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印刷のカラー技術は開国前夜

今日では、印刷機の色管理が色彩計で行われたり、デジタルカメラのデータがカラー原稿として入ってくるように、印刷という仕事が網点の大小という独自のカラー技術によって孤立している時代は終えようとしている。プリプレスはオープン化しても、印刷の色は印刷現場任せという時代があったが、印刷の方もCTPによってデジタルが起点となるために、印刷もプリプレスも含めたトータルな色管理が必須になった。

色管理に関して、印刷関連の全プロセスにわたってさまざまなカラーデバイスが使われ、それらを総合的に使うには、汎用的な色の規格をベースにしなければならなくなるので、印刷独自のカラー技術に風穴が開いたとも、鎖国を解いたともいえる。PAGE2002画像トラックでは,「標準化動向」「文字における画質向上」「画像再現への提言」の3セッションで、色の世界の動向を紹介した。

標準化動向
昨年のPAGE2001でも取り上げたテーマであるが,その後もいろいろ新しい動きが起こっている。まず,キヤノン株式会社国際標準企画センターの桑山哲郎氏より,カラーデジタル画像の標準化活動全体に渡る現状を解説していただいた。
標準化に関係する団体・委員会は,映画(ISO TC36),写真(ISO TC42),印刷(ISO TC130),オフィス機器(ISO/IEC JTC1 SC28),オーディオ・ビデオ,マルチメディアシステムと機器(IEC TC100),通信・放送(ITU)と各業界ごとに存在し,調整が難しいという状況は相変わらず続いている。日本では,国際的な審議体制と国内の審議体制の構成に差があり,さらに問題を複雑にしている。

つづいて,キヤノン株式会社国際標準企画センターの会津昌夫氏より,画像の標準化動向の最近のトピックとしてsYCCと拡張色空間についてお話いただいた。
YCCは,RGBから3×3マトリックスで変換して得られる輝度とふたつの色差信号で構成され,JFIF(JPEG),Exifなどのベースとなる色空間で,カラー画像データ交換色空間として幅広く普及している。
しかし,YCCは元のRGBの色空間に規定がなく,色再現に混乱をきたしていた。sYCCはsRGBをベースとすることで,色空間を一意に決めている。しかも,RGBのマイナス値と255より大きい値を認めており,sRGBよりも広い色域を持っている。sYCCは,IEC TC100 61966-2-1 Annex Gで審議されており,2002年秋には標準化が成立する見通しである。sYCCは,JPEG2000やカラーファクシミリ(ITU-T)で採用される見込みである。
「拡張色空間」とは,デフォルトの色空間であるsRGBに対して,色域を拡大,あるいはビット数を8ビットから増加させようというものである。標準化を審議中のものとして,e-sRGB,RIMM/ROMM RGB等がある。

三菱電機株式会社映像情報開発センター杉浦博明氏からは,sRGBとその将来動向についてお話いただいた。
異なるデバイスで同じ色再現を得るには2つの手法がある。1つはプロファイルによる方法で,各々の機器の色彩特性を記述したプロファイルを用いて色変換する。もう1つは,標準色空間による方法で,伝送する色彩画像信号が準拠するべき色空間を一意に決めるものである。
sRGBは,後者の試みで,1999年10月に国際標準(IEC 61966-2-1)として発行された。民生用機器(モニタ,プロジェクタ,プリンタ)においては,sRGB対応のものが増えてきている。また,Microsoft社が中心となり,さまざまなデバイスの許容差の定義をすすめている。
一方でsRGBに対する不満として,sRGBの色再現域はカラーCRTディスプレイ特性に準じているため,銀塩写真や印刷など他のカラー画像機器において可能な色を再現することができない。そこでsRGBの改訂作業が審議されている。eg-sRGB(extended gamut-sRGB)は,-50%から+150%までの信号を表現できるもので,IEC 61966-2-1のメンテナンスサイクル(発行から3年後)の2002年10月発行を目指して審議されている。また,ディスプレイへの出力を前提に定義されたsRGBに対して,入力系により定義された標準色空間として,scRGB(relative scene RGB color space)の審議が進んでいる。scRGBは,-50%から+750%までの信号を16ビットでエンコードするもので,scRGBの3原色および白色点はsRGBと同じである。
sRGB関連の国際的な審議団体は,IEC TC100 TA2であり,日本国内では(社)電子情報技術産業協会の61966-2 sRGB等対応Gである。

