってしまった。この環境に入ったら、追加投資一単位の生産する付加価値は、作業量不足と料金下落の二面から、直前の投資一単位が生産する付加価値に比べ、急速に減少する。すなわち収穫逓減のプロセスに入ったのである。

逓減則のプロセスに入ったら、投資を行えば行うほど、赤字転落の坂道を急速に下降する。この坂道が現在のオフ輪市場であり、4色両面8色枚葉機の市場である。正に物的生産性向上策は「悪の華」である。

しかるに印刷業者はもっと早い機械、もっと胴数の多い機械を追かける。自分の会社だけが他社よりコストを下げることができれば値段をさらにさらに下げることが出来るので、受注競争を有利に戦えると考える。印刷業者が印刷機械を自社で製造するなら、独占的な地位を占めることができるだろうが、お金さえ出せば誰でも買える機械だから独占など出来る訳がない。結局、料金の下げ競争をするだけで下請料金ならワンパスB半オフ輪1.0円、A全オフ輪1.5円、4色両面枚葉3円などという赤字料金が出回ることになる。

生産性向上運動こそ給与財源の道、私たちの生活水準を向上させる道、これこそ永遠の真理だと信じていた。本来、物的生産性と価値的生産性が併行して動ける時はマーケットが拡大している時だけで、特にマーケットが縮小している時は反対の動きをするものだ。すなわち、新投資を行って物的生産性を向上させれば、料金が下がって、価値的生産性が下ってしまう。しかるに、日本経済は長い間拡大を続けたので、両者は常に併行して動くものだと信じてしまった。それ故に、物的も価値的も生産性表現の上では同じものだという錯覚が、固定観念として私たち印刷人の体に染みついてしまった。

マーケット縮小の時は物的生産性の追求は「悪の華」だということに印刷人はまだ気がついていない。ユニクロも、ダイエーも、青山も、マクドナルドも、安値戦略をとった会社は、いづれも戦略転換を迫られている。収穫逓減の「わな」に落ちたら抜け出すのは大変である。印刷界でもオフ輪を使用する業者は、少しずつ「わな」の実体が分ってきたが、枚葉印刷業者は4色両面機が出てきたので、またオフ輪と同じ道を歩もうとしている。米国の印刷界でもインク・オン・ペーパーだけが印刷事業だと考えるような、古い固定観念から脱却しなくてはならないと言っている。しかし、実体は新しい印刷のパラダイムが見えないことに問題がある。

(続く)

2002/02/13 00:00:00


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