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次世代ネットの夢と厳しい現実

PAGE2002コンファレンス メディアトラック 「次世代ネット利用」セッション(2/7 E3)では,清水メディア戦略研究所 清水 計宏氏,伊藤忠商事 目時 利一郎氏,インプレス 田村 明史氏をお招きした。ブロードバンド,次世代携帯電話など新たな段階に入った時代に,これから注目すべきものは何か等のご講演をいただいた。


ブロードバンドの夢と理想と厳しい現実

清水メディア戦略研究所 代表取締役 清水 計宏氏のご講演より

清水氏は元映像新聞の編集長で,過去20年間にわたり,メディアの世界を見つづけてきた。昨年12月に独立し,清水メディア戦略研究所を設立。ITビジネス交流ネットワークなどを中心にご活動されている。

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「ブロードバンド」という言葉は人々に多大な期待を与える。何か特別なことができると思われがちだが,過去の例を見ても,少しブレーキをかけぎみにしたほうがいいと思っている。ブロードバンドもバブルのようにはじけてしまう可能性もある。

「ブロードバンド」というと,放送型のメディアを思い浮かべる人も多い。いろいろなコンテンツを作り,再配信し,大きなビジネスが出来ると錯覚しがちである。しかし,世界中の10億とも言われているサイトの中で,ブロードキャスト的なものはごく一部である。大半は,アーカイブ型のコンテンツである。それは図書館のようなもので,調べものをするには役立つ。
例えば,小学校の授業で,蚊の卵が孵化するところを放送局の映像から探そうとしても,かなり難しいが,Webを使えば簡単に検索できる。このように,ある人にとって特別に興味はあるが,一般的には価値があまりないという映像コンテンツに私は注目している。

既存のマスマディアに翻弄されてはいけない。一般の人は,マスメディアには飽き飽きしている。映像コンテンツは音声やテキスト系コンテンツとは違い,何度も何度も見る,というものではない。
今までのコンテンツをデジタル化して再送信するだけでは,決して大きな市場は望めない。何かしらの付加価値を付けたり,パラダイムを変えたりしないといけない。

コンテンツの価値が上がり,コンテンツホルダーやコンテンツ製作者が注目を浴びているという現在の状況は,非常にいいことだ。しかし,一方では,コンテンツホルダーの囲い込みという状況ものもある。
私は,既存のパラダイムの中で,ブロードバンド関連のプロジェクトは,9割以上は失敗するのではないかと見ている。結局,コンテンツの最終的な目標は個人なのである。ネット時代では,我々自身がコンテンツになるのだ。非常に曖昧な構造であるネットの中で創り出された優れたコンテンツが,放送局で取り上げられるということもあるだろう。

今までのパラダイムは,インターネットの力で潰れてしまう可能性もある。放送局は,外から見ると眩しいかもしれないが,私から見ると,もはや「第2の銀行」としか思えない。番組の制作費も落ちている。今までのようなやり方では,既存の放送局もひょっとしたらダメになるかもしれない。そのような状況下で,ネット上にもっと面白く,価値のあるコンテンツが流れるようになれば,既存の放送局に打ち勝つブロードバンド的な市場が生まれるかもしれない。しかし,既存のものは根強いので,ここ10〜15年は,規制との戦いになるだろう。今後は光ファイバも出て,ブロードバンドの世界にも何らかの新しいパラダイムが出て,新しい市場が出るだろう。


次世代ネット利用の展望〜ブロードバンドの普及拡大がもたらすもの〜

伊藤忠商事(株) 宇宙・情報・マルチメディアカンパニー 経営企画部 ブロードバンドビジネス開発室 
室長 目時 利一郎氏のご講演より

2001年12月末の時点では,ブロードバンドアクセスの普及は300万世帯に到達した。Yahoo!BBの参入による価格破壊が起爆剤となり,ADSLの加入が急増している。高速・定額・常時接続のニーズが非常に高く,ラストワンマイルの分野は既に価格競争になりつつある。動画ストリーミング配信については,大半が無料であり,お金の取れる有力コンテンツは不足している。この背景には,不正コピー防止策が未だ確率されていないことや著作権処理問題,高速インフラが未熟であることなどが原因となっている。

2002年はADSLがさらに浸透し,ブロードバンドアクセスは年末までに,600〜700万世帯に普及するだろう。一般家庭だけでなく,ホテルや公共施設,オフィスビル,飲食店などのいわゆる「ホットスポット」と言われる場所において,ネット接続の対象が拡大していくと言われている。今までも常時接続のニーズはあったが,アクセス方式に制限があったため,広がらなかったのである。

今後のアクセス方式としては,無線LAN,VDSL,光+VDSL,光+無線・・・という複合型インフラがどんどん出てくる。特に大型マンションはADSLが届かないケースもあるので,VDSLのほうが普及するだろう。建物の入り口まで光ファイバを通し,建物内は無線やVDSLにする,といった組み合わせが出るだろう。すでにこの形式は,韓国で実績が出てきた。

このような接続環境が整うと,ブロードバンドで何を見るのか?といった問題がクローズアップされていく。コンテンツで差別化していく時代が来る。コンテンツ配信先も対象が広がっていくだろう。現在は,Yahoo!BBや,Niftyなどにコンテンツが集約されているが,今後は地域イントラとか,マンションにキャッシュサーバーを置いて配信するようになったり,と変化していくかもしれない。