東京工芸大学芸術学部メディアアート表現学科教授大野信氏からは,写真業界におけるデジタル写真の標準化動向についてお話いただいた。
デジタル写真システムの標準化の審議団体であるISO TC42 WG18はコダック,ポラロイド,富士写,コニカ,ライカ,ソニー,東芝などのメーカーが中心メンバーとなり1992年に設立された。その後現在までの10年間で用語:ISO12231,感度:ISO12232,解像度測定法:ISO12233,リムーバルメモリー(ICカード):ISO12234-1,2,3など10件の規格が制定されている。
現在,審議中で注目すべき規格としては,印刷用高級型DSC用カラーチャート(ISO17321-1)とカラースペース(ISO17321-2),デジタルスチル画像の保管,取り扱い,互換の拡張カラーエンコードを定義するExtended Color Space(ISO22028)がある。これらは,印刷分野の標準化団体であるISO TC130との合同審議が行われている。とはいえ,現在の規格はアマチュアユーザ対応で,入力のカメラ,スキャナ部分に偏り気味である。
最近のISO,IECの審議団体の流行りはカラースペースで,各スピーカーから話があったように,さまざまなものが提案されている。これらの提案は加熱気味で,その色空間を実際に再現できるデバイスなしにバーチャルで色空間の議論のみ先行しているきらいがある。
これらの背景には,自社製品に有利にしようというメーカーの思惑,国内の産業を守るための輸入障壁にしようという政府の思惑,自分の提案を国際規格にしてキャリアアップに結びつけようという学者の思惑らが複雑に絡み合っている。さらに規格は認証ビジネスと結びついており,規格団体の利害が官僚主義となりやすい。デジタル写真規格を巡っては,ISOとIEC間でどちらが規格化をすすめるかで1990年代末に確執があった。

文字における画質向上
画像トラックとしては少し異質のセッションであるが,ディスプレイでの文字の読みやすさの向上は,電子ブックやインターネットでの新聞,雑誌等のコンテンツ配信の普及には欠かせない技術である。
富士通研究所は,LCDやPDPなどのフラットパネル型カラーディスプレイに対して高精細に文字を表示する技術を開発し,PAGE2002の特別技術展示コーナーにおいて発表した。
本セッションでは,富士通研究所の臼井信昭氏よりこの技術について解説いただいた。
解像度の低いディスプレイで文字を表示する場合,エッジの部分にジャギーが発生する。このジャギーの軽減を人間の視覚特性を利用して行っているのが大きな特徴である。視覚特性とは,すなわち人間が小さな物を見る際に,対象物を見込む視覚が2〜3分以下の時,眼は色を判別できないというものである。フラットパネルディスプレイでは,1表示画素(1ドット)は,RGBの表示セルが3つ横方向に並んで構成されている。従来の常識では,モノクロの文字を表示するときには,RGBの表示セルの値を同一にして制御していたが,新技術では,RGBそれぞれの表示セルを独立して制御することで,横方向の見かけ上の解像度を3倍にして,ジャギーを軽減し,文字の'滑らかさ'を実現している。これだとモノクロの文字に色がついて見えるはずだが,前述の視覚特性により,通常のディスプレイの観察距離では人間は色を判別できない。
この技術により,100dpi程度の解像度のディスプレイで5ポイントの文字が充分に判読できる。5ポイントとは,本文10ポイントのときのルビ文字相当である。また,ハネや点などの細かな字形が多い日本語や2バイト圏の文字表示に特に効果がある。出版社,新聞社からも,これまで培った文字や組版の品質をインターネットや電子媒体で再現できると高い評価を得ている。携帯電話やPDAなど幅広い応用分野が考えられる。
また,印刷業界にとっては,印刷分野の浸食ととらえるのではなく,印刷技術で培われた読みやすい文字,読みやすい組版の応用分野が広がるととらえ積極的にチャレンジしてもらいたい。

モリサワの森澤彰彦氏からは,フォントベンダーの立場からこのディスプレイ表示技術の評価として,(1)解像度に依存しない表現力の高さ,(2)小サイズでの書体イメージ再現性の高さ,(3)書体デザインを問わない再現性の高さの3点を挙げた。
それからモリサワが過去実施した表示技術の変遷について述べた。ディスプレイ表示技術を開発したきっかけは,1964年の東京オリンピックのときに,NHKからテレビテロップ作成用のシステムを依頼されたからで,専用書体を搭載した専用写植機を開発したという。その後も自社の組版専用機向けに,高品質・高解像度モニタの採用,専用チップの搭載,専用ラスタライザ・専用書体・専用フォントフォーマットを開発してきた。これまでの試みは,限られたマーケットの中での専用機向けであったが,富士通研究所のディスプレイ表示技術は,標準環境,汎用マーケットの中でモリサワフォントの流通の可能性を広げるもので期待していきたい。

