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企画デザインの要件としてのUD

商品とか住環境で少々使い勝手が悪くても、一般の利用者はそういうものだと思って使っていて、特に苦情はこないが、特定の人々にとっては非常に大きな問題を抱えているものがある。有名なユニバーサルデザイン(UD)の例である、トイレのウォシュレットでは、それを必要とする特定の人向けに開発したものが、できて見ると一般の人にも快適であるということで広く普及した。

ところがデザインとくにグラフィックデザインは作り手が専門性をもっていて、実績のある人が作ったからいいデザインとみなされる場合も多く、グラフィックデザインのマーケットリサーチなどがされた話はあまり聞かない。そういう意味ではグラフィクアーツというのはコミュニケーションの手段とはいえ、プロダクトアウト的な側面を強くもっていた。

当然プロとしての設計・加工・処理・サービスの広さ、深さがあり、しかもそれは印刷文化の歴史に裏付けられたもので、例えば文字表現のわかり易さは「タイポグラフィー」という分野を築いている。しかし純デザイン的な指向をすると、顧客が必要とするメッセージからは中立になり、顧客が誰かに何かを伝達しなければならないという、それぞれ個別の潜在的な問題からは離れてしまう傾向もある。

グラフィックアーツのプロの専門性を本当に活かそうとするなら、各製品個別のコミュニケーション上の課題解決に役立つように、もっと印刷物制作においての双方の意思疎通が必要である。「こうした方が、便利かもしれない」とか、「わかり易いんじゃないの」、という主観的な印刷物企画ではなく、そのようにした根拠が説明できるとか、出来上がりの評価が計測できるようにしていく必要がある。これは結局、品質管理や環境管理と同じ方法論なのである。

UDの取り組みを早くから行っている静岡県の企画部ユニバーサルデザイン室は、わかりやすい印刷物のつくり方というガイドを出している。ここでは印刷物や原稿を、自己診断したり、仲間でチェックする際のチェックシートというのもあり、印刷物の読者の把握、印刷物の種類の適切さ、文章表現、印刷物の表現方法、目の不自由な人への情報伝達の配慮、などから、周囲の助言をきいたか、という項目もある。

印刷ビジネスという点で考えると、デザイナという専門家からの一方通行ではなく、顧客が抱えている問題を理解することから始めなければならない。そのためには顧客のそのまた顧客の視点、つまりその印刷物に接する生活者の視点まで行って印刷企画を考えなければならないだけではなく、読者からのフィードバック回路をビジネスの中に組み込んで、そこでデータを蓄積して、印刷発注者が課題解決をしていけるように、頭の中を切り替えなければならない。

英語のユニバーサルデザインという言葉だけでは、日本人にとっては品質管理や環境管理と同じ方法論だということがピンとこないのは無理はなく、もっと適切な日本語が必要なのかもしれない。なぜなら『ユニバーサル』はとっても強力な語であって、例えば普通選挙法というのはユニバーサルなもので、どんな人にも投票機会を与えなければならないし、どんな離島にも50円でハガキを配達しなければならない、というのも郵便がユニバーサルサービスと位置付けられているからである。

もっと便利にしようとか、わかり易く、使い易い、商品開発をすることは今までもやってきたことで、思いついたときだけ、気まぐれで、好きなときだけ、都合のいいときだけ、というのはユニバーサルというコンセプトではない。ちょっと前はバリアフリーがその典型のようにとりあげられていたのがUDになって、かえって強い理念が伝わってこないような気もする。しかしUDはそのうち、なにか似た理念の運動と結びついて、製品企画の大きな尺度になるように思える。

8月22日のシンポジウム「迫り来る超高齢社会とユニバーサルデザイン」〜商品企画・デザイン・表現において問い直すべきこと〜では、まだUDの実体が掴めない方にも全体像がわかるように、公,企業,団体でユニバーサルデザインに携わる方々を一堂にお迎えして、印刷・周辺業には何ができるのか,どのようにユニバーサルデザインに取り組めばよいのかを考える第一歩としたい。

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2002/08/06 00:00:00


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