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紙+ディスプレイの究極のデバイス=電子ペーパー?

ここ最近,「電子ペーパー」の話題が新聞や雑誌,テレビ番組でとりあげられることが多くなった。実際に目にしたことはなくても,おぼろげながら「ディスプレイと紙が融合した究極の形」ではないだろうか…と想像できるだろう。電子ペーパーが今なぜ必要とされているのか。その開発の現状はどうなのか。いつごろどのような形で世の中に登場するのか? PAGE2002基調講演分科会「電子ペーパー」のセッションでは,その真相に迫った。

新しい情報表示メディア
まず,千葉大学教授・北村孝司氏から,電子ペーパー概論として,そのコンセプト,期待される役割,北村研究室で研究しているトナーディスプレイを含む各種技術候補の紹介があった。

電子ペーパーの技術が急速な進歩をしている背景としては,コンピュータで作成した電子文書などの情報が電子配布され,受け手がディスプレイで見たりプリンタでハードコピーを作って確認するというワークフローができつつある昨今,紙メディアとディスプレイの良さを兼ね備えた新しい情報表示メディアの技術が待ち望まれ,注目されているというわけだ。

電子ペーパーが満たす要件は,(1)好きなときに好きな場所で読むことができること(ハンドリング性,画像保持)。(2)我々が親しんできた活字を電子的に書き換えられること。(3)読みやすいこと(人間の目に優しい)。これらが上げられる。すなわち,「紙のいいところを保持しながら,デジタル情報を,できるなら双方向に何度も表示したり消したりできるような表示媒体を目指している」と北村氏が,そのコンセプトを語った。

さらに,電子ペーパーは,知的創造作業を補助する道具としての機能を持つ必要がある。思考したり記憶をたどったり考えをまとめるという作業をするためには,人間は集中することが必要で,周りの世界から視野を狭くして余計なことを見ないようにすることも必要である。また,静止画である必要があると一般的に言われている。そして,画面と人間との距離は結構重要であるという。

現在,研究されている電子ペーパー技術の主なものをあげると,マイクロカプセル電気泳動技術を研究するE Ink社。ツイストボール方式の研究をするGyricon Media社。千葉大学で研究しているトナーディスプレイ。JRのSuicaカードにも使われている,ロイコ染料の発消色リライタブル技術などがある。今後の応用については,「カードや電子新聞,電子ポスター(駅の壁に貼って,それが朝,昼,晩と,通る人によって内容を書き換えるもの)など,さまざま考えられる」と今後の可能性を示した。

注目のE Ink 「Last Book」目指して
次の講演者は,アメリカのE Ink社と電子ペーパーを共同開発している凸版印刷(株)の檀上英利氏。2002年2月4日には,電子ペーパーの本格商用化へ向けて,E Ink社に追加出資し,世界初の量産パートナーになることを発表したばかりだ。

E Ink社はMITメディアラボ出身者らが1997年に設立したベンチャー企業で,約90名のうち65名が研究開発とエンジニアリングに携わっている。「凸版印刷が同社に注目したのは,一番実用化に近いというところにあった」と檀上氏。凸版印刷は,2001年5月,カラーフィルタをベースに製造と用途開発を一緒にやろうと,提携を結んだ。特別技術展示コーナーにも展示されたカラー電子ペーパーの実験サンプルは,反射型液晶と比較しても,特に斜めから見るとその明るさが際立っていた。

E Ink技術は,マイクロカプセル型電気泳動方式で,それぞれのマイクロカプセルの中に白い微粒子と黒い微粒子が入っていて,白がプラス,黒がマイナスに帯電している。大きな特徴は,電源を切っても絵が残ることである。消費電力も一般的な大きさで一般的な読み方を考えると,反射型の液晶の100分の1から10分の1に減らすことができると言われている。 唯一欠点としては,レスポンスがあまりよくないということだ。

E Inkの最初の商品は,今月世の中に出てくる。ガラス基板を使用したPOP(Point of Purchase)広告用のモノクロ電子ペーパー「Ink-in-Motion」である。今後の商品展開は,モノクロのPDAなどが2003年の第2四半期に商品化されることを想定して,開発を進めているという。PDAや携帯電話,電子ブックリーダーを開発している。2004年にはカラーのものを出す予定だ。その先にあるものは,「フレキシブルというキーワード」だと強調する。電子ペーパーのニーズは,ユーザと一緒に考えていくという。

紙媒体との融合については,「紙は絶対残る。何かを駆逐するのではなく,今,だれも捉えていない市場を捉えたいと考えているだけ」と強調した。究極のゴールは,「Last Book」だという。「その時々でその人にとって一番必要な情報を提示してくれて,その1冊持っていれば用が足りるというものを,世界中の人に1冊持ってほしい」と檀上氏は開発への思いを語った。

ヒューマンインタフェースの実験を通して
最後に,東海大学助教授・面谷信氏が,電子ペーパーに求められるヒューマンインタフェースについての実験結果を発表した。実験にあたっては,ディスプレイと紙とを比較することを出発点とした。

作業効率の比較実験として,研究室において,足し算や日本語の文書読解,英文読解などの実験をした。ディスプレイと紙を使い,それぞれ垂直作業と水平作業を比較し,計4つの作業形態を作ってテストを行った。

実験の結果,ハードコピー作業とディスプレイ作業は,客観的な指標である作業効率より,主観的な疲労度や見やすさの印象に関する要因のほうが差として大きいという結果が出たという。「疲れや読みやすいといった,作業形態の主観の絡む問題が割合大きいようだ」と面谷氏は分析する。

「読みやすさとは何か」「紙がどうしてこんなに疲れないのか」という問いかけに,「人と表示媒体との位置関係に注意してみよう」と面谷氏は言う。すなわち,紙を読む作業においては,持ち替えたり,ずらしたり,姿勢や視線の変化がある。一方,ディスプレイ作業は,人が姿勢を合わせて,体も動かないし目も動かない。それが疲労の原因の1つではないかということが考えられるという。

それらの実験をもとに,電子ペーパーの達成目標候補としては,「人と媒体との位置関係を自由にするということはかなり重要な要件ではないか」と言う。すなわち,手に持てるコンパクト性を実現しておくことがかなり重要な要素である可能性がありそうだとの考察にいたっている。

各自のプレゼンテーション終了後,会場参加のコーナーとして,「電子新聞が紙の新聞のシェアを超えているのは二千何年か?」に挙手アンケートを求めた。2005年から2100年まで,また永遠にない,との答えを用意していたが,2010年,2020年が圧倒的に多く,参加者の約半分が挙手をした。意外に早い時期を予測していることがわかった。

まだまだ発展途上のデバイスだが,ディスプレイ作業のストレスや,古新聞の山に埋もれた暮らしからの解放,絶版本が読めるようになる,地球環境に優しい…など,希望をもたらすデバイスとなるのだろうか。少なくとも開発者たちは,プラスに向かうことを信じて突き進んでいることが伝わってきた。

(岡千奈美)


2002/02/22 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会