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デジタル時代に活きるグラフィックアーツを目指して

今後50年くらい、つまり今年成人を迎えて人が70の老人になるころのことを、JAGAT技術フォーラムの2001年度のテーマとしていろいろ話し合ってきた。これくらいの未来であれば、発展途上国が現在の日本のようになることはあろうが、人類の生き方が根本的にかわるようなものではない。発展途上国と違って、日本にはいろいろ鬱陶しい問題もあるが、異次元の生活を強いられるようなことはないであろう。ただ、その先の時代を予兆させるような事柄は見え隠れしているであろうが…。

端折って結論をいうと印刷物がなくなるわけではない。言い換えると、マスマーケティングもマスメディアもなくなるわけではない。当然今までとは違うデジタル・ネットワークによるコミュニケーションはすごく発達しているであろう。しかし、今までの印刷を足場に今後伸びるビジネスに入っていけるのであれば、未来はそう悪い話ではない。ただしその前提がある。現在および近未来のビジネスにおいて、将来につながる核をしっかり強化していければ…である。

印刷という仕事はますますサービス化する。しかも単一企業があらゆるサービスを提供するのではなく、中小も大も関連産業も含めて群としてサービスを支えることをしてきたし、将来もそうであろう。特にこれからネットワークによるコラボレーションが発達すれば、印刷コミュニティーを形成する企業群が機能を発揮できる「場」をどう作るのかが鍵となる。営業マンがとってきた仕事をたらい回しするのではなく、印刷物を設計・制作するための効率的な場を顧客に提示する必要がある。

それでそこに集う企業群が生き延びていくためには、どのような点が重要であろうか? IT? 過渡的には苦労して超えなければならない問題はあるとしても、それが当たり前になれば競争力にはならない。印刷の定義はさまざまあるが、産業としての印刷の行く末を考えると、印刷の3要素とか4要素という教科書的な定義ではなく、今日から2050年にかけて持続発展が可能なビジネスモデル、およびその核を明らかにしなければならない。

今日では必要な印刷物が満ち足りる時代になったが、それは日本の社会そのものが物質的には充足し、モノ離れの段階にあることと関連している。印刷もモノ離れの中でどのような戦略をもつかが重要である。今日の印刷のコアコンピタンスで2050年の印刷に結びつく核は4つある。それらをうまく組みあせて、これからも時代の要請に応えていくことはできる。

4つの核は、まず印刷は2000年間、何を築いたか?と、これから何が求められているか、ということから導き出される。印刷がこの2000年間に築いたものは、情報伝達のための道具の開発という側面と、印刷された情報が文化の一部をなす(印刷文化)ような慣習を築いたことである。例え、500円で着心地の良く体によい理想的な衣類ができたとしても、服飾の伝統からあまりにも外れていれば、着る人は多くならないだろう。情報の摂取行動にも似たことがいえて、過去の文化と違和感のないものが暫くの間は強いだろう。

「本」という印刷形態は、小説家という書く分野を作り、出版や書籍流通というビジネスを興し、生活やビジネスの場で書物を参照する慣習ができ、さらに書物の海を泳ぐという生活の楽しみを産み出し、図書館というアーカイブを作り、メディアに書評という照会情報が載るというように、再生産の総合的な仕組みが出来上がっている。これら全体が本における印刷文化であり、eBookが安いとか嵩張らないという一面的な長所だけ掲げても、比較のしようのないものである。

印刷物は近代思想や科学技術の驚異的な発達・普及をもたらした点で、現代文明の基となったともいえ、それに伴って印刷産業も大きく伸びた。しかし、日本などの先進国では社会の物質的な充足とともに、印刷物の量的な飽和が見通せるようになった。印刷という生産手段は科学技術の発達とともに効率を飛躍的に上げてきたが、マーケットの飽和で科学技術の恩恵は得られなくなってきた。

そこで印刷産業は効率の追求だけではなく、印刷物の質的な高度充足や、オンデマンド印刷など印刷制作サービスの高度化、また印刷に付帯するサービス化のビジネス開発などを手がけるようになった。
この方向は電子媒体の登場と共に加速し、印刷物提供とは別の情報サービスが行われるようになった。例えば「申込書」という印刷物を作る代わりに、オンラインの受注システムを構築するなど、従来のビジネスがネットワークへの相転移という形で、拡印刷が進んでいく。

また印刷は高速で高精細な複製を安価に行う手段として発達したが、その技術の派生で、精密部品、マイクロエレクトロニクスなどの素材加工も大きなビジネスにしてきた。今日ではエレクトロニクス部品の多くに使われているが、さらにこれからも、バイオ、ナノテクなどの分野にも応用が広がろうとしている。

要するに社会に求められる要素をちゃんと備えていることが必要なので、逆にいえば社会への貢献を明確にしていく中で、将来のビジネスの基盤を確保することになろう。以上を整理すると、過去の印刷ビジネスの中には、以下の4つの核があったといえる。まず、文化への貢献としては、印刷物製品の利用者にゆきわたった印刷文化を継承・発展させることと、印刷物を作る側の要素として、グラフィックアーツの継承・発展がある。また文明への貢献としては、紙からデジタルメディアへの相転移という形で拡印刷をはかることと、産業分野にひろく広がる複製技術の進展である。

(2001JAGAT技術フォーラム報告書より)

2002/04/11 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会