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さまようワープロの亡霊

日本では1980年代に発達した日本語ワープロが、ドキュメントの電子化の出発点になった。日本語ワープロは、文字編集機能など言語にまつわる処理や、組版といった文字列の処理よりも、低コストで紙への出力をいかに行うかに開発競争の力を取られすぎていたために、出力技術が変わると、それまでの開発がパーになってしまうことがよくあった。

最初のドット文字ではサイズの変化がつけ難いので、斜体、縦倍角、横倍角、n倍角、さらに半角漢字などというのもあった。見出し用には、ソフトによる太らせや白抜きもされた。しかしアウトラインフォントとレーザプリンタの時代になると、それらはお払い箱になった。でも写植のような見出し書体は不足していたために、代わって円弧や鼓状にそってフォントを変形するような機能が登場した。

今ではワープロ専用機は姿を消し、今日の代表的ワープロであるWordは、初期のDTPで18万円もした日本語Quark2.0以上であり、それなりのアウトラインフォントがどこでも使えるようになっている。ではWordのユーザがDTP並みのものを作れるようになったのかというと、そうではなく、新しいDTPユーザーが見出しに円弧や鼓状にそってフォントを変形するようなことをやりだしてしまった。

今ではオフセット印刷物にもデザイン的に違和感がある円弧や鼓状のフォント変形がみられるが、倍角文字がなくなったように、やっている人の目が肥えてくればなくなるであろう。そのような機能を搭載するよりも、良いレイアウトや良い組版を簡単に行うソフト開発の方が本質的で、長期的にビジネスできるはずだ。日本の組版レイアウトソフトがそのようにいき難いのは、必ずしも開発ベンダーのせいではなく、開発ベンダーに判るように利用者側の要求を整理し切れていないからなのではないか。

日本語DTPが明朝とゴシックしかなかった時代の本がすべてみすぼらしいかというと、非常に緻密に版面・余白、文字サイズ、行間、字間をデザインしたものは、今見てもおかしくはない。これはデザイナなり組版する人のスキルの問題で、こういう基本的なところをソフト化するのが遅れていた。この部分は携わるものにとっても修行が必要なところなので、その修行プログラムが業界内で普及していないということだろうか。

デザイン的には、上記の基本の上に、さらに組んだ文字の太さ・黒味、やわらかさ、メリハリその他フォントデザインに基づくところのテイスト・ニュアンスの使い分けがあり、さらにディスプレイ書体ではもっと表情を変えるために、個性の強いフォントの選択がされる。ここらはソフトが対応する必要はあまりないのだろうが、要するに組版レイアウトの上達のシナリオ、あるいは上達とはどういうことか、フォント・書体の使い分けの見識など、使い側のノウハウを示さないと、開発側にも、使う側の啓蒙もできない。これらの情報が整理されない間は、日本語ワープロの亡霊がさまよっていることになるのだろう。

JAGATでは、グラフィックアーツの奥の深さを認識するとともに、それを将来コンピュータのアルゴリズムにすることを目的に、2000年頃からエッセンシャルシリーズというセミナーを開催し、「書体」「色」「レイアウト」などのテーマを採り上げている。プロならば、やはりグラフィック表現をよくしようという議論が、この業界内に渦巻いている必要があるはずである。掘り下げて関心をもってみようという方には、一人でも多く参加していただきたい。

関連事業予定 : 6月21日(金)DTP時代のレイアウト方法論
            7月5日(金) 書体の変遷と表現技術

2002/06/14 00:00:00


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