画像再現への提言
カラーマネジメントとは色を定量化して数値で扱うことによって成り立つ技術であるが,人間の感覚である色をなぜ定量化できるのか,また色よりさらに主観的要素の強い画質についての定量化は果たして可能なのだろうか。本セッションは,俯瞰的に色や画質を捉え直すというセッションとなった。
まず,富士ゼロックスドキュメントプロダクトカンパニー研究開発センターの稲垣敏彦氏より画質評価の国際標準化動向について解説していただいた。
画質評価は主観評価と客観評価に大別される。主観評価は,被験者の好みや過去の経験,画像の観察環境や使用目的などにより変動する。そこで,同一の画像を同一条件で多数の人に観察してもらい評価結果を統計的に数量化するという手法が一般的である。
しかし,デジタルイメージがデバイスの垣根を越えて流通するようになると,画質をある客観的な尺度で数値化したいという要望が高まってくる。画像の物理的な特性から人間の主観評価の結果を導き出そうという試みが多くなされている。もともと画質評価の目的の多くは,印刷,銀塩写真,テレビなど,特定の画像システム用の画質改善,画質設計,画質管理で,分野別に発展してきたという経緯もあり,普遍的な評価尺度というのはまだ確立されていない。
画質評価に関する国際標準化の動きには,主観評価に関するものでは,被評価画像,観察条件,主観評価方法などの標準化が進められており,評価用の標準画像として,ISO/TC130で,CMYK/SCIDが1997年に制定されている。また画像機器に依存しない標準画像として,XYZ(sRGB)/SCIDとして2000年にJIS X9204として制定されている。客観評価に関するものとがある。
客観評価関連で注目すべき規格としてISO/IEC JTC1 SC28があり,人間の視覚と相関のあるハードコピーの画質属性を体系化し,その画質属性を簡単な測定装置で自動的に測定できる国際標準化が進められている。その第一段階として,2値単色のテキスト(文字・線画)およびグラフィック画像に関する画質属性測定方法がISO13660として標準化されている。テキストの属性としては,ぼけ,ぎざぎざさ,線幅,文字の濃さ,コントラスト,抜け,文字領域黒点,文字領域背景かぶりの8項目,画像の属性としては,面画像の濃さ,背景かぶり,粒状さ,まだら,背景黒点,白点の6項目が定義されている。この規格のカラー化についての審議も進められている。

続いて,ロチェスター工科大学の大田登氏から,カラーサイエンスとカラーリプロダクションについてご講演いただいた。
L*a*b*やΔEという言葉が,ごく当たり前のように使われるようになってきたが,色を数値化するとはどういうことかを再確認すると,色は人間の五感の視覚・聴覚・味覚・臭覚・触覚のなかで唯一定量的に扱えるものである。その理由は,ひとつには個人差がほとんどないことである。よく瞳の色の違いで感度の差があるのではないかと言われるが,人の目の感度特性を表す等色関数は多少の個人差はあってもほぼ人類共通であることがわかっている。ふたつ目の理由は明るさには足し算が成り立つことである。電球1つ分よりも2つ分のほうが明るくなる。
色度座標の中の2点間の距離が同じであれば,知覚的な色差も同じであるという色空間を均等色空間と呼ぶ。CIEでは均等色空間として,CIELAB色空間とCIELUV色空間を制定したが,どちらも不完全なところがあり,お互いを補完している。したがって,非常に細かいΔEの差を議論してもあまり意味がない。また,CIELAB空間の色差の算出式には,照度,サンプル間の距離,サンプルの大きさといったパラメータが入っていないことにも注意したい。
色再現(color reproduction)とは,被写体やカラー原稿などのオリジナルから,カラーマッチングにより再現画像を作成することである。カラーマッチングには,分光カラーマッチングと条件等色カラーマッチングがある。分光カラーマッチングは,オリジナルと再現色の分光特性が一致するので,任意の条件下で等色が保証される。一方,条件等色カラーマッチングは一定の条件下(照明光等)で「色の見え」の一致を図るので,条件が変われば等色は保証されない。カラー印刷,写真,テレビなどのカラーマッチングはすべて条件等色カラーマッチングである。
色再現の要因として,分光感度・階調再現・色補正・色素の分光濃度があり,分光感度と色素の分光濃度は,変更し得る余地があり最適化が試みられている。写真では,入力系の分光感度のチャネルを1つ加えて4チャネルとすることで,大幅に色再現を向上した例がある。出力系でも,異なる分光濃度を持つ色素の数を増やしていけば,かなりの近似値で分光カラーマッチングが可能となることがわかっている。
こうした色再現工学の発展により,分光カラーマッチングの色再現システムの登場が期待できる。

2002/03/01 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会