コンテンツの世界では「キラーコンテンツは何か?」ということがよく議論される。従来から需要が高かった映画,音楽,まんが,アダルト・・・などに加え,企業映像,教育研修,3Dチャット,動画チャット,ネットゲームなどが,ブロードバンドコンテンツとして脚光を浴びるようになるのではないかと思っている。特に注目しているのは,エデュテイメント(楽しく学ぶ)ものである。他には,3D空間の中で他のユーザーと会話をし,バーチャルな世界を楽しむのもいい。個人のリアルタイム映像を流すコンテンツにも注目している。託児所や玄関先などの映像を家庭や携帯電話などからいつでも見れるというアプリケーションも出てくるだろう。PCで見るコンテンツは,TVや衛星放送では見れないような希少性の高いものがますます求められる。

プラットフォームビジネスで現在参入が激しいのが,コンテンツ配信(CDN)の部分である。未開拓の部分では,小額課金(10円単位)がある。このような細かい課金は,クレジットカード会社も請け負わない状況にある。韓国では,携帯電話の番号や国民背番号をサイトで入力すると,携帯にIDが送られ,そのIDでサイトに入ると,後で携帯電話の通話料に課金されるという仕組みが出来ている。日本では国民背番号制がないので,このような仕組みはできない。これらの仕組みが整備されれば,有料コンテンツもどんどん出て来て,ブロードバンド加入者も加速度的に増えて行くだろう。

私は,「ブロードバンド化」というのは,一つのベクトルだと考えている。そういう分野があるというより,変化の傾向であると思っている。インターネットに接続される機器はますます増加し,自動車,自動販売機,ペットにまで拡大されるのではないか。ユーザーとネットの関係も多様化し,ネットの世界がよりリアルなコミュニティーに近づくだろう。
伊藤忠は新ビジネスを創り出すべく,韓国や米国,オーストラリアの技術を求めて動き回っている。


コンテンツプロバイダーは何を考えるべきか?

(株)インプレス 顧問 田村 明史氏のご講演より

インプレスは1992年に設立後,急成長をし,8年で東証一部に上場した会社である。書籍では,「できるインターネット」などの「できるシリーズ」は2000万部を突破している。5年前ほどからは,「INTERNET magazine」という雑誌を立ち上げた。Webや電子メールを使った情報発信では,「impress Watch」,「impress Direct」,「impress TV」などがある。

基本は出版社というポジションであったが,デジタルを意識した革新をすべく成長をしてきた。今は当たり前になっているが,初期の頃から雑誌にCD-ROMを付けるという画期的な販売をした。電子メールでの有料ニュース配信をし,その中に広告も入れた。これは新聞社的な発想である。1995年にはECにも意識し,「impress Direct」を立ち上げた。今では35万人ほどの会員がいる。

出版社としていろいろなコンテンツを保有しているので,その付加価値を高めるため,映像を使ったリッチなコンテンツにも目を向けた。1995年ぐらいからは,ナローバンドの上でストリーミングの実験を繰り返し,現在の「impress TV」に至っている。これは放送局的なモデルでやっている。「放送局モデル」については賛否両論があるだろうが,何が正解かということは,ユーザーが決めていく時代になると考えている。

コンテンツサービスは,販売型モデルと広告型モデルに分けられるだろう。そのほとんどがWebを立ち上げればなんとかなるだろう,といった広告型モデルである。販売型モデルを考える切り口は,「モノ」,「コンテンツ」,「サービス」の3つに分かれる。モノに関して言えば,「Amazon.com」に代表されるように,いいところはいい,だめなところはだめといった二極化,寡占化が進んでいる。コンテンツは無料のものも増えているので,有料コンテンツにどれだけ付加価値を付けるかが大きな課題となっている。サービスに関して言うと,ようやくECにシフトしているので,「Webサービス」という面では,将来性はかなりあるように思う。

このような状況下では,戦略的な志向が必要である。事業アイディアや技術的なシーズだけで走るのは限界であり,もはや時代にマッチしない。マスマーケティング的な発想だけでは難しく,ターゲットをしていく発想でないとダメである。プロダクツアウトの繰り返しだけでは限界で,市場が受け入れてくれない。まずは,きちんと仮説を立て,粘り強く検証していくようなマーケティングをしなければならない。

今までの垂直統合も限界であり,水平方向に広がるようになるだろう。放送,出版,新聞・・・も水平方向の中に飲みこまれ,全てシームレスになる。その中で,どの場合にどんなコンテンツを提供するかを考えていくべきである。このような状況下では,ディスプレイがキーになるだろう。さまざまなディスプレイに,コンテンツをどんな形で出していくのかを考えていかなければならない。

これからのコンテンツ・サービスにおいては「ハイブリッドコンテンツ」的発想が必要だろう。コンテンツホルダーが保有するコンテンツを顧客側で,好きなようにメディア形態を自由に選択をしていくような提供をしていかなければならない。
コンテンツは,プロダクトアウトを繰り返すわけではないが,1対1の完全な受注生産も難しい。そのためには,ある程度のパターンを用意しておくことが必要だろう。言わば,コンテンツの仕掛品である。ある程度のコンテンツを用意し,顧客のニーズによってそれを組み合わせていく。そういうことにより,逆に付加価値を高めていくこともできる。以上の考え方は,BtoC的な発想である。

BtoB的な発想では,シンジケーション的なコンテンツもあるだろう。つまり,コンテンツを集約し,ある一つのブランドでパッケージングするような考え方である。ネットワーク上で「勝ち組」と呼ばれるようなところに対して,このようなコンテンツを提供していくことも重要だ。
ワンログインし,自分の都合や条件を入力するだけで,飛行機の予約とか,宿泊予約なども一気にやってくれるようなサービスも,XMLの技術を使って登場してくるかもしれない。

無形資産は,収益性に直接影響しないが,因果関係の連鎖によって影響を与えている。自分達の持っているデジタル資産をどうマネジメントしていくかがキーとなるだろう。既存のビジネスモデルやコンテンツ的な戦略などもうまく連携させることが必要である。

2002/02/21 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会