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2050年の印刷を考える 第1章 総論〜仮説と予測・予言

社団法人日本印刷技術協会 副会長 和久井孝太郎

 印刷業は,過去も価値創造をしてきたし,これからも「多様化」とか,「サービス化」とか,より「人にやさしい」「環境に調和」するなどの社会的欲求に応えて,自らを作り替えるであろう。しかし,そこに向かうシナリオは,設備の近代化のように業界の全員が1つのプログラムに参加するものでない。それぞれの企業の個性発揮が鍵になる。

 日本の印刷業の発展には,個人の参画が必要である。それは「メディアのプロとして」「企業のリーダーとして」「業界のリーダーとして」の個人の参画である。

 企業は,新たな顧客満足を創造し維持しなければ発展できない。印刷業にあって常に新たな顧客満足を創造するには,メディア環境の未来を見通す『仮説』を持つことが極めて重要である。メディアのプロやリーダーは,自らスケールの大きい仮説を構想する必要がある。

 多くの日本人は,<権威ある>未来予測を聞きたがる。だが,自らの仮説を持つ重要性をいまだに理解していない。仮説と予測は別次元のものである。仮説は志であり,言葉であり,理論であって,実行により検証し,磨きをかけて「成功の法則」に育てるためのものである。

 「2050年の印刷を考える」プロジェクトは,専門家を集め50年後の印刷界の姿を1つの予測として提示することを目指したわけではない。読者自らが21世紀にふさわしいスケールの大きい仮説を構想する手助けをしようと企画したのである。

 「2050年の印刷を考える」思考モデルの構築に当たっては,固定観念に捕らわれず可能な限り総合的で科学的なビジョンの獲得を目指した。

 情報洪水のカオスの中で日本語のあいまいさが増幅され,私たちはコミュニケーション障害を起こしている。「印刷」や「印刷業」,「メディア」や「マーケティング」などの業界用語の整理が必要であった。

 そして,「文化」や「文明」「環境」など21世紀にふさわしい仮説を構想するために不可欠なキーワードは,現代科学の視点で再定義する必要のあることがプロジェクトの議論の中で明らかになった。

 プロジェクトでは,総論に代えて『印刷曼荼羅』と『2050年曼荼羅』を創作することにした。前者は,21世紀の「印刷」および「印刷業」の定義を図式的に表現したものであり,後者は,これからの半世紀で世界の様相を一変させると目されているテクノロジーのキーワードと,人間社会のキーワードを有機的で合理的な「関係のネットワーク」を構成するように曼荼羅的に配置した。

1.1 仮説と予測・予言,そして状況認識

 《仮説(hypothesis)》 広辞苑などの多くの辞書は次のように,ほぼ同じ意味づけをしている。「自然科学その他で,一定の現象を統一的に説明し得るように設けた仮定。ここから理論的に導き出した結果が観察や実験で検証されると,仮説の域を脱して一定の限界内で妥当する真理となる。→作業仮説」

 そして,〈作業仮説(working hypothesis)〉については,「ある一定の現象に終局的な説明を与える目的で設けられる仮説ではなくて,研究や実験の過程においてそれを統制したり容易にしたりするために,有効な手段としてたてられる仮説」と説明している。

 次に,《予測(expect)》はどうだろうか。「前もって推し量ること」,「未来の物事を推測して言うこと。また,その言葉」が一般的であるが,英語のexpectには「あらかじめ想像すること。また,その想像した内容」の「予想」という意味もある。

 一方,自然科学における〈予言(prediction)〉は,「法則(仮説が真理として確定したもの)に初期条件を与えて,演繹的にある現象の発生をあらかじめ言い立てること」であるが,日本語ではこれも〈予測〉と表現する。なお,predictionの本体のdiction とは,言葉使いや用語という意味である。

 最近では,コンピュータの計算能力が向上したので法則を「数学モデル化」し,いろいろな初期条件を与え,発生する現象を模擬(シミュレーション)する技法が,自然科学に限らず経済分野を含む各分野で多用されるようになっている。

 しかし,シミュレーション技法によって予言しようとする対象が社会現象のように,複雑系(システムを構成する要素のふるまいが,全体の文脈によって動的に変化する)である場合は,信頼するにたる数学モデルを構築することが難しい。率直に言って,モデルを手がかりとする予言は,事実と大きく異なることがあり得る。今のところコンピュータによる天気予報数値予報が,経験豊富な予報官の予報より正確だとは言えない。責任を持つべきは人間なのである。

 このように見てくると,未来に関して言えば《仮説》と《予測(予言)》は,かなり重なりの多い概念であることが分かった。しかし,「より良い未来は,過去(歴史)の反省と想像(創造)の上にこそ築かれる」との確信に立てば,仮説にあっては,未来の仮説の前に『現状認識に関する仮説』を設定しなければならない。

 その上で,いろいろな未来予測のデータを吟味し50年先の地平を見通すべく『志と直観』を働かし,自らの『未来への仮説』を構想するべきと考える。繰り返して言うが,仮説は事実に照らして常にチェック&レビューしなければならない。

 図1「新世界の出現」は,すでに前書きでも指摘したデジタル革命が私たちに何をもたらしつつあるのか,仮説としての現状認識をイラストレーション化したものである。『自由』を第一のキーワードとする新世界「デジタルワールド」が出現したことで,『文化』を第一のキーワードとしてきた旧世界「リアルワールド」のメディア環境や印刷ビジネスの環境が急速に変化し始めていることは,読者が日々実感されておられるとおりである。

 一方,人間が生物の一種であることは現代社会ではもはや仮説ではなく,科学的に紛れもない事実であると広く認識されるようになっている。とすると,「企業は人なり」の言葉に象徴されているように,企業自体も諸々の環境からの淘汰圧力を受けながら生き残りを最大の使命とする生命体であることもまた事実であろう。(つづく)

■出典:JAGAT技術フォーラム2001年報告書「第1章 総論」

■参考:2050年シリーズシンポジウム

2002/04/28 00:00:00


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