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ユビキタスネットワーク時代の市場創造

ユビキタスネットワークにより,いつでも,どこでも,誰とでもつながる時代は,すぐ目の前まで迫っている。通信&メディア研究会主催ミーティングでの野村総研 上級コンサルタント 中島久雄氏のご講演より,その概要を紹介する。

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ユビキタス(Ubiquitous)の語源はラテン語で,「いたるところにある,遍在する」という意味である。「ユビキタス」という言葉が,ITの世界で使われ始めたのは,1988年であった。Xerox PARCでMark Weiser氏が,「Ubiquitous Computing」という概念で発表している。Weiser氏は,外出先のどこでも,PCなどのコンピューティングパワーが設置されているという「所有から利用へ」という概念を提唱した。モバイルコンピューティングとは異なるものであることを発表したのである。

この概念は,ずっと引き継がれながら,最近になって,ユビキタス・ネットワークとして大きく取り上げられるようになった。コンピュータがユビキタス化するのではなく,iModeのような無線インターネット環境が非常に発達し,ネットワークにどこでも接続できる環境になってきた。

なぜユビキタスか

ITによる効率化は,じわじわと広がっている。やっと期待に現実が追いつきつつある今は,ユビキタス・ネットワーク時代の開幕と言えるだろう。ユビキタス・ネットワーク社会では,時間や場所の制約を超え,情報を活用できる社会の実現が可能となる。いろいろなプロダクト革新をユビキタス・ネットワークを通じてやることができるのではないか。

ユビキタス・ネットワークをIT側から見ると,パソコンの限界ということがあった。例えば,iModeがあれほど普及しているのは,隙間の時間をうまく埋められるからだ。そういったITのニーズが潜在的にある。このような非PCプラスPCの領域がユビキタス・ネットワークの領域になっていく。

ユビキタスネットワークの5つの技術要素

ユビキタスの世界では,技術要素が5つある。
(1)ブロードバンド,(2)モバイル・無線,(3)常時接続,(4)IPv6(+RFID),(5)バリヤフリー・インターフェースである。

ブロードバンドとは,流通コンテンツの大容量化である。ネットワークの太さを増大する,文字から動画へという流れである。モバイルやIPv6の技術により,ネットに多種多様な機器が接続される。これにより,パソコンだけでなく,携帯電話,PDA,マルチメディア・キオスク,情報家電,センサー・・・と,ヒトからモノへネットワークの面が拡大される。これが狭義のユビキタス化が指しているところである。

もう1つは,常時接続とバリヤフリー・インターフェースにより,参加者の双方向化が進む。ネットワークの深さ,すなわち関係性を増すことで,最近のインターネットの使い方として,One to Oneマーケティング,オークション,商品開発参加型のものが増えた。インターネットは,もともと双方向性のあるメディアなので,基本的には使い方がやっと追いついたという感じである。

ブロードバンドだけにとらわれていると,音楽配信やネット放送だけになってしまいがちである。これは置き換えの域しか出ないので,市場として拡大する方向には行かないだろう。アーカイブして,なかなか目に触れないものを検索できるという効果はあるにしても,今売れ筋のものが変わるというわけではない。

例えば,アメリカのザンブー社という量販店は,Webカメラとコントローラがセットになったようなものを5000円くらいで売っている。それを自宅のUSBのポートで常時接続しているパソコンに接続すると,携帯電話やPDA,ノートブックパソコンから自分の家の様子が見られる仕組みである。パッケージには,音響センサーもあり,例えばガラスの割れる音がするとカメラが回り始める。カメラにも動作感知機能が付いているので,何か動きがあったら,カメラで自動的に撮影するというような機能がある。これでホームセキュリティを個人でやろうという人向けに,月1000円くらいで加入者モデルで始めた。今まで,ホームセキュリティにお金を払ったことのない人や,ドアに鍵をかけるくらいしかしなかった人たちが,月1000円ならやってみてもいいということで入り始めたという。

これは,ホームセキュリティだけでなく,保育所や老人ホームにも応用できる。自分の子供が虐待に合っていないか,自分の親が老人ホームできちんとケアを受けているかを確かめるという方向にアプリケーションが広がっている。いろいろ訴訟もあるが,老人ホームに関しては,米国メイン州の裁判では,個人の自由で付けていいという判例が出されている。

ユビキタス・ネットワークによる3つの本質的変化

ブロードバンドで,かつ機器が増えるということを,「センシング・トラッキング能力の拡大」と呼んでいる。ヒトの周囲の状況の感知や,モノの追跡が安価に実現できる。これがユビキタス・ネットワークの1つの本質である。

2つ目の本質は,「'形態知'の交換・共有」である。ブロードバンドかつ双方向性のいわゆる映像コミュニケーションである。例えば,ピアノの遠隔レッスンなどがある。

3つ目は,「コミュニティパワーの増大」である。機器が増大することで,さらに双方向性の参加型コミュニティをリアルを超えて形成できる。例えば,消費者の意見を吸い上げて商品企画をやっていくようなサイトがある。最初は消費者団体のようなサイトだったが,最近はここでテストマーケティングをやり,その結果をフィードバックして商品にするというような形になってきている。こういうコミュニティパワーをうまく活用できる企業が,今後は伸びていくだろう。 なかには,コミュニティの運営だけを専門にする会社も登場し,企業のコミュニティサイトをアウトソーシングで運営している。コミュニティサイトの運用は,流行り廃り,活性化が必要なので,サイトマネジメントスキルは思ったより難しい。

技術的変化だけでなく,根本的にユビキタスネットワークでどういうことができるのかということを,この3つの本質で考えると,新たなビジネス上をやる上でヒントになるのではないか。

日本発の市場創造に向けて

これからのユビキタス・ネットワーク時代で,日本の強みはどう活きるか。日本は「非PC」では一つ抜きん出ている。この優位性があるうちに,サービス開発をしていかなければならない。 また,日本は高齢化が一番先に進む先進国である。そういう意味では,1つ社会的に受け入れられるアプリケーションを作れば,次に高齢化していく中国に,ハードウエアの生産では勝てなくても,サービスの領域で逆輸出することができる。

日本の消費者は,世界一質の細かさを重視する。メーカーはそれに応えるべく,しのぎを削っている。そのサイクルがうまく回っているうちにやらないと,ほとんど韓国や中国に持って行かれるだろう。野村総研では,ユビキタス・ネットワーク効果で,新たに58兆円の市場ができると予想している。日本企業の成長力復活の好機に,ユビキタス・ネットワークをうまく生かしていくことが,日本経済活性化の視点でも重要である。(通信&メディア研究会)

■出典:JAGATinfo 2002年9月号 

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ブロードバンド時代に勝ち抜くビジネス戦略 9月18日開催
BtoC向けに多様なコンテンツを提供するSo-net,出版コンテンツやアーティストサイトなどでユニークなビジネスを展開するウェブプログレッシブ,高精細画像配信「ストリーミングギャラリー」を開始したDNPアーカイブ・コムなどを招き,ブロードバンドを戦略のひとつとしていかに活用するか考えます。

2002/08/30 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会