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ディスプレイは紙を凌駕するのか

ディスプレイの高精細化,大型化が進み,その情報表示・表現能力を著しく向上させている。新聞や書籍,地図のデジタル化に代表されるように,従来,紙メディアが果たしてきた役割が少しずつディスプレイにとって変わられるのではないか…との声がささやかれている。PAGE2002基調講演分科会「ディスプレイ」では,最新デバイスの開発が何を目指しているのか,そして,紙メディアとの共存はあるのかを探った。

デジタル化,ブロードバンド化,ユビキタス化の新しい波にのって,開発が進むディスプレイ
まず,NTT未来ねっと研究所の藤井哲郎氏が,ディスプレイの役割とその発展のトレンドについて概論を述べた。「人間の五感,特に視覚を通して人間に情報を送り込むのがディスプレイの役割」と語り,「コンピュータが情報を処理しメディアとつながり,人間にそれを示す限り,コンピュータと人間の間に永遠になくてはならないもの」と付け加えた。

すなわち,ディスプレイは情報メディアの発展を支えてきたものと位置付けられる。その第1ステップとして,マスメディアの発展を支え,第2ステップとして,現在進行形の通信のパーソナル化に深く関わっている。解像度の高い画像をディスプレイを通して見ることができるようになり,ディスプレイの1つの峠は過ぎたと述べる。次の第3ステップとしては,デジタル化,ブロードバンド化,ユビキタス化の波が新たにおそいかかっていて,今までとは全く違った進歩があることを期待し,開発していこうとしているという。

次に,ディスプレイの発展のトレンドについて,3つのベクトルの方向に伸びているのではないかと語った。それは,エンターテインメントの表示システムとして高臨場感の追求(鑑賞用),コンピュータの表示システムとして視認性の追求(印刷,写真並の画質),そして,パーソナルな表示システムとして利便性の追求(電子ペーパー)。これらを追求しながら,ディスプレイの開発が進められている。

高精細化,大型化,色再現性の限界を追求
インターナショナルディスプレイテクノロジー(株)の林口文衛氏は,「超高精細液晶ディスプレイの開発と動向」と題し,数々のチャートを示しながら同社の液晶ディスプレイの開発の現状とこれからどこまで進むのかをプレゼンテーションした。同社は,2001年10月1日,IBMと台湾のチーメイコーポレーションとの合弁で設立され,今まで実現しなかったディスプレイの世界を広げていこう,ということを目標として掲げている。

高精細ディスプレイを追求するバックグラウンドとして,「解像度があがり情報量が増えると,飛躍的に作業性があがっていくだろう」と林口氏は述べる。液晶は,高精細大型化に向かって開発が進められ,さらに,再現性のいい色を作っていくことをテーマとしている。

IBMでは,2000年9月30日,920万画素のTFT-LCDモニターを開発し,製品として販売している。新しいテクノロジーを取り入れ,視野角が非常に広く,コントラストがよく,色純度が高く均一なスクリーンを生み出した。

実用例として,宝石の見本,医療関係,印刷関係,飛行機・自動車のデザイン,人工衛星の写真の解析,地図などがあげられる。地図は,広いエリアを見る場合,小さいところがつぶれないようにするためには,高解像度で大型の画面しかない。特別技術展示コーナーに展示されたディスプレイには,細かい地名もつぶれていない地図,写真のように鮮やかな色が映し出されていた。過去には限界だと思われた点がクリアされ,ディスプレイは,今後さらに大型化,高精細化していくだろうと締めくくった。

21世紀は印刷会社が電子デバイスを作る時代に
最後に,大日本印刷(株)で有機ELの開発に携わる三宅徹氏が,印刷会社の取り組むディスプレイについて語った。有機ELの特徴として,自発光,高速応答(動画に向いている),単純構造,1枚基板で低コストなどがあげられる。そして,消費電力に関して,光ったところだけ電力を食うことが大きな特性である。現在,製品として世の中に出ているのは,エリアカラーで,カーステレオ,アメリカ仕様の携帯に使われているパイオニア製の有機EL。フルカラーは,現在試作品で,ターゲットとしては,3inchの携帯電話,PDA,パソコン,TV用途を狙ったものである。本当の競争に入るのは2〜3年先だろうと睨んでいる。

ディスプレイの開発に印刷会社がどう取り組むのか。そもそも印刷は,技術的には「大量安価微細複製技術」。また,アプリケーションとしては,「情報コミュニケーションデバイス」でもある。「紙メディアに,著者や編集者の思いを載せて読者にコミュニケートするデバイス」だと三宅氏。高度情報化社会において,紙のように読みやすく,ハンドリング性が良いディスプレイの開発が求められている中,「コミュニケーションのデバイスを手がけてきた印刷業界が,印刷技術でディスプレイを作れないだろうか…というのが狙いだ」と述べる。

大日本印刷が有機ELの開発に取り組みはじめたのは,3年半くらい前である。「自分たちの持っている強みをもって取り組み,本を印刷するような大量安価な印刷のプロセスでもって,有機ELのカラーフレキシブルをキーワードとしてやっていこう」との取り組みを示す。

同社は,2001年10月,出光興産と共同で,有機ELディスプレイ用の色変換基板を開発することを発表した。特別技術展示コーナーにも展示された試作品は,携帯電話を意識して2.4インチ,300μ角のものである。高精細大型化が難しかった有機ELだが,「色変換法によって,大型高解像度が可能で,液晶に近づいていくだろう」と三宅氏は語る。

後のセッションでとりあげた「電子ペーパー」との違いについても少し触れた。「紙のように反射型で見やすくメモリー性がある電子ペーパー」の特性はないが,動画に対応している点が有機ELの大きな特徴だろう。今回の大きなテーマでもある「印刷とディスプレイがどこまで融合するか」には,「動画対応したものを…」と強調し,「21世紀は印刷会社が電子デバイスを作る時代になる。2050年には,必ずなっているだろう」と締めくくった。

紙とディスプレイは共存?
ディスカッションでは,「印刷物とディスプレイの役割分担」が主な論点となった。モデレータの藤井氏が「メディアの一種の手法として,また,文化の継承・保存の媒体でもあった紙の印刷物から,デジタルへの関わりが始まっている。紙をも凌駕するような高解像度,利便性を追求したディスプレイを開発し,さらにどう変えていきたいのか」と問いかけた。
三宅氏は,「情報が高度化していき,さまざまな場面が想定される中で,電気屋の役割も印刷屋の役割も変わる。あるいは,それらが融合しないと,応えられないものが出てくる。今まではマスメディアが一方的に与えていればよかったが,これからは,使う側,生活者が組み立てていく時代」と語った。
また,林口氏は,「紙は他のものでは代替ができない。ディスプレイは,まだまだディスプレイの世界を広げていけると考えて開発が進められている」と紙とディスプレイの共存を仄めかした。さらに,「印刷屋の仕事をとるのではなく,役に立ちたいと思っている。実は,一番期待しているのが印刷」と強調した。

昨年開催した2050年シンポジウムでも,印刷周辺での新しいデバイスと紙媒体の共存,役割分担について議論が交わされたが,開発現場の生の声を聞き,将来を展望する良い機会となったのではないだろうか。

(岡千奈美 2002/2/18)

2002/02/18 00:00:00